第46話 この空の向こうで

ギルガメッシュのスタッフの夜食会が終わった後、貴史はヤースミーンと一緒に自分たちが南に向けて旅立つつもりだとタリーに告げた。


キノコご飯が皆に好評で上機嫌だったタリーは、二人の真面目な表情を見て椅子に座り直した。


「そうか、ドラゴンチームと一緒に南に行くのか」


タリーは感慨深そうに、貴史とヤースミーンの顔を交互に見ていたが、何かを企んでいるよ

うな笑顔を浮かべて言った。

「実はこの辺りは魔物が減っている。この前の戦いの影響もあるが、ホフヌングに入植者が村を作り、交易の人間が増えるのに伴って、この辺りに移り住んで畑を切り開く人間も増えてきたからだ。ミッターマイヤーさんのコネで物資は豊富に手に入るから商売には困らないが、少々退屈してきたところだ」


貴史とヤースミーンはタリーの話がどこに落ち着くのか見当がつかなくて顔を見合わせたが、タリーは構わず続ける。


「そこで、この店はオラフの奥さんのバンビーナやその両親に仕切ってもらって、俺も一緒に旅に行ってもいいかな」


バンビーナの両親のボーノとべルタは普段から調理場を手伝ってくれており、ボーノの料理の腕前はタリーも一目置くほどだ。


これまでにもボーノとベルタに短期間ギルガメッシュの店番を頼んだことはあったが、エルフの二人では宿と酒場を運営するうえで一つ問題があった。


「タリーさん、ボーノさんとベルタさんはエルフだから荷物の持ち運びと食事のサービスが無理だと思いますよ」


ヤースミーンが懸案事項を口にするが、タリーはのほほんとした顔で答える。


「実は、イザークがこの宿で働いてくれることになった。マルグリットやノラと一緒にボーノたちを手伝ってくれたら、十分この宿と酒場を切り盛りできるはずだ。」


タリーの人を見る目は確かで、その話には説得力がある。貴史は信じられない思いでタリーを見ていった。


「それじゃあ、本当に僕たちと一緒に旅をする気なのですか」


「もちろんだ。南に行けば魔物の数はもっと豊富なはずだ。きっと新しい味との出会いがあると思う」


どうやらタリーは、新顔の魔物を料理することが楽しみで旅に出ようとしているらしい。


貴史にとっては魔物と遭遇することなど厄介事でしかないが、タリーにとってはそれが新しい味覚との出会いとなるわけで、人の考え方は様々だ。


そう考えれば、タリーの行動は軌道に乗ってきたギルガメッシュの酒場を使用人に任せて自分は旅行に出かけるセレブ経営者の振る舞いに似たものかもしれない。


「わかりました。一緒に旅をしてください」


貴史にとってタリーはこの世界に来て以来世話になった恩人なので、一緒に旅をすることが出来るのは実はうれしいことだった。


貴史が答えると、タリーは嬉しそうにほほ笑んだ。


翌朝から、リヒターが隊長を務めるドラゴンハンティングチームの出発準備が始まった。


タリーが提供した馬を使った馬車も加わり、その陣容はにぎやかなものになりそうだ。


しかし、荷車に積み込んでいく荷物をめぐって、タリーとリヒターの押し問答も始まる。


「タリーさんこの蓋付の鉄鍋はいくらなんでも重すぎますよ。置いて行く訳にはいきませんか」

  

リヒターが指摘した鉄鍋は直径が一メートル近くあり、肉厚の鉄でできた鍋だった。同じ素材でできた丈夫な蓋もあり、相当な重量がある代物だ。


「これがあれば、煮込み系の料理の他にこの上にも炭火を乗せて蒸し焼き料理を作ることも可能で、料理のバリエーションの幅がぐっと広がるのだ。美味しい料理を食べたいと思ったら、この鍋をもっていくことだ。」 


リヒターは承知しかねる表情だったが、タリーの脇に立ったヤースミーンが自分をにらむのを見てたじろいだ。


ヤースミーンは鉄鍋があれば、ピザを作ることも可能だと聞かされて、鉄鍋を擁護するつもりだったのだ。


「しかたありやせんね。みんなの食事の質が向上するならその鍋も持っていきましょう」


リヒターは大勢の隊員を束ねる立場だけに、空気を読むのは早く、鍋一つで時間を取られるよりは、ほかの準備を進めることを選んだようだ。


タリーが満足そうに鉄鍋を馬車に乗せ、ほかの身の回り品を取りにギルガメッシュの建物に戻ったとき、南のほうから荷を乗せたロバを引いて歩いてたどり着いた商人たちが宿のフロントに向かうのが見えた。


「宿泊されるのですか」


貴史が尋ねると、リーダーらしい老人がゆっくりとうなずいた。


「あんたたちは、旅の準備をされているようだが、南に向かうつもりかね」


老人の質問に、貴史は答えた。


「ええ、僕たちはドラゴンハンターなので、ドラゴンを狩りながら南に行くつもりですが」


商人たちは、一様に眉を顰めると貴史に言う。


「南はガイアレギオンが退却するときに村々を荒らし、脱走した兵士が盗賊となって跳梁している。この時期に出立されるのはよほど急ぐ理由がなければやめたほうが賢いな」


隊商のリーダーの老人の言葉を聞いて、ヤースミーンが尋ねる。


「スライムを連れた女の子を見ませんでしたか。私たちはその子を探しているのです」

商人の一人が驚いた様子で言う


「私たちはパロの港の北の峠でガイアレギオン崩れの盗賊に襲われたのですが、スライムに乗った少女が現れ、十人は下らなかった盗賊たちを一瞬で斬り捨ててしまったのです」


「きっとララアだわ、その子はその後どうしたのですか」


商人たちは口々に話し始めた。


「私たちは謝礼を渡そうとしたのですが、その子は食料だけ受け取っていってしまいました」


「あの強さは人間だとは思えないから、きっと魔物の化身に違いないと皆が言っていたのです」


「そうだ、剣の技だけでなく古クリシュナの魔法も使いこなしていた。ヒマリアの先住民の亡霊ではないかと思ったくらいです」


貴史は商人たちに情報提供の礼を言うと彼らのチェックイン手続きを済ませ、遥か南に連なる山脈に目を凝らした。


「ララアはあの山脈をはるかに超えた南の地でスラチンと旅を続けているのだな」


「そうですね。でも絶対に探し出して連れ戻しましょう」


貴史とヤースミーンは並んで南の空を見ながら、姿を消したララアに思いをはせた。


ヒマリアの短い夏は終わり、森の木々は鮮やかに紅葉し始めており、南へ渡る翼竜型の魔物がきれいな編隊を組んで空をよぎっていく。


ヤースミーンは並んで南の空を眺めながら貴史の手をギュッと強く握った。













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異世界酒場ギルガメッシュの物語2 楠木 斉雄 @toshiokusunoki2018

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