(3)「僕には、可愛いテディの忘れ形見である君を守る義務がある」
ラリー。ティモシー・カークランドのパートナー。
待ち望んだ相方の登場に、イズキはほうと嘆息した。思わずというように呟く。
「おっせーよ、うすらハゲ」
言い終わると同時に、顔面に水球がぶつかった。
「ぶっ!」
眼の前の吸血鬼の仕業だった。ずぶ濡れで黙り込むイズキに、ラリーが鼻を鳴らす。
「ハゲてないし、たぶん僕よりイズキの方がハゲるのは早いよ。ほら、寿命的に」
「ハゲねーし俺は死ぬまでふっさふさですし!? っつーかおせーのは事実だろ!」
「それはほら、よく言うでしょう」
胡乱げに見上げるイズキの視線を受けて、ラリーは得意げに言った。
「ヒーローは遅れて現れる、ってね」
手を腰に当てて、角度まで完璧なウインクを一つ。舞台役者じみた仕草だった。
見せつけられたイズキは、しばし言葉を失ったあと負け惜しみのように呟いた。
「……いや、結局遅れてんじゃん」
「細かいことを気にしてると本当にハゲるよ、兄弟」
「いつまでハゲネタ引っ張る気だよ」
「言い出したのは君だろ」
返しながら実に紳士的な仕草で、ラリーはイズキに手を差し出した。無言で見つめるイズキの手を強引に掴んで、青年を引き上げる。
濡れ鼠、ついでに吸血鬼の灰で全体的に白っぽくなっている青年の姿を上から下まで確認して、ラリーはしみじみと言った。
「見られない格好だね」
「八割くらいお前のせいですけど!?」
納得いかないとばかりに、少年は全力で突っ込んだ。
「――で、討伐対象の吸血鬼はいまの一体で終わり?」
仕切り直すように問うてくる。
イズキは眉を寄せた。昨日からの展開が怒濤だったために、連絡を入れるのを忘れていた。
「いや、判らねえ。今の一体を含めて既に二体討伐してる。それ以外に、確認できた吸血鬼が一体」
「その一体の危険度は?」
間髪入れずに返されて、しばし沈黙した。
「……Bマイナスってところか。なんでか知らねえけど飢えてたみたいで襲われかけて、声かけたら正気を取り戻したみてえだけど」
「分類は」
「最低でも混血貴族種以上だな」
言い切ったイズキに、ラリーが眉を上げる。驚いたらしい。
「貴族種が飢えてたって? イズキ、何か余計なことしたんじゃないの。寝床で下着一枚で踊って怒らせるとか」
「誰がやるかあ! お前俺のこと馬鹿だと思ってるだろ!」
「半分くらいは」
頷いて、ラリーはぐっと体を伸ばした。
「できればその貴族種に話を聞いてみたいね。運が良ければここらの吸血鬼を把握してるかも知れない」
「何人も被害者が出てる以上、管理はしてないだろうけどな」
「そこまでは期待してないさ。だいたい、こんなド田舎で引きこもってる貴族種なんて偏屈か事情持ちばっかりなんだから」
冷静な、というよりは素っ気ない口調で言う。
「――で、他は?」
重ねて問われたイズキが首を捻る。
「……最低でも、あと数人」
「根拠は」
「村人の証言から。たぶんだけどこの女と一緒に、何人かが暴れ出しただと」
イズキは足下を見下ろした。
灰の残骸。あとで灰の一部を回収しなければ、と思う。
ラリーは盛大に溜め息を吐いた。頭を傾けた拍子に、青い髪が揺れる。
「『何人か』の中に例の貴族種が入ってたら厄介だね。確認した?」
「まだ。これから捜索だけど」
ふつりと、イズキは言葉を止めた。
無責任な推測を口にする気にはなれない。けれど、イズキの直感が告げている。
――恐らく暴れ出した中に、あの貴族種はいない。
無作為に暴れて、誰彼構わず襲いかかるようには見えなかった。なぜイズキが狙われたのか、理由は判らないけれど。
途中で台詞を止めたイズキを横目で見やったラリーが、一つ頷く。
「どちらにせよ、《黒百合》で把握していない討伐対象の吸血鬼がまだ何人か潜伏してるのは確実なわけだ。調査隊の派遣を依頼しないとね」
「最初は、」
イズキはずぶ濡れのまま、パタパタと体を払った。払った端から手に灰がこびり付くのに、諦めて服に手をこすりつける。
「こら、汚い」
「どっちにしろもう着れねえよ。――最初は、討伐対象は一人って話だったぜ」
「僕もそう聞いてたよ。調査隊がサボったか……」
ラリーの声音は常と変わらない。軽やかでいて、他者を突き放す。
「村人が適当なことを言ったかな」
「まさか、」
言いかけて、イズキは慌てて口を閉じた。
村長であるザカライア・ティンバーレイクの顔を思い浮かべる。偏屈で、よそ者には排他的で、ハンターの派遣にすら渋い顔をする、どこにでもいる人間だ。
友人になりたい性格ではない。けれど彼は、たった一人で生きているキットを気にかけていた。
他の村人たちも、何の力も持たない子どもである、その気になれば幾らでも搾取できるだろうキットのために、食べることもできない花を毎日買いつけているのだ。
イズキに対して、村人たちは優しくない。けれど、決して嫌がらせを受けたわけではない。
それ以上にキットに対して、確かに村人たちは優しかった。彼らは普通の、どこにでもいる、知人に優しさを向けられる人間なのだ。
「……イズキ?」
訝しげに名を呼ばれて、イズキは慌てて首を振った。彼が考えていることは、個人的な感傷に過ぎなかった。
「いや、なんでもねえ。っつか、いい加減こいつ運んでやらねえと」
こいつ、とイズキが示したのは、倒れたままの男性だった。ラリーに助けられたことに、すっかり忘れていたのだ。
とたんにラリーが判りやすく顔を顰める。
「ティモシーとイズキ以外を抱く腕は持ってないんだけど?」
「気持ち悪い言い方してんじゃねえ!」
「気持ち悪いって、何を想像したの?」
ぐいっと、ラリーはイズキを引き寄せた。種族の違いによる圧倒的な膂力の差であっさりとバランスを崩したイズキの耳に、声を直接吹き込む。
「えっち」
「……ここがお前の死に場所だ!」
振りかぶった渾身の拳は、余所を向いたラリーにあっさりと避けられた。
「くっそ腹立つ――」
「怒ってる君は相変わらず可愛いけどね、兄弟」
するり、と節くれ立った手がイズキの腰を撫でた。
同時に、イズキも気づいた。気を抜いていた顔を引き締めて、己の武器に手を添える。
「ちょっと、お邪魔しますよっと。――あぁ、騒がせてごめんね、お嬢さんがた。このひとよろしく」
ラリーは倒れたままの男の首筋をひょいと掴んで横の家に窓から投げ込んだ。女性の悲鳴を気にせず窓を閉めて、守護の結界を張る。
「僕から離れないでよ、兄弟」
睦言めいて甘ったるい声で、ラリーはイズキに囁いた。
「僕には、可愛いテディの忘れ形見である君を守る義務がある」
「……判ってるよ、兄弟!」
イズキが返したと、同時――。
周囲の木がざわりと蠢いて、一斉に二人に襲いかかった。
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