④ 最強の屍
「最強の……屍?」
「左様。儂はそのために、この公葬地を訪れておった。……ここは、儂にとっても因縁の場所であってな。それはさておき――」
貴様、と少女は私に指を突き立てた。
「最強の屍、それが一体どういうものか分かるか?」
「……知らない。そもそも、蘇生術だってネットでちょっと見ただけだし」
「出た出た。貴様、ネットでちょっと調べて得た知識を振りかざして知った気になる人種じゃな? ふん、最近の若者はそればかりじゃ。自分の頭で考えて、自分の身体で行動し、自分の言葉で喋るということをせん。つまらんのぅ、実につまらん」
会ったばかりの少女から、根も葉もない批判を受けてしまった。
……というか、見かけだけなら少女の方がよっぽど幼く見える。
ざっと十歳から十二歳くらいだろう。
ちょうど小学生か中学生か、くらいの。
「よいか。最強の屍というのはだな、永遠に朽ちない肉体を持つということじゃ」
「……は?」
「物事には何にせよ始まりがあり、終わりがある。人が生まれて死ぬようにな。それは、魔法を使って命を取り戻した屍にとっても同じことよ。魔法にもまた、終わりという瞬間が訪れる。死という概念は強力じゃ。万物に等しく訪れる。避けようのない裁きなのじゃよ」
「避けようのない……」
「左様。じゃから、屍といえどもいずれは朽ちる。終わり尽した人間は、風化の果てに更なる終わりを迎える。例えこの世の摂理を捻じ曲げて、亡き人を復活させたとしても、結局のところ終わりから逃れることはできんのじゃ。……即ち、終わりという概念すらを凌駕した屍こそが、最強の名に相応しいということじゃ。お分かりかな?」
要するに、蘇らせた人間を、永遠に蘇らせたままの状態を保つことが、最強――つまりは存在としてのハイエンド、という話なのか。
「それを踏まえて、どうじゃ? 儂の提案は、それなりに魅力的に見えんかの? 永遠に失われるのことのない魂を、貴様にくれてやろうというのだ。こんなにうまい話はなかろう?」
「それは――そうだけど」
だからこそ、妖しさ満点なのだ。
タダより高い物はない。
最強の屍などというとんでもないものが、何の代償もなく得られるはずがない。
「くかかかかかッ。なかなか現実的な思考をする餓鬼じゃ。どうやら完全に目が眩んでいるわけではないらしい。……よかろう、知りたければ教えてやる。代償、或いは対価と呼べるもの――それは貴様の、これから先の人生じゃ」
「え?」
「実際に、人の魂なんぞ背負ってみろ。それは貴様が思っているより、重いぞ」
「…………」
確かに、私に人の命の重さなんて分からない。
それこそネットや、誰かの言葉で知った気にはなっているけれど――
実際のところ私は、在原の死すら受け入れられずにいる。
そんな現状で命の重さを知っているなんて、とてもじゃないが言えない。
今はまだ、言葉に出来ない。
命の重さを、図りかねている。
「くっくっくっく。人は移ろい変わるもの。どれだけ綺麗な言葉を並べても、どれだけ強い意思の元に誓おうと、いつかは必ず終わりを迎える。……人が生まれて死ぬように、言葉や意思も。それがこの世に生まれたものである限り、いつかは必ず終わりを迎える。しかし儂の造る最強の屍には、それが無い。終わりが無い。永遠に、続き続ける魂じゃ」
少女の表情からは、いつしか笑みが消えていた。
まるで一切の感情が消失したかのような、穏やかな無。
そして諭すようにゆっくりと、私に語り掛ける。
「例え貴様が朽ちようと、蘇った貴様の想い人は、永遠に生き続けることだろう。その事実、その重さを認識した上で――しっかりと胸に手を当てて、考えてみるがよい」
彼女の声に導かれるように、手が動く。
心臓のある場所に、右手をゆっくり添える。
私の鼓動が聞こえる。私が生きている証が、静かに脈打っている。
「貴様は一体何がしたくて、その人の復活を望むのじゃ?」
「…………私、は」
目を閉じる。
小さな虫の鳴き声や、草葉の揺れる音が聞こえる。
生ぬるい風が頬を撫でる。
そうだ――この感触を、私は以前にも知っている。
在原と初めて会った時も、こんな静かな夜だった。
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