神能件9and神能件10(とりあえずここで1巻分一区切り)


狼女「起きたのか」

俺「……何があったんだ」


狼女「特には、お前はいつも通り倒れただけだ」

俺「貧弱すぎるだろ……」

狼女「まあ、お前は弱くはないが、ちと体は鍛えろ」


俺(治療室にまた呼ばれたのか……)


俺「……幼馴染、いそうだと思ったけど」

狼女「オマエに剣を与えた責任として聞いている……直に来るだろう」

俺「一応、悪くないんだろうけどな」

狼女「悪くは無いが、さしずめ、現神の証人だろう。お前の狂言の付き併せだ」

俺「……ああ、相打ちね。確かにそうかも」


本当は酷い仕様のバグを利用して勝ったなんて言えないけど……


狼女「……オマエ、私は助けないぞ」

俺「そういう風にはしないよ」


俺「ただ、『レベルが高いものしかここの住人を制圧することが出来ない』なら……俺は役に立てる。君が倒せないものは、俺が倒せる」

狼女「その自信は……いや、聞かないことにしよう。オマエが殊勝なのはいいことだ。ただ聞きたいことはある」

俺「……答えられる範囲で」

狼女「オマエは、私について行きたいと言った。だがオマエはここのことを何も覚えていない。何故私を理由にした?」


俺「それは……」


言えるわけが無い。狼女みたいなのが転生前にはどこにもいなくて、それが救いに感じたとか。

ただ……言えることは言おう。


俺「俺はさ、宗教が嫌いなんだよ。神様を信じることは、何も分からない怖さとか、怯えを消すことは出来る。

ただそれを、人間のものとして扱うのは、どうも嫌でさ」

狼女「嫌?」

俺「なんだろう、言いにくいな、俺解脱なんてないから分かんない。

ただ、俺は、例えば生まれ変わるだろうって教えで本当に、死んじゃって、でも何も無かったら嫌だなとかじゃないんだ。むしろ、そう思わせない安心を与える薬として、結果がそうでなくても、そういう考えは大事だと思う。

だけど……もしも全ての教えが、無駄になっちゃうくらいにさ……人の欲で全部どうでもよくなっちゃうとか」


思い出したくないものを、思い出してしまう。飛び込んだ時、自分は救われたと思っていない、解放されたと思った。


俺(俺の死体、大丈夫かな)


俺「ああ、ごめん、結論言いたいんだけど……俺は、そう思っているから、ここから違うものを探したい、それだけなんだ。意味分かんなかったらごめん」

狼女「想像出来ないが、オマエの言うことはわかった」

俺「そっか、そうだよな」

狼女「私は、今信じている神は絶対にいると考えている。オマエがさも、いないかのように扱われるのは、永劫ない」


狼女「ただ……いや、先の事を考えるのは止す。つまるところ、オマエには同意しかねるが、納得した」

俺「それはよかった」

狼女「……それで、勇者の件はどうする?その場の狂言か?」


そこは否定したいが……片腕がもぞもぞ何か動いている。注視すると、傷口から何かが出ている。


狼女「ああ、すまないが、それはここに住まわせてくれ。頑固なんだ」


腕の幹部から黒い耳が突き出てくる。チャーミングと言えばチャーミングだが……すまないがちょっとアレだな……


狼女「気になるなら、耳の真下を撫でればいい。すぐ大人しく寝てくれる」

俺「耳の真下……あじゃ腕の下か……ホントだ耳が垂れてる」

狼女「オマエ、撫でるのが上手いな。それは覚えているのか」

俺「飼ってた……いや、昔同じような子がいたからさ。生きてるみたいだな…」


狼女「生きているみたい、じゃなくて妹は私の中で生きてる」

俺「……」


撫でる手が止まりかかったが、耳が不満げに立つ。まるでワガママな子供みたいに、強請っているみたいだ。


狼女「……【俺】、学校が終わったら私に着いてきてくれ」

俺「……晩餐はいいの?俺は頑張れるけど」

狼女「あの姿で誘う奴はいないだろう。幼馴染も遠慮がちだ」


狼女は事も無げに言う。


狼女「私を選んだのは狂言ではあるまいな、盟友」




待ちくたびれてしまったな。

本当に待ったからな。お茶が空になってしまって……茶菓子も心許なくなってしまって……君は、本当は私に来て欲しくないからとか、そういう理由じゃなかったかい?


仕事?……仕事、仕事なら仕方ないな……でも私は体裁取引先だから……時間にはもう少し真面目でいて欲しい。

……今が打ち合わせ時間? すまないな、今のはなかったことにしれくれ。私になると時間感覚がどうにもおかしくなってしまうんだ。部下の面倒を見たり、小さな子が危ないことをしていたりかどうか、暇になって余裕を持ってきた訳では無いのだ。


車? ああ、それについては気にしないで欲しい。過失責任は充分にあちらと私の10:0というところであって、特に問われることも無いだろう。

……面倒なら、賠償金がどうのの話も結構だ。そちらの金を使うほど、私の手は空いていないんだ。


確かにハルヒ……私のクレカが頑張って買ったくれた物が壊れてしまったことは、悔やむことだが、まあ、強烈なキスとハグを浴びせられたんだ。それにジャガーが耐えきれなくなったのだろうね。可哀想に。


だから、そうだな、金は受け取らないと伝えてくれ。

加えて、ご子息の遺体をどうするか、聞いても良いかな?まあ、知らないなら何も答えなくていい。詭弁の類も結構だ。それを聞くために、ここの時間を割いた訳では無い。

無意味な話をすることは無い、ただ君たちに生産性と理解力が欠如していれば、これが君たちの薫陶になれれば何よりだ。


ああ、君達に恨みはないとも。こういう不運は一度や二度、あるからね。私のクレカが落ち込んでいるのは目も当てられないが、私はこういったことには前向きに捉えるとも。毎日の日報も楽しみだしな……まあ、それはいいや。


39、この数字が分かるか?

あの時、貴方方のご子息が、私の自家用車に飛び込んだ際の、肉片を集めた上での体重だ。

初めてだな、4000万の慰謝料と共に傷だらけの遺体をくれなどと言ったのは。


知っているぞ。彼の低体重は摂食障害のそれでなければ遺伝のそれでもない。激しい栄養失調を繰り返していることで、体の免疫能力が治癒に時間がかかっている。

ただ、思考力は明瞭にあるから、教育はさほど悪くないようだが、通院歴は確認されていない。外に行くにも限界がある行動範囲だろうな。

彼は人目を異様に気にする。そしてそれに順応しようと努力する。

この中で、人間と差異のあることに激しい拒絶を持つが、事故現場で彼が来ていたのは、都会の、人目が着く場所にも関わらず、粗末なものだった。彼のような状態が、自ら進んで車にぶつけた。


勿論、相当精神が追い込まれていると推測出来る。

そして、離脱を考えてしまうのは、自分の身と本来あるべき生活にギャップがあると比較される上で苦しむ。物心ついている頃にしていたならまだ対応力はあったが……それよりもずっと遅いだろう。そして、彼が受け入れるだけの耐性を持ち合わせていなかった。だから……


……煩いのは、そちらの方だろう。65dBくらいかな。

話を戻すが、私は、その条件を飲むことは無い。何事も無かったかのようにすることで話を終えるほど、真実は脆くない。

ご子息の遺体にはもう話はついていた、こういうのに詳しいツテがいて……まあまあ、私のクレカが言うんだ「神格化されたもののミイラは、副収入になる」と、だから高額での遺体の横流しは起っているらしい。

アインシュタインの脳のようなものだろうけれど……本当に行う奴がいるとは思わなかったな。


ああ、一銭も受け取らない。次いで、君のご子息の火葬の手続きはもう済んでいる。任せてくれ、大事な一人息子を失った悲しみは深く、足もまともに動かないだろう。その気持ちは、私には分かるよ。


……まあ、役所に届け出たら少々おかしなことになったが。そこは済まないな。

一応君の体で死亡届等は提出したが、その辺プライバシーに関わることだから、そのあとは君が尽力してくれ。

何、この国は案外優しく出来ている。彼のようなご子息淑女らが何人も出ても、また今までそれが認知されていない状態であっても……問題はないだろう。案外、この国には正義には厳しいが無垢には優しく出来ている。


70dB。

とは言っても色々な被害には被ってしまったな。まず数日ほどアポイントメントを取っていた予約も、クレカとのデートもキャンセル。ジャガーも大破してしまって、クレカを慰めるにも時間がかかってしまった。

だが、無理強いはしないし……そうだな。今後大変なことになるだろう、その時私に頼れるようにツテが必要だろう。踏み倒すのも良いが、私はそれを君の誠意としたい。


──39億円。

あくまでも、私に対する賠償ではなく、君達のご子息に対する償いだ。親であるなら、当たり前だろう?


♢


「……ハルヒコ、機嫌を直せ」

『主任の馬鹿、アホ、乳袋』

「そこまで変な造形ではないだろう。車は治した、君の愛した可愛い可愛い造形だ」

『主任、スワンプマンでも動じなさそう』

「私は私だからな。」

『自己肯定高いのか低いのか分からない……それより』

「ん?」

『言い方アレなんですが……たかだか事故で、どうしたんです?』

「どうもしないよ。ただ少し納得が行かなかったからつついてやった。気が済んだから帰るよ」

『なんか警察の人が来たんですが』

「まあ君に用があるんだろう。適当に言っておいてくれ」

『えぇ……あ、そうだ、それとですね』

「それと?仕事かな?」

『あの国についての偵察、必要だと思うんですがどう思います?』


「ああ、異世界の方か……オススメはしないな、あの国に入るのは、一般人には苦しい」

『個人的に主任が轢いちゃった子を転生してもいいと思ったんですがね』

「……どうして?」

『あの国は、何も考えないでいるなら楽園ですから。主任はお詫びだと言うかと』

「そこまで人でなしに見えるか」

『幸せだとは絶対に言わなさそうですが、ああいう子をそういうやりすぎな力で何とかするでしょうし』

「……それは概ね合ってるが、ともかく今は予定がないな。あの国は、神は二つはいらないだろう」

『そりゃあそうですね』

「そうだろうな、『イデア』は1つしかいらない。絶対の規則に統制された場所に、不用意に送り込むのは無粋だろう

……それに、強力な精神性がなければ、話は別だが」

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