第45話 秘密の素材のキノコのピザとキノコご飯

ギルガメッシュの酒場のラストオーダーが終わるとタリーはおもむろにメイジマタンゴのピザ作りに取り掛かった。


タリーの料理の腕は日々上達しており、夕方仕込んだパイ生地を起用に伸ばして円形にすると、ふわりと持ち上げてクルクルと回し、遠心力でパイ生地を薄く延ばしていく。


タリーは薄くスライスしたメイジマタンゴを金型で抜いてマツタケっぽい形のキノコのスライスを大量に作り、金型で抜いた縁の部分は細かくスライスするという手の込んだことをしている。


「これはもしかしてマツタケをイメージしているのですか」


貴史が尋ねると、タリーはにやりと笑う。


「この形の意味が分かるのはこの世界では私とシマダタカシくらいしかいないが、我々の間のプラクティカルジョークだと思ってくれ」


タリーはパイ生地にホフヌングの村で作られたヤギの乳のチーズとメイジマタンゴのスライスを乗せると、余熱が残る石窯に入れた。


「さあ、残りの材料でキノコご飯を作ろう」


考えてみれば、身長2メートル近いメイジマタンゴを使えば、スタッフが試食する分にはピザだけでなくキノコご飯だって十分作れるはずだ。


タリーはヒマリアと南の国と行き来する隊商に頼んで取り寄せたという短粒種のお米を大なべに入れて研ぐと、メイジマタンゴのスライスとみじん切りを大量に加え、調味料を加えて火にかけた。


貴史は、忙しく立ち働くタリーと自分の横でイザークもてきぱきと動いていることに気が付いた。


「イザークも調理場で働くことになったの?」


貴史の質問に、イザークが照れくさそうに答える。


「実はマルグリットに危ない仕事からは足を洗うように頼まれて、ギルガメッシュの調理場で働くことにしたのです。それに以前から自分でもタリーさんの料理がすごく美味しいので興味を持っていましたからね」


貴史は、ドラゴンハンティングの出かける時以外はタリーを手伝って働いていたので、自分の部下が出来たみたいでうれしくなった。


しばらくするとピザが焼き上がり、調理場にはいい香りが立ち込める。


タリーは石窯からピザを取り出してカットし、イザークと貴史はメイジマタンゴのマツタケご飯風という新メニューをボウルに盛り付ける。


タリーがスタッフに声をかけて、メイジタンゴを使ったお夜食の会が始まった。


リヒターはメイジマタンゴの料理だと聞いて胡散臭そうな表情でピザとキノコご飯を見つめていたが、ピザを一口食べると表情を変える。


「少し焦げたチーズとキノコの香りが絶妙ですね。こんなにおいしいとは思わなかったっすよ」


その横では、ヤースミーンがピザのふた切れ目に手を伸ばしている。ヒマリアではピザ自体が珍しい料理のため、タリーが作るメイジマタンゴのピザはヤースミーンにとっては格別な味らしい。


貴史は木のボウルにもりつけされたキノコご飯に手つけた。


貴史の人生でマツタケを口にする機会は実のところ数えるほどしかなかったが、その香りはどうにか記憶に残っている。 


タリーが作ったメイジマタンゴのキノコご飯はまさしくマツタケご飯の味だと思えた。


「タリーさん。このキノコご飯マツタケご飯にそっくりですよ」


貴史が告げると、タリーは相好を崩した。


「この味がわかる者だけに作った特別な料理があるのだ。」


タリーは厨房の隅に置いた蒸し器から何か取り出すと貴史の前に運んだ。


タリーが貴史に食べさせようとしたのは、平べったい形のティーポットと小さなカップだった。


貴史がティーポットのふたをとると、ふわりといい香りが広がった。


それはマツタケのようなキノコの香りが際立つが、それ以外の様々な材料が組み合わされたスープから漂う香りだった。


「私の記憶を総動員して作った、マージマタンゴのティーポット蒸しだ。」


それが、マツタケの土瓶蒸しをイメージして作られたことは貴史にも容易に想像がついたが、問題は貴史がマツタケの土瓶蒸しを食べたことがないことだった。


ティーポットの中にはだしの効いた澄まし汁のようなスープが満たされ、マツタケっぽい形に型抜きされたメイジマタンゴのスライスと、カニっぽい白い身や、鶏肉っぽい肉、そして銀杏を思わせる黄色い木の実が見える。その上にはタリーがギルガメッシュの近くで見つけたという三つ葉に似た植物の葉が散らされている。


貴史は、タリーが自分のためにその料理を作ったことに思い至って涙が出そうだった。


「タリーさん、これってマツタケの土瓶蒸しそのままの味ですよ」


貴史は、マツタケの土瓶蒸しなどという高級な料理は生まれてから一度も食べたことがなかったが、タリーの気持ちに答えなければと思って言う。


「そう言ってくれると思っていたよ。その料理は私がかつて生きた世界へのオマージュだが、それを理解してくれるのはシマダタカシだけだからな」


タリーは本当にうれしそうに言うと、スタッフたちにメイジマタンゴのキノコご飯を勧める。


スタッフたちが料理の味について盛り上がっているときに、ヤースミーンはちょっときつめの視線を貴史に送り始めた。


貴史は迷った挙句に、隣にいたリヒターに話を切り出した。


「リヒターさん、僕はヤースミーンと一緒に南のほうに旅に出たいと思っているのですが」


貴史はリヒターが、ドラゴンハンティングチームの刃刺しが勝手に旅に出るなど、とんでもないと止められるのではないかと危惧していたが、リヒターは貴史の予想に反して嬉しそうに答えた。


「シマダタカシの旦那、よく言ってくれやした。あっしもこのチームを養っていくにはドラゴンが頻繁に出没する南の国に行けばよいのではないかと思っていたところでやす。皆のために決断いただいたご意思を無駄にしないようにチーム全員で着いて行きやす」


貴史には、ドラゴンハンティングチームを束ねるリヒターの言葉は意外に響いたが、彼は心の底からそう思っているようだ。


「リヒターさんありがとう。そう言ってくれるならみんなと一緒に出発することにしたい。出発できるのはいつ頃になりそうかな?」


リヒターはメイジマタンゴのキノコご飯が入った器テーブルに置くと、貴史に答える。


「準備がありやすが、十日後には発てると思います。それまではご自身の用事をされて結構です」


リヒターの声はヤースミーンにも聞こえていたようで、ヤースミーンは満面の笑みで貴史を見る。


貴史はヤースミーンにうなずいて見せながら、この件をタリーに相談して許してもらわなければと思うと、胃が痛くなる気分だった。

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