第5話

僕はどれだけ寝ていただろう。僕の頭の中に人間の形をした黒い影が悪意という名な笑みを滴らせて、僕を追いかける。気がつけば僕は十歳にも満たない子供になっていたが、そんなことなどお構いなしに僕は膝が悲鳴を押し殺しながら駆け回る。ふと目の間に何かが輝いていることに気が付く。それは僕には一途の希望のように見えた。駆け寄ってみるとそれは一匹の猫であった。その猫はさらに光り輝くと僕を追いかけた影たちは幽霊の如く消滅した。僕にはその猫が懐かしく思えて仕方がなかった。僕は両手を近づけて触れようとした。ふと股間に何か違和感の良なものを感じた。何だろうこの感覚前にも何か。そう、それは明いて客に僕の大切なものを舌でなめさせる時の感覚そのものであった。それに気が付くのと同時に僕の意識は現実世界にサルベージされ、身体を無理やり起こした。見てみるとひとりの髪の長い長身の美しい体つきをした女性が僕の股間に顔をうずめていた。すぐに僕は彼女が何をしているのかすぐに察しがついた。

「やめろ、なにするんだ。」

 僕は条件反射にその女性の頭に自分の足で蹴った。女性はそのことを見切っていたらしく、すぐにその場から離れた。女性はその体に似合うくらいの美しい顔をのぞかせた。

「久しぶり、まさか二人そろってここに来るなんて。」

「貴方は……。」

 僕はそこから先が言葉が続けることができなかった。いや正確にはば先を越されたといった方が良い。最初に彼女の名を口にしたのは相棒の方だった。

「マカタラーナ・マリュート。」

「そうだよ、久しぶりだね。トルティージャ。」

 その声は紛れもなく人身売買組織の秘書を務めているマリュートであった。彼女は風の噂だとどこかの企業の一人息子で、いずれは父の跡を継いで安泰の人生を送ると考えられていた。しかし、どういうわけか性転換をしてさらに父の一族の犯罪を警察組織に売って会社の資産を丸々奪ったとささやかれている。

「トルティージャ、君の知り合い?」

「うん、元相棒でね。僕の事散々使いまわしにしていたんだ。」

 トルティージャの言葉には恐怖と怒りの混ざった音質が聞こえてきた。

「その様子だと、あなたは彼を痛めつけたようですね。」

「仕方ないわね、私は彼の事を使い捨て同然にしてきたから。」

 彼女はため息をついて、床に転がっている物を足長のヒールブーツで蹴飛ばした。よく見ると自分が着ているのとよく似たボディスーツを身にまとっていて、色気を醸し出していた。

「なに、蹴飛ばしたの?」

「普通に見たら、身体に収めた食べたものが戻ってくるもの。」

 僕はすぐにライトを向けると、それは恐怖で顔が歪み、真っ赤なペンキで顔を濡らした人身売買組織のボスの形をした何かであった。僕は思わず腰を抜かした。よく見ると彼女の周りに僕でもよく知っている組織の幹部達が悲鳴の形相で至る所に転がっていた。

「あなたがか、奴らを……。」

 恐怖に震える僕に彼女は笑みを作りながらうなずいた。

「でも、どうして。組織に反旗を翻せばどんな結果が待っていること自体秘書のあなたならわかっているでしょ。」

「それが、トルティージャと私を救ってくれた科学者たちに対してできる恩返しだから。」

 そういって彼女は口を開いた。彼女は風の噂通り、この街の企業グループの総帥の一人息子として生まれた。しかし彼は生まれたときから自分が女性に対して憧れを持っていることに気が付く。

 しかし、そのことを男社会のこの街で公言することは、華やかな人生の転落を意味していた。総帥である父はそのことを恥として、ほぼ虐待に近い厳しい教育で彼を男として強制しようと努力した。それは彼なりの屈折した愛情であるが、それが彼の女性へのあこがれを強くさせる主な要因となっていた。そしてそれは悪循環となって二人の間に地球と火星ほどの距離の溝を作ってしまった。

 そして、ある時LGBTの集まりに内緒で参加していた時、彼らを狙った爆弾テロで彼は瀕死の重傷を負った。その時、男とも女とも見分けがつかないほどにまでに肉の塊化してしまい、偽造身分書に女性と明記していたこともあり、彼はマルドゥック・スクランブル-09で女性の体で再生した。その時彼女は涙を流したとトルティージャは言ったがそれは歓喜の涙だったのだろうと、後になって回想してくれた。

 そして、トルティージャと組んでそのテロ組織と元締めのつながりをあぶり出しに乗り込んだのだという。そして、その元締めが父が総帥を務めていた企業グループであることを突き止めた。もはや修復など素数を全て数える以上に不可能となった彼女にとって、後悔も後腐れもなかった。彼は父を含む一族、企業幹部とテロリストリーダーを告発、父親は人の一生五回分の懲役刑を受けた。そのとき二人は裁判所で顔を合わせたが、その時の二人は磁石の反発に近い目つきでにらみ合いそれっきり離れ離れになってしまった。

 そして、すべてが終わりトルティージャと別れ、新しい身分となった彼女は、その恩を返すため、裏切りを偽装して、犯罪組織の潜入という危険な恩返しに入ったのだという。

「ほんとに、それだけで僕を裏切ったの?」

「私もパパと同じね。誰からも理解されない。でも緩和ないというところは。」

 自分を皮肉めいたことを言いながら、机に何かを置いて、その上に何かを突き刺した。そのあと彼女はかつてのチェコスロバキア製マシンガン、スコーピオンを模した銃を取り出した。トルティージャによるとそれは彼が愛用した銃であるという。

「最後に私ができる恩返しは、お前達とサシで戦うこと。もし、私を倒してこの爆弾を止めたら、ここに刺してあるメモリーを持っていきなさい。」

 彼女の言葉や言動に偽りはなかった。体温も平常で嘘をついている様子もなかった。僕はトルティージャに耳打ちをした

「目的を達成するには、彼女の言うとおりにするしかないみたいだよ。」

「そのようだね。」

 僕らは彼女の屈折した感情にけりをつけることにした。証人が肉片になった今、唯一の証拠はメモリーを回収する事。それ以外に道はなかった。僕は銃を取り出し、美しくも命を懸けたバレエに挑むのであった。

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