ショウガとレモンがたっぷりのお茶は、体を内側から温めてくれる。

 雨ですっかり冷えてしまった二人には、その温かさが心地いい。

 一口飲んでふうっと息を吐き、また一口飲んでは息を吐く。そうやってゆっくりゆっくりと、二人は体を温めた。

 今日のお茶のお供は、厚さ一cm程の丸い焼き菓子。バターに砂糖、塩と卵と小麦粉というシンプルな材料に、レモンの皮のすりおろしを加えて作られたそのお菓子は、まだほのかに温かい。


「うん、バターの風味が凄くいいね。あとこの、甘くてしょっぱい感じが凄く美味しいよ」


 感想のあとにお茶を飲み、トーマはまた一つ焼き菓子を手に取る。

 ルウンもまた、お茶を一口飲んでからお菓子を手に取り、小さな口で齧り付いた。

 歯に当たってサクッと崩れたお菓子は、レモンの爽やかな香りがして、バターの風味も広がる。トーマの言った通り、味は甘くてしょっぱい。

 ルウンが満足げにふっと頬を緩めると、それを見たトーマが「美味しいね」と笑った。

 とても、穏やかな時間が流れる。

 二人の間の沈黙を紛らわすのは、降り続ける雨の音だけ。

 そんな時間を堪能しつつ、トーマはさり気なくルウンの様子を伺った。

 先ほどくしゃみをしていたこともそうだが、その前、キッチンから出て寝室に向かう際、その体が大きく震えていたことをトーマは知っている。


「ルン」


 呼びかけると、お菓子を口で咥えたままの状態で、ルウンがすぐさま顔を上げた。

 少し頬が赤いような気がするのは、ショウガ入りのお茶で温まったからなのか。


「体、平気?あっ、いや。何もついてないよ、大丈夫。そうじゃなくて、調子が悪いところとかはない?頭が痛いとか、喉が痛いとか、体が怠いとか」


 声をかけた途端口元を気にするのは、きっと以前のジャムのせい。慌てた様子が可愛らしくて思わず笑ってしまってから、トーマは話を元に戻す。

 口に咥えたお菓子を離してから、頭や喉を触ってみたルウンは、ふるふると首を横に振った。

 触診で分かるとも思えないが、ルウンは至って真面目な様子だったので、トーマも何も言わずにおく。

 なんともないと答えるルウンだが、その頬がやはり普段より赤い気がするのは、ショウガのおかげで体が温まっているからのか。


「そっか。なら、いいんだ」


 不思議そうな顔で首を傾げるルウンに、トーマはひとまず笑顔を返す。

 今のところ、無理をしているようには見えないから、ここはトーマも引くしかない。

 それに、心配しすぎという可能性も否めなかった。


「でも、少しでも体調がおかしいなって思ったらすぐに教えて。あと今日は、なるべく早めにベッドに入って、温かくして眠ることをオススメするよ」


 なんだかよく分からないままに、とりあえずルウンは頷いておく。

 体調が少しでもおかしいとは、この頭がぽうっとする感じも含まれるのだろうか――。聞こうかどうしようか迷ったけれど、結局開いた口には食べかけの焼き菓子を入れて塞いでしまう。

 多分、大丈夫なのだ。これくらいのこと、今まで何度も経験済みだし、その度に何とかなってきた。

 だからこれは、伝える必要はない。

 ルウンは、はぐっとお菓子を噛み締めて、バターの風味と、鼻に抜けていく爽やかなレモンを楽しむ。

 味は、甘くてしょっぱい。次から次へと手を伸ばしたくなってしまう味。

 今日も美味しく出来たようで良かったと安堵しながら、ルウンはカップへ手を伸ばす。

 砂糖の入っていないお茶は、たっぷり入れたショウガの香りと、こちらもレモンが酸味で爽やかさをプラスしてくれている。

 美味しい。美味しいのだけれどなんだろう……何か、違和感のようなものがあった。

 でもその違和感を上手く説明できないから、ルウンは胸の内にしまっておく。

 頭がぽうっとするのも、何か違和感があるのも、きっと明日になれば治っているはずと――。

 カップから口を離し、中で揺れる琥珀色の液体をしばらく見つめて顔を上げると、思いがけずトーマと目が合った。


「ルンは料理を作るのも上手いけど、お菓子を作るのも上手だね。この間のビスケットもそうだったけど、今日のも凄く美味しいよ」


 今は笑っているけれど、目が合った瞬間のトーマは、とても心配そうな表情をしていたような気がした。

 それがなぜかは、ルウンには分からない。

 心配されるようなことは、自分には何一つないはずなのに――。

 考えても分からないから、考えることを一旦やめて、ルウンは素直にトーマの褒め言葉に喜んで笑みを浮かべる。

 楽しいお茶の時間は、続いていく。

 どことない違和感と、僅かな心配を漂わせて――。


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