神能件12
【前書き】
そろそろややこしくなったので人物名が付きます。
俺君→人奄(トアマ)
狼女→ロメ
成り代わられ→ナシロ(今俺くんの中に入ってるやつ)
幼馴染→カフカ
勇者→マリウス
ここの授業について、この国についてよく分かったことがある。
まず宗教色が強い。スキルと魔法は神から齎したものであり、可視化されるステータスについても神が公平を重んじたゆえの概念だとしている。HP,MPについても不慮の事故を防ぐため、多岐にわたるスキルを通して慈愛と受けて育ったものの強さは唯一無二のものになる。
どうやら唯一神に近いものだが、ここで尊重されるのは「創造と破壊」ではなく「慈愛」である。森羅万象を管理するとは言え、慈愛とは何事だ。という話だが、一応彼らの理屈として「神の愛により、人々の創造性が保たれ一人一人が自立して生きながら、手を取り合うことが出来る」ということらしい。つまりは、創造がどうというよりも仁愛であるらしい。
だが、これは悪いことではない。確かに宗教としてその捉え方が禁忌であることはないのだ。綺麗事だが、彼らは万物を愛せばなんにでも乗り越えられる、それは有無を超えて万物に繋がる概念。自分がそれを理解しているかはさておき、彼らはそれをそうとして受け入れている。
だが、こうなるのも無理はない。まずスキルや魔法という「神様」のようなものがそこにある。剣技の授業等で見た不思議な力もそう、神を信じさえすれば乗り越えられる。これがここで固いセオリーとして根付いている。たとえ、自分が出会った現況が、そう見えない程依怙贔屓で人間的でバカっぽくても、ここの真理は「神の愛は万物を呑み込む」そういうことだろう。
環境は、自分が快適に感じられるほどに清潔である。ロメと共同トイレに入ったが、ボットン便所でもなく、中に手洗い場も設けてある。そこに下水道が物理的に通ってるかは分かりかねるが、少なくとも衛生観念は現代的であることは間違いない。あと(ロメが獣として免疫が桁違いなのか自分の補正かは分からないが)大型の肉を安定して焼く設備。それらを用意できる食器、調味料全てに不自由がない。過ごしていて感じたのは、電力の存在しないが特に不自由しない現代的な学校──ベッドも化学繊維とは違うが、大量生産できる時点で相応の科学技術はある。
問題は教育だ、これだけ整っているにかかわらず、教育の内容はほとんどが実用的でない。
教科書の内容に実用的なことが書かれているのは家庭科ほどしかないと思われるが──いや、それ以上に優れている環境に対して、伴うべき興味関心があまりにもない。
魔法の世界と言えば聞こえはいいが、魔法が魔法であると線引きをするためにも科学が必要だ。魔法が至上だろうが、神が至上だろうが、それに伴った興味関心があるからこそ、文明として環境が築かれていく。
それに、ここは魔法はないにせよ自然現象は発生する。炎のスキルはあっても、炎は酸素がなければ燃焼することが出来ない。
「ロメ、なんで炎ってしばらくしたら消えるんだ?」
「それはだ、炎は神を悲しまないように永遠の牢獄に閉ざされるらしい」
「それはすごい」
この調子で自然現象の理屈として語られる。だからここには科学としての物はあるとはいえ、神の教えに直結したものとしてしか記載されていない。何故火は水をかぶると消えてしまうか、それは神の提案により伴侶として交えたから……もう1頁も読みたくない。
「顔が青くなったな、御供体はいるか?」
「……神の施しを受けず自らの愚かさを身に感じるのも試練……」
「良いな、身についてきたぞ」
正直、宗教色が現代と段違いに違うルネサンス以前よりも酷い。この国には数学者だのいるようだが、到底役に立つ気が知れない。
それにだ、少しだけ神がこの国を嫌っているのは理解できる。思考や勉強を教育現場で握りつぶしている以上、その機会も一生閉ざされることになるのだろう。
(けど、俺に出来ることって知らないしな)
あの神様は、この国で楽しんでほしい以外の目的があって自分をここに呼んだのだろうが、そんなもの見当はつかない。だが、狼女という、この国の異端者が神の下で生きている。それは容赦というよりも……あの神様なら許すも何も、正すことはないだろう。
だが、あの生徒たちの異様な視線も、レベルが均一的にされた現実に何一つ疑問を抱かないのも、何もかもが疑わしい。そして確証がないから、その元凶にも張本人にも話し合おうがない。だがいえることは……
「ナシロ君、ここの国の歴史思い出せたかな?」
「……記憶はまだなんですが、今日すごく勉強になりました。ありがとうございます」
「気にすんなよ!俺達だって祝いたいし、こういうのを知るのはおまえ自身知るってことだからな
!」
元気そうなクラスメイトが笑っているが、この男含めて人間側も何か隠ししている。この体がナシロ、という男の者じゃない限りは、何者かによって殺された可能性がある。
こんなお花畑な国に限って。
「……」
しかし、不思議だ。
このナシロという男、ロメと同じような軌跡を辿ったのだろうが、あの前のような授業とは違っている。異端者は、目の前でさらし首にしても問われない国なのだ、彼は死んでいる時点で殺された可能性が高いが、そうならロメのようにあの場で殺される。
ナシロが事故死であることは考えがたい。クラスメイトの証言によると、ロメは死ぬが自分たちは神の加護により死なないと断言している。そして、それは目の前で証明されている。スキルの加護を受けたものは死なず、そしてナシロは死んだ。
つまり、ナシロはロメのように異端者の可能性が高いが……それにしても差別化される理由が分からない。それとも、殺されることに1種の儀式があると言うのだろうか。
──それは、考えがたいな
カフカ……恐らくナシロの幼馴染は泣いて、ナシロの復活を喜んだが、ナシロの死に関して酷く悼んでいた。
それが何を意味しているかは、まだ確証はない。が、ナシロもまたただ異端者として処罰されたとは考え難い。
──ただ
信じられる物は少しでも必要だ。
ロメはともかく、この国はおかしいと分かっていても、その全てを把握しきれていない。用心することに越したことはないだろうが、それが過ぎれば重要な機会を逃してしまうだろう。
とりあえず、今晩にもロメと接触を取ろう。
■
「ロメ」
「私もお前に聞きたいことがある」「お前について教えろ」
「……」
「お前の行動は見ていたが、記憶をなくしているより、ここの世界にうろたえを感じている」
「うろたえ、個々の国は一風変わってるがそうだからではないだろう。あまりにも染められないぐらい、お前は他の生活や文化が根付いている」
「……うん、ロメの言うとおりだけど、ごめん。それくらいしか言えない」
「十分だ。ここに来る客で、お前は馴染もうと検討している。言えぬ秘密はあるだろう、それを隠すのもお前が生きるために必要なら仕方ない」
「ロメは、何でここにいるんだ。いやごめん、質問している側なのに」
「聞くまでもないだろう。目の前の冒涜に背を向けるほど、私は背信ではない」
「お前は、他のスキルとやらは違うだろう。恐らく、あの変人よりはずっと高い」
(勇者のこと変人って言ってる……)
「奴らはお前を特別扱いしない、あくまでも普通の生徒として平等にしている……なら。勇者のような立場の人間ではないと考えた。そして、考えは私と似ている。お前は誰だ?」
「……」
「的中はしているが、これまでか」
「お前の無言をお前の肯定と受け取ろう。さあ何が聞きたい?」
「聞いていたけど、ロメは『自分の信仰が一番正しい』そう言ってるよね」
「そうだ」
「あの授業の話を聞くと『全てが和解するのであれば、心の中を除く必要すらない』けれど、君の知っている呪術にはあるか?」
「ある、が、一つ頼みがある」
「私達の呪術を神の御業と認識するな。これは、私たちが神に結び付いた結晶であって、神が神至らしめる贋作ではない」
「……つまりイコールではない」
「イコール?」
「あっ……等しくないんだね」
「それはそうだが、なんだそのイコールは」
異世界の言葉なんて分からないと思うが……でもなんだか興味深そうに聞いている。警戒ではないだろう……いや、彼女は真新しいものを見て、それに尋ねているのか。
気になって、木の棒で文字を書く。
「お前、これは何だ?」
ロメは木の棒で「=」の部分を指す。
「今言っていた、等しいって言葉」
彼女はただ疑問に示しているのはそうではない……そもそも、彼女は頭が良いが、この国や民族によって得られているであろう知識にも限りがある。
イコールの概念も、そう古いものじゃない。確かあれは「等しい」と表記する手間と煩雑さを省くために16世紀に開発された。
そう考えて、ロメの足元にいくつか木の実のような絵を書く。
「例えば俺達は合計10個の木の実を持っていたとして、俺が隣町でコイン二枚分、狼女はコイン一枚分で売り買いするとして、全て売り切れた場合の儲けがコイン17枚としたら?」
「私が三枚、お前が七枚か」
「早いね…」
「お前の数が10はあり得ない、何故ならそれだとコインは20枚になる、そこから差し引いたら私になるだろう。そしたらば私から全体を引けばお前になる」
知識がないだけで頭の回転は速い方なのだろう。
「お前の計算はどうなるんだ?」
「x+y=10 x=10-y」「2x+1y=17 1y=17-10y y=7」
「なんだその文字は」
「さっき言ったことを言い換えただけだよ。ロメは分かる数から求めたけど、俺は分かっていない数を先に求める」
「分かっていない数、というと、お前と私の個数か」
「そう、俺の個数をこうして置き換えて、君の個数もこうして置き換える」
「何故記号が違うのだ?」「……いや、違うか、お前と私の個数は違うから、こうして別にする」
「そうだね。だからこの部分は、ロメが言ったみたいに、全体の数からロメの数を引いたラ俺になる」
「逆も言える、ということか」
「これの考え方を利用して、個数をどうやって求めるか分かる?」
少し木の棒が止まったが、スラスラ隣で書いていく。
ロメはうんうん唸っていたが、少しだけ理解したのかどんどん書き進めていく。
「分かりやすいな、これ」「楽しいな。つまりこれだと領土分割を全体から割ることも出来る」
「ロメの呑み込みが早いだけだよ。それに他の考え方で計算をするってあまり出来ることじゃないから」
「変な奴だな、こんな面白いものを前にして」
「ロメって、例えば雨が降った時の量とか、一時間ごとに変化する量とかを表すことって出来る
?」
「降水量なら土の重さで調べるな」
「……ああ、雨が降ると泥になるから」
「その深度でどのくらいふるかを調べるな」
「これも地面で割り出されることだけど」
「詳しく聞かせてくれ」
微分積分の話になっても、ロメはうんうんうなずきながら話を聞いている。
ロメから分かったことだが、知識そのものは16世紀、ルネサンス程度ではあるが、何も分からないことでもなく、数式はそこには存在しないが彼女なりの理屈で測定法がある。
=、という数式が使われ始めたのもルネサンス期だ。しかし、使われるツールが古いだけであって、彼女の考え方が劣っているとは思えない。
「複雑だが、これだと魔力の消費量も正確に計算できるだろうな」
「それ必要なの?」
「結果を張るとは言うが、お前ひとりと森一つはもちろん、私そのものとお前ひとりでは消費する量も違う。その増加量を割り出せるなら、使わない他はないな」
彼女は彼女なりに転用する術を知っている。その活用方法は少しファンタジーではないけれど……でもまあ楽しんでるなら良いか。
ただし、気になることはある。
「……ロメからしてみれば、ステータスの数値って信頼出来ない?」
「ああいったものは簡単に示せるものではないと考えている」
そういいながらロメは木の実一つ取り出して俺に見せてくる。
「例えば、私はこの木の実を食べることにMP100を使う」
「食べること?」
「MPは魔法を使う体力を示しているから、便宜上そうだろう」
「『体力』か」
「そう、体力だ。私は木の実を食べるために手を伸ばし、固い実を砕いて食べる」
「お前の口は、柔らかいな。すぐ血が噴き出てしまいそうだ。だが私と同じ総量は100だ」
「俺はこれを相対的……じゃなくて、一人一人見合ったものだと考えてる」
「そうなると、スキルに使われるMPの総量はなぜ皆一定なのかを証明できない。私は傷一つなく、この実を食べれるが、お前にとっては猛毒かもしれない。私たちが食べることで消費される数値は、個数のように等しいものなのか?」
「確認だけど、ロメって頭が良い方なの?」
「そこまで大したものじゃない。私たちの部族の中では、数でスキルを決めることは、公平な判断とはとても思えなかった」
「例に戻るが実を食べることは咀嚼のみで行動を終えることはない。噛み砕くほかに、腕で持ち上げるだろう。腕がなければ足で食うのも悪くない。だが、それで人らと同じ数値になることは考えにくい」
「我々のこの体は神が与えたものだ。奴らは、この現状を神が示した法則と考える。しかし私は……」
ロメの口元が怪しい。無理もないだろう。彼女は魔法の世界で生きて、今考えていることは直結するであろう神に反しているかどうかに繋がる。その重さは、化学至上主義のこちらとは全く違う。
本当なら「神が設けた数値ではない」と言いたいが、それを言うまでに犠牲を払いすぎたといってもいい。
ついに、ロメは口を閉ざした。そしてしばらくすると「大変、有意義な時間だった」とだけ呟いて礼をしたが、尻尾が心無しか元気がない。今出来ることは何もないが、この考えが彼女のプロセスを支えるのなら、何よりだ。
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