終章
(1)「お前が言ったんだろう。『俺も連れて行け』ってな」
「……行ったか」
ぽそりと落としたキットの言葉に、反応したのは隣に佇んでいたイズキだった。視線だけを向けてくる。
「行ったって、誰が」
「金色の女だよ」
答えを返されて、イズキは首を傾げた。思い当たる節があるのかないのか、眼を彷徨わせている。
「……まさかな」
独りごちる声を聞きながら、キットはこの数日、二人を伺っていた影を思い浮かべた。
金色の吸血鬼。キットの魔術が効いているだろうから、イズキの正体には疑問を持っていないはずだった。
同時に、青色の少女の言葉を思い出す。
――わたしが魔術をかけられていたこと、イズキには言っちゃだめよ。
「……はっ、」
キットは小さく鼻を鳴らした。誰も彼も、意識的にしろ無意識にしろキットに面倒ごとを押しつけていく。
現状一番の原因になっているイズキを見下ろした。
キットの呟きに反応しながら、元から大した興味はなかったのだろう。イズキはすでに顔を正面に向けていた。
イズキに倣って、キットも視線を戻す。
視界に、白が燃える。爆ぜる音が鼓膜を震わせる。
キットは嘆息した。眼の前の光景は、キットが作り出したものだ。
燃えさかる炎に、自分の手を翳す。随分と縁のなかった、大人の男の手だ。
指の長い、手の向こうで――。
村が、燃えている。
白々と、白々と、燃えている。雲一つない日の光の下で、炎が揺らぐ。
村を焼いているのはキットの炎だった。もう生きているもののない村を、数日前にキットとイズキを除いてほとんどが死に絶えた村を、跡形もなく焼いていく。
魔力を得るために血を求めたキットに、イズキは己の腕を差し出した。イズキが何も言わなかったのは、キットが何をしようとしているのかを察していたからかも知れない。
キットが己のいた村を焼き尽くそうとしていることを、察していたからかも知れない。
「―――、」
イズキが隣で口を開く、気配がした。けれどイズキは、何も言わなかった。
問いたかったのか。何を問うつもりだったのか。
本当に良かったのか、か。それとも全く別のことだろうか。
イズキが口を噤んだ以上、答えはなかった。
ただキットは、誰にともなく言葉を落とした。イズキが望んだ答えかどうかは判らなかったけれど。
「……犬に食い荒らされるよりは、マシだろう」
イズキから視線を感じた。そのときは、キットは村に視線を戻していた。
村が、燃えていく。
古びた石畳が、残されたままの樹木が、小さな家の一つ一つが。内包する村人たちの遺体もろともに。
村が、燃えていく。
商人が広げていたままのテーブルと小物が、子どもたちが遊んでいたボールが、誰かが落としたバケット入りの籠が。内包する村人たちの記憶もろともに。
村人たちが生きていたそのままを残す姿が、何もかも焼き尽くされていく。
炎が広がると同時に、加速度的にキットの中から魔力が流れ出していく。この分では、またすぐに子どもの姿に戻ってしまうだろう。
構わなかった。村人たちと過ごした子ども姿の自分を、キットはことのほか気に入っていた。
――あぁけれど、吸血で得た魔力が尽きる前に。
焼き払っておかなければいけない場所を思い出して、キットは森を振り返った。村を見つめているイズキの腕を引く。
「イズキ、行こうぜ」
疑問の視線を向けてくるイズキに、キットは顎をしゃくった。
「お前が言ったんだろう。『俺も連れて行け』ってな」
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