第29話 ヤン君の杖

翌朝、日の出の前から貴史達が出発の準備をしていると、ホルストとイザークが顔を出した。


「あの、俺たちも一緒に行っていいですか」


イザークが遠慮買いに切り出すのを聞いて、ヤースミーンの表情が緩む。


「もちろんいいですよ。どうして手伝ってくれる気になったのですか」


ヤースミーンの問いに、ホルストはボソボソと答えた。



「いや、俺たちはみんなが大変な目にあっているときにトリプルベリーまで伝令に行って、守備隊が出発準備を整えるまではのんびり寛ろいだりしていたからさ」


「なんだか気が咎めるから今度は手伝おうかなって」


イザークも同じようにボソボソと言葉を添える。


「そんなこと気にしなくていいんですよ。救援を呼ぶのだって立派にみんなの役に立っているんですから。でもありがとう」


ヤースミーンが笑顔を向けるとホルストとイザークはホッとしたように緊張を緩めた。


ドラゴンハンティングチームのメンバーにとって、ヤースミーンはチームのマネージャーでもあり、時には貴史やリヒターを差し置いてリーダーのようにチーム員の気持ちを掌握してしまうので、彼女の意見はとても気になるところなのだ。


その時ホルストとイザークの後ろから、ヤンが顔を出した。


「おれもカニ取り部隊のメンバーに加えてもらいたいのだが」


「ヤン君、本当ですか」


ヤンはヤースミーンが以前所属していたパーティーのヒーラーだった。



相次ぐ参加希望者にヤースミーンは嬉しそうだが、ヤンは貴史の前に自分の杖を突きだした。


「これを見てくれ」


貴史は普通の杖にしか見えないので、キョトンとした表情でヤンを見返した。


ヤンは凄腕のヒーラーで貴史自身が何度も命を救われているが、時として理解しずらい発言もする。


「普通の杖ですよね」



貴史が尋ねるとヤンは得意そうに杖の説明を始めた。


「普通のようでいて普通ではない。見ろ、この杖の先端にはオルハリコンの石突をつけたんだ。実は以前、山道を歩いていて石突で自分の足を突いて痛い思いをして以来取り外していたが、魔物との意図せぬ出会いもあると気づいて元に戻したんだ」


確かに杖の先端には、金属製の鋭い石突が取り付けられており、その気になれば槍のように使って戦うこともできそうだ。しかし、貴史にはその話題がなぜ今ここで持ち出されるかがわからない。


「そうなんですか」


貴史が困り気味にヤンに答えると、ヤンはさらに話を続ける。


「そのうえ、この杖は俺が魔法の呪文を唱えなくても願っただけで火炎の魔法レベル2相当の炎を敵に発射してくれる優れ物なんだ。獲物を探しに行く場合でも、俺が戦力になるとわかってくれたかな」


貴史とヤースミーンはヤンが気がねしていたとに気づいて顔を見合わせた。


「もちろんですよ」


貴史が答えると、ヤンは照れくさそうに付け足した。


「実は俺は今までカニというものを食べたことがないんだ。魔物でもいいから味わってみたいと思って参加したんだ」


ヤンの言葉を聞いてタリーが微笑を浮かべた。


「新しい味覚を追求するものは、人生においても積極的に新たな世界を切り開くと言われている。ダンジョンガニの捕獲に成功したら、まずは我々が味見をしよう」


タリーが勿体ぶって、宣言して一行はギルガメッシュから、ダンジョンガニ探しに出発した。


「これと言って行く当ても無いから、取り敢えず近くの森にいってみようか」


タリーはオラフ達が住み着いて、開墾をしつつある森を指差したが、傍らを歩くララアが口を開いた。


「人里に近い森にはダンジョンガニはあまり多くないし、いたとしても小さな個体が多い。南のジュラ山脈の麓から続く森なら大きなダンジョンガニの群れがいるよ」


「そうか。食材を捕獲する場所はできれば近いほうがいいが、大型の個体がいるのは魅力だな。取り敢えずジュラ山脈の麓の森まで行ってみようか。」


タリーは軽い乗りで行き先を決めたが、ジュラ山脈の麓は往復するだけで、最低一泊を要する距離だ。


捕獲隊の参加者達は、一様に表情を固くしながら歩みを進めた。


ジュラ山脈はエレファントキングの城から遥か南に聳える山脈で、そこに至る平原は魔物達が跳梁する荒野となっている。


山脈の麓の森となれば、過去数十年の間、人が立ち入った事がないと言われている。


「ララアはどうして、ジュラ山脈の麓の森のことを知っているのだろう」


ヤースミーンが呟くと、ヤンが静かに答える。


「ララアは俺が蘇生させた古代ヒマリア人だ。恐らく彼女の同族が繁栄していた頃には、ジュラ山脈の麓を抜ける交易路もあったのではないかな」


貴史が先を歩くララアを見ると、彼女はタリーと並んで、ピクニックに出掛ける子供のように、軽い足取りで歩みを進めている。


「外に出たお陰で、ララアの気分転換になったみたいね」


ヤースミーンは深く考えずに、ララアの表情を見て喜んだ。


「未踏の土地ならドラゴンもいるかもしれませんね」


イザークはホルストにいわく有りそうに話しかける。


皆がそれぞれの思惑を秘めながら、貴史達の一行は、短い夏を迎えようとするヒマリアの荒野を進んだ。


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