第28話 カニ食べに行こう

ガイアレギオンの侵攻を撃退してから数日後、貴史達は平穏な生活を取り戻しつつあった。




貴史達はガイアレギオンの手によってマンイーター化していたレッドドラゴンを倒したが、ドラゴンの肉の一部は避難民の食料に回されたものの、解体されたドラゴンの大半の部分はギルガメッシュに運び込まれた。




今は大型のレッドドラゴンが入荷した事を聞きつけて様々な地方から商人たちが買い付けに集まっている。




商人たちの多くはギルガメッシュで宿をとり、宿泊客の食堂を兼ねている酒場は連日にぎわっていた。




営業を終えた酒場でスタッフが食事をとっていると、ヤースミーンが貴史にささやいた。




「シマダタカシ、最近ララアが落ち込んでいるから、何か気分転換になることをしませんか」




貴史はテーブルの中ほどで静かに食事をとっているララアを見て、ここ数日の出来事を思い出した。




ララアは戦いのさなかにハヌマーンに捕らわれ、貴史はララアを取り返そうとハヌマーンに戦いを挑んで瀕死の重傷を負い、クリストはハヌマーンに倒されて死んだ。




ガイアレギオンの軍勢が退却したことを知った貴史はヤンとヤースミーン、そしてララアと共に、クリストが倒れた現場を訪ねた。




しかし、レイナ姫達が囚われていた建物は燃え落ちており、黒焦げになった地下室を探しても、クリストの遺体を見つけることはできなかったのだ。




ヤンの再生の魔法でクリストを甦らせようと考えていた一行の思惑は外れ、自分を助けるためにクリストが犠牲になったことを知ったララアは、ふさぎ込むことが多くなった。




貴史が口を開こうとしたとき、タリーが大きな声で皆に尋ねた。




「ドラゴンの料理にも少し飽きてきたな。誰かエビ系とかカニ系のモンスターを大量に捕獲できる場所を知らないか」




タリーがモンスターを捕獲すると言ったら、当然それは捕獲してから料理して食べるために他ならない。




一同は、下手なモンスターの名前を上げたらそれを食べる羽目になると知っているので迂闊に口を開くことはしなかった。




しかし、微妙に空気が読めないヤースミーンはのんびりとした口調でタリーに答える。




「この辺でよく見かけるカニ系モンスターはダンジョンガニですね」




皆が非難するようにヤースミーンに視線を送るが、ヤースミーンはのほほんとした顔でドラゴンのシチューを食べている。




「その、ダンジョンガニってダンジョンの中に生息しているの?」




貴史は興味を惹かれてヤースミーンに小声で尋ねる。




エレファントキングのダンジョンに何度も入っているが、そんなモンスターを見た覚えは無かったからだ。




「ダンジョンガニの名前の由来は、ダンジョンに生息するカニという意味ではなくて、集団で生息するカニが掘った巣穴がダンジョンのように入り組んでいるからだと言われています」




貴史とヤースミーンの会話に聞き耳を立てていたタリーは途中から話に加わった。




「そのダンジョンガニというのはどれくらいの大きさなのかな?そしてそいつはおいしいのだろうか。」




ヤースミーンは今更のようにタリーの意図に気が付いたようで、辟易した表情で言う。




「ヒマリア王国広しといえども、魔物を食べるようなもの好きはいませんからね。美味しいどころか、毒があるかもしれませんよ」




しかし、タリーはヤースミーンの口調など気にする様子もなく続けた。




「その辺は想定内で、最も大事なのはそいつのサイズだな。一匹のサイズが大きければ捕まえる労力に対して、歩留まりがよくなるからギルガメッシュで使える可能性は高まる」




タリーは貴史やドラゴンハンティングチームの顔を眺めながら考え込む雰囲気だ。




「大きさは子猫ぐらいの大きさから、大きくなると馬ぐらいのサイズになります」




ヤースミーンが気乗りしない雰囲気で告げたが、タリーは目を輝かせた。




「そんなに大きいのがいるのか?それならば十分労力に見合うというものだ。明日は朝から出かけてダンジョンガニを探してみようかと思うが、だれか一緒に行ってくれないか」




食事をしていた皆の間を沈黙が支配したが、黙って食事をしていたララアが手を挙げていた。




「私が一緒に行ってあげる。ダンジョンガニならロブスターみたいに美味しいという話を聞いたことがあるわ」




ララアはスツールから飛び降りると、面白そうな表情でタリーを見つめている。




「シマダタカシ、ララアが久しぶりに自分から言葉を発しましたよ。私たちもカニ探しに一緒に行きましょうよ」




ララアがふさぎ込んでいることを誰よりも心配していたヤースミーンは、貴史の服の袖を引っ張りながら小声で言う。




「そうだね、これをきっかけに元気を取り戻してほしいから一緒に行って様子を見てみよう」




貴史も自分の気分が上向くのを感じながら答えていた。




いつの間にか貴史とヤースミーンは自分たちがララアの保護者であるかのように思い始めていたのだ。




「タリーさん、僕とヤースミーンも一緒に行きますよ」




貴史が告げると、タリーは嬉しそうに笑顔を浮かべる。




「ありがとう、それでは留守中のギルガメッシュの運営はリヒターさんに頼むよ。我々は夜明け前に出発してダンジョンガニを捕まえに行こう」




タリーの頭にはすでにダンジョンガニ料理のレシピが出来上がっているかもしれなかった。




ギルガメッシュの店長を任されたリヒターは、ため息をつきながら貴史に言う。




「お店のことは任せていただいて結構でやすが、シマダタカシの旦那はカニのモンスターだけでなく、ドラゴンの痕跡も探してくださいよ。あっしたちの本業はドラゴンハンターなんですから」




リヒターの渋い顔に、貴史はうなずいて見せるしかなかった。

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