まずはワルツをおひとつ


 公爵家の舞踏会は格式が高い。

 故に事前に曲名の書かれたプログラムが配られた。


 本来であれば曲名の横に踊りたい相手を記入するのだが、そこは乙女ゲームの正ヒロイン。後から後から声が掛かる。はずである!


 ちなみに1曲目のカドリールでは、フレッカー家の当主とその奥様が踊られた。それはもう優雅に。そして幸せそうに。


 仲が良いのだろうなと思いながら、私は壁の花となりその様子を眺めた。


「クロエ嬢」


「……ジャレット様」


「カドリールのあとはワルツなのですが、私と踊っては頂けませんか?」


 壁の花へと徹していた私のもとにこっそり現れたジャレットは、小声で言った。

 チラリと中央付近に視線を向けると、カドリールを踊る当主様方を見つつ、フレッカー家の子供たちを探すハンターのようなお嬢様方がいた。


 おおう。さすが公爵家。


 さて、ここでゲームなら選択肢が出現する。


 「はい」or「いいえ」


 素直に喜び誘いを受けるか、爵位が低い自分がジャレットの1番相手など烏滸がましい。とお断りするかの選択肢で、ジャレットの好感度がかわる。


 ちなみに上げるには1度断るのがベター。


 公爵という家柄ゆえに爵位を重んじるジャレット。謙遜した方が良い、のだが、好感度を上げるつもりは微塵も無い!


 だからこそここは「はい」一択! ごめんね、ジャレット。


「はい。私で宜しければぜひ」


「……それは良かった」



* * *



「クロエ嬢とご一緒にいた男性はどなたなのですか?」


「幼馴染みで、当家の執事です。今は私の専属をして貰っていて」


 カドリール終了後、曲が終わった瞬間のお嬢様方がそれはもう怖かった。


 一応、男性側からダンス誘うのが一般的であり、女性側からダンスに誘うなぞ恥ずかしい真似は出来ない。そのため、本命の視界に映るところでアピールするのだが、フレッカー家の男性陣へのアピールは凄まじかった。


 ジャレットも居場所がバレ、お嬢様方のアピール合戦が始まったのだが、彼はそれに目もくれず私の手を取って「では行きましょうか。クロエ様」と微笑んだ。


 お嬢様方の視線がすごく怖かったのだけど、すべての乙女ゲーム正ヒロインはこんな視線に晒されてるの? 凄いね! と素直に思った。


「幼馴染み、ですか」


「……ええ」


「クロエ様と幼馴染みで、エスコート役が出来るなんて僕は彼が羨ましいです」


「…………」


 さすが乙女ゲーム。

 息をするように紡がれる甘い言葉に私は思考回路を遮断した。


 ダンスでの好感度上げは回避出来たはずだが、それにしても妙に好感度が高い気がしてならない。


 誰か! 今すぐステータス画面見せて!!

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