第2節 それはきっと、どこかの誰かも一緒

 龍崎は4時間目までの授業を終え、購買を目指す。東南高校は私立ということもあり、食堂も設置されてはいるのだが、利用する生徒が多いため龍崎はあまり使用しない。


 龍崎は1年D組の教室を出て階段を下りる。一年生教室は一般連棟の2階にあり、購買があるのは一般連棟の一階だからだ。


 と、龍崎が階段を降りきったあたりで見覚えのある顔を発見した。一ノ瀬詩織いちのせ しおり。一年F組所属の才色兼備の少女。ちょうど一週間ほど前に見捨てて逃げた女であり、『カワイガリ』が湧いていた少女であった。

 すると一ノ瀬も龍崎の存在に気が付いたのかチラリと視線を向けたが、そのままスッと顔を逸らしてしまう。


 そんな一ノ瀬の仕草に、龍崎は不安を覚えて頭を掻く。しかしここ一週間、一ノ瀬の『カワイガリ』に関する騒ぎが学校で噂になるということもなく、なんの問題にもなっていない。だがそれでも、龍崎には不安ではあった。本当になにもかも元通りになっているのかと。


「やあ龍崎くん、久しぶり」


 と、そんな言葉に振り向く龍崎。その先にいたのはスクールカウンセラーの赤楚辰巳あかそ たつみであった。

 赤楚は右手を腰にあて顔にニタニタとした笑みを浮かべている。


「ああ、赤楚さんっすか。てか、僕なにもしてないですけど?」

「いやぁ、君の挨拶はなかなか斬新だね。ところで、一ノ瀬さんのこと見ていたけどなにか用事かい?」


 龍崎はそう言われて一ノ瀬に目を向けると、『自己援助同好会』の部員である篠崎と死んだ魚と会話をしていた。


「いや、別に。特に用事はないですよ」

「ふふん、ならいいけどね。一ノ瀬さん、なんか最近おかしいって声を聴いていたからね。もしかすると龍崎君が絡んでいるのかと思ってたよ」


 赤楚の言葉に身体が少しビクと動く龍崎。遠からずも近からずであったからだ。


「は、はあ。そうですね。特にないですよ。本当に。ええ。全くもって」

「まあいいさ。実際、一ノ瀬さんが疲れているのは僕から見ても明らかだったからね。あの部活に誘ったのは……間違いだったかな」


 瞬間、龍崎の動きが止まる。


「…………は?」

「ああ、えっとね。僕は『自己援助同好会』に一枚噛んでいるんだよ。彼女にあの部を勧めたのも僕さ」


 龍崎は苦笑いを浮かべた。一ノ瀬は『部活を教師陣から押し付けられた』というような事を言っていた。つまり一ノ瀬に『カワイガリ』が湧いた原因の一部が、赤楚にもあるということだ。


「赤楚さん……僕はアナタを恨みます。末代まで! おかげでコッチはヤバかった! 」

「おいおい、どうしたんだい龍崎くん。なにか悪いものでも食べたのかい」


 そう言いながらも赤楚はニタニタとした笑みを崩すことはない。

 と、龍崎は赤楚に背を向ける。そろそろ購買で昼食を買わなければならないからだ。


「まあいいっすわ。俺は赤楚さんを許さねえ、それじゃあ」


 すると赤楚は「はは」と笑う。


「ま、一ノ瀬さんとの間になにあったのか知らないけれど、彼女、ちょっとはマシになったからいいさ。でも……」


 と、そこで言葉を赤楚は区切った。

 だから龍崎も言葉の続きが気になり肩越しに赤楚を見る。


「……マシにはなったけれど、彼女の問題は解決なんてしていない。君が力を貸したのかどうかは知らないけれど、結局どう転ぶも彼女次第だね」


 そう言われて龍崎は「そうですね」とだけ言い残し、購買へと向かう。赤楚の言葉に酷く共感した。確かに一ノ瀬の『カワイガリ』が狩られたとしても、結局、本人の悩みが消えることなどなく、むしろ再び向き合うことになるのだと。それはきっと、どこかの誰かも一緒なのだと。

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