神能件11【多分ここで1巻おわり】

幼馴染は冷めた目で廊下から聞こえる喘ぎ声を聞いている。

合同トイレだ。そんなことが起こるのはわかりきっていることだが、ここでは何も気にする事はない。

むしろ、自分たちが選ばれた子であるからその子孫を育むのは大事なことなのだろう。幸せそうに声を上げていれば、時間を守っていれば誰も声をかけまい。


勇者「幼馴染さん、久しぶり」

幼馴染「久しぶりですね、勇者様」

勇者「それやっぱり恥ずかしいな~色んな人に言われたけど、やっぱり慣れないや」

幼馴染「勇者様はこの国の英雄になる人ですから!そりゃあ皆久しぶりに来たってすごい騒ぎになりますよ」


勇者は、この国で選ばれた人間だ。この人間の中で、「特別なレベルアップ」を許されて、計画外のスキル成長を認められている人物。何も知らされていない雛のようなものだろうか。


幼馴染「それで……勇者様、私に何の御用ですか?」


余計なことは起こしたくない。

だから同じように成功して、極めて平均的に生きるように努めている。害はなく、益もなく、問題ないように務めるのは慣れている。そんな見かけ一般人になんの用だろうか。


勇者「……ここは少し騒がしいから、もっと静かな場所に行こう」


……この景色を、この国の英雄が、この幸福の国の中でもっとも平和な人間が何かを気にしているだろうか。そのような素振りをしながら、スキルを使われる。背景が、急激に切り替わった。


幼馴染「わ……が、学校は?」

勇者「皆には秘密だからね……ここは、地図ではもっと奥深くの森」


理解が追い付かないが、初めて見たがこれがワープらしい。誉めそやしはするが……実際に体験すると面食らってしまう。話に聞いていたが、勇者は自分たちとは別のステータスにあるらしい。


幼馴染「えっと……ステータス良いですか?」


勿論と勇者から快諾され開示するが、まず学園の水準値をはるかに超える。レベル90、HPもMPも桁が違うことに加えて……スキルが多すぎる。


幼馴染(勇者……)


この年代で、このレベルに行くことは到底なしえない。何故なら、ここのステータスに依存するレベルは、客観的なデータでは無いのは昔から分かっていた。

ここの世界は……滅茶苦茶だ。狼女の体力やスキルは、本来反映されるべきであるのに反映されていない。そして、皆が一律であるように強調されている……あの剣の稽古は……好きではない。狼女があまりにも我が強すぎるから慣れてしまったが……


幼馴染「勇者様って、噂に聞いたんですがすごいですね!尊敬しちゃいます……!」

勇者「そんなことは無いよ……本題は、それじゃなくて、むしろこれよりもっと大事なことなんだ。

俺君、何があったか知ってるかな」

幼馴染「……」


その話も、今はして欲しくない。頭痛が酷くなってしまうから、嫌なのだ。


勇者「俺君の幼馴染が君って聞いたから、なにか詳しいこと知っているかなって」

幼馴染「……そうですね、最初神の謁見かと思われたんですが、現世に戻ってきたきり記憶を無くしてしまったみたいで……でも、すごいですよね、俺君」

勇者「今日の俺君は凄かったよ……でも、話はそれじゃないんだ」


幼馴染「それ以外について、私は話すことはございません」

勇者「そっか、ごめんね」

幼馴染「いえ……私達にとって知られざることは、それ相応の神格だと思いますので……」


勇者「……僕の話、聞いて欲しいな」

勇者「僕さは、長い旅をして……君に会って話をしてみたかったんだ、もしかしたら、今のパーティをより良く出来る他、魔王を倒すより良い方法があるかも知れないって」


幼馴染(……そんなこと出来るはずがない。

この国は、貴方が愛してやまないこの国は、貴方が守っているこの国は皆、貴方の勇姿を餌にして、それを墓標にして生きている。

それしか動けなくて、それしか生きられない人間がいくらでもいる)


幼馴染(貴方のような幸せものが、他の生き方を考える資格はない)


幼馴染(そう、言いたい……言いたいけど……)


幼馴染「……どうして勇者様は、俺君に会いたかったんですか?」


勇者「深く言うと話は長くなってしまうけれど……すごく感動したんだ。僕は、皆を助けて幸せに出来たら良いとばかり考えていたけど」

幼馴染「貴方はそれでいいのに」

勇者「でもさ、魔王を倒してもどうなるんだろうってその時だけ思って……自分の中に迷いが出てきそうだけど、それもそれで新らしい考えが出来るようになったんだ。

だから僕は彼と話し合ってみたかったんだ」

幼馴染「……」


それは、本心なんだろう。それは一番近くで幼馴染を見ていた自分からよく分かっている。彼はそういう人間を呼ぶために、尽くそうとしていたことは知っていた。


幼馴染(だけど)


やめて欲しい、やめてくれ。この話をしないで欲しい。私が、その意志を持つものを。


幼馴染「……私に話しても何も起きませんよ。

勇者様の言う通り……俺君は私も尊敬する人でした。

けれど、それに寄り添うことが出来なかったのは、過ちだったと感じています」

勇者「……君を責めてはいないよ。ただ、それでも俺君を垣間見れて良かったんだ。君は自分を責めるほど、俺君の事故が酷かったと考えるけれど、それでも君の介助があってからこそ彼の才能がまた開花したんだ」


幼馴染「……勇者様」

勇者「何かな」

幼馴染「今言うことを、誰にも言わないで下さい。誰にも。魔王にも、司祭長にも……絶対に」

勇者「……大丈夫だ、ここは絶対に聞かれない。言って見てほしい」


良心の呵責に耐えきれない。俺君の全てを自分が裏切った、否定した。そればかりがのしかかってる。


幼馴染「……あの人はもう、私の幼馴染ではありません。

確かに私が、あの人を殺したのだから」


けれど、幼馴染は生き返ってしまったが、別人のようになってしまった。本当に自分がこの手で終わらせたのだ。なのに


幼馴染「だから……お願いします。

もしも俺君に会うなら……今までの俺君ではないと、思って下さい」


何故【俺】は、あの時ステータスが正常になったのか。何故【俺】が、レベル0のままだった人間が25になったのか、怖くてたまらなかった。

【俺】が身を呈して守った物が、何もかも無駄だと知ってしまうから──そんな身勝手さも嫌気がさすが


あの【俺】の中に入っていた人物は記憶喪失ではない。別の意志を持った別人だと、ずっと知っていた。

彼は一体誰なのか、誰の仕業か、今は何も聞きたくなかった。

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