(4)「君のプライドの高さは本当に、テディにそっくりだ」

 白い、炎が。

 イズキの眼の前で伸び上がって、ドロシアの胸を貫いた。心臓を焼き尽くされた女が断末魔の叫びを上げて、

 最後に、――安心したように微笑んだ、ように見えた。



「呼ぶのが遅いよ、イズキ」

 イズキは声の方向に視線を向けた。たったいま、同族の一人を焼き殺したとは思えない軽やかな響き。

 子ども姿のキットが、イズキとラリーからちょうど同じ距離の位置に立っていた。

「……キット、」

 嘆息して、名を呼ぶ。

 力を失ったドロシアの体がイズキにのしかかって、イズキは苦労してドロシアの体を横に退けた。ドロシアの体が転がる。

 改めて見れば、若く、愛嬌のある顔立ちの女性だった。色づいた頬とそばかす、ぷっくりとした唇。

 見開かれたままのドロシアの瞼を、イズキはそっと下ろしてやった。そうする間にも、ドロシアの体が崩れていく。

 髪から、指先から、灰に変わっていく。吸血鬼は、遺体が残らない。

 小瓶を二つ取り出して、イズキはそれぞれに丁寧に灰を収めた。片方はガス・カナールに渡そうと考えたのだ。

 小瓶を懐に入れて顔を上げれば、二人の吸血鬼とそれぞれ視線が合った。行動を見守られていたらしい。

「君が何を考えているのかは、何となく判るよ」

 気負いのない顔で、ラリーが言った。

「ミズ・カナールの灰を、ミス・カナールと一緒に墓に入れてやりたいと考えているんでしょう」

 つい先刻の殺意の吐露など、冗談だったように。

「この状況で、真っ先にミズ・カナールを気遣うとはね」

「気遣ってなんかねえよ。一つの小瓶に入れるのも二つの小瓶に入れるのも同じだろ」

 言い返したイズキに、ラリーが微笑む。

「君のプライドの高さは本当に、テディにそっくりだ」


 プライドとは、美学だ。自分の意志で、指針で、根本だ。


「そういうお前は、あんまりテディには似てねえな」

 灰を落としながら、イズキは立ち上がった。先ほどドロシアとの攻防で負荷をかけ続けた右手が、小さく震えている。

 どう説明をすれば良いのだろう、とイズキは考えた。

 吸血鬼は押し並べてプライドが高い。ラリーも、テディも、プライドの高さはよく似ている。

 ただ、プライドという四文字の言葉の持つ意味が、あまりに違う。

「なんつーか、そう――」

 無関係な子ども一人のために、躊躇なく自分の予定を変えるテディ。

 妻が娘を殺すという異常事態に追い詰められた男を、斟酌する様子もなかったラリー。

 二人とも同じ混血貴族種であり、ハンターのパートナーだ。吸血衝動に負けた記録もない、正統で欠点のない吸血鬼。

 ――けれど。

 ラリーを真っ直ぐに見据えて、イズキは口を開く。考えた末の言葉は、ありふれた表現に落ち着いた。

「テディはお前なんかより、何百倍も優しい吸血鬼だったぜ」

「……なるほど?」

 ふふ、と。

 ラリーが笑った。イズキの視界の端でキットが移動して、さりげなくイズキに近づく。

「じゃあ、君が次にパートナーに選ぼうとしているそこの吸血鬼は、テディと同じくらい優しいのかな」

「それはちがっ、」

「困ったときに呼ぶ名前は、テディから彼に変わっちゃった? ねえ、」

 否定しようとするイズキを遮って、

 既に対話など手遅れの何もかもを決めきった表情で、ラリーは唇を引き上げた。歯を見せて威嚇するように。

 吸血鬼は行動する。自分の誇りプライドだけを頼みに。


「やっぱり気に食わないから、二人とも殺しちゃおう」



「下がって、イズキ」

 そっと落とすように、キットが囁いた。

 貴族種同士の戦闘など、人間には介入できない。引き下がろうとして、躊躇った。

 足下には、ドロシア・カナールの灰が広がっている。

 二人が戦えば、ドロシアの灰は跡形もなく吹き飛ばされるだろう。残された服も無事ではないかも知れない。

 彼女がほんの僅か前まで生きていた痕跡を、ガスに見せることはもうできない。

「そういうところだよ、可愛い兄弟!」

「――イズキ、二度も言わせないで!」

 地を蹴る、音がした。

 一瞬でラリーの体がキットに肉薄した。ラリーの蹴りを、キットが両腕で防ぐ。

 慌てて飛びすさったイズキを、ラリーの声が追いかけた。

「ティモシーには、討伐中の殉職として伝えるよ」

 ひどく、朗らかに。振り落とせなかった荷を下ろしたように。

 ラリーの様子に、イズキは既視感を覚えた。

「可愛い妹は、本当に、君のことが大好きだったんだ。僕といるときだって、君との話ばかり聞かせてくれた」

 どこかで見た表情だ。考えて、すぐに思い出す。

「君が学院の女の子に告白されたこととか、嫌いだった食べ物を食べられるようになったとか、一緒に話題の観劇を観に行っただとか」

 何度も何度も、見た表情だった。つい先ほども。

「僕は妹から聞く君の話が、大好きだったんだ。妹が楽しそうに君の話をしているのを見るのが、大好きだったんだ」

 暴走した吸血鬼は死ぬ瞬間に、たまにこういう顔をする。

「だから――、」

 もう、何の憂いもないというような。


「テディと僕のために死んでくれ、愛しいイズキ・ローウェル」


 もう、何の迷いもないというような。

「あの世があるかは判らないけれど、天国の門の先で君とまた会えれば、」

 楽になって、救われて良いのだというような。


「――テディだって、嬉しいだろう」


 祈りのように呟いて、ラリーが何かを招くように手を広げた。

 青い吸血鬼が、水を喚ぶ。

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