神能件8

周囲は統制されているが規則はない。

狼女は幼馴染から剣を握ったと分かると同時に構えてきた。よく分からないが剣呑な雰囲気、さっきが襲いかかる。よく考えてみれば人を直接で殺したことがないのだ。

それをする覚悟は当然。足元には、先程の死体の血溜まりが靴を濡らす。床にも張り付いて、気持ちが悪い。


俺(……いや、待て……神様は呼ばない……呼ぶものか)

俺(でもここで犬死したらやる意味はない……ズルくても自分が何とか引き分けにするんだ……スキル……スキル……時間停止出来るのか)


狼女が踏み出したその瞬間、周りのものが静止した。


俺「……マジかよ」


その周辺をウロウロと歩きながら、狼女の体を見る。自分が重いと感じていた剣が、自分を見据えるようにして持ち上げている。足も、蹴り出しに余念はない。


俺(本当に、時間って止まるのか……?)


ただこれは本当らしい……これで攻略方法は、これを使って程よく避けてスナミナを削ることだろうか、反則ではあるがこれしかないだろう。


狼女「……」


元の位置から体を変えてから時間を解除する。また動く人の気配、その真横に狼女が突っ切って、急いでその場から離れる。

狼女からしたら、急に買わされたと見ているだろうか。自分を見たまま動かない。


狼女「興味深いな、盟友」


狼女は襲わずに、自分の腕に剣を突き刺した。慣れているのか、痛みに顔を歪めないが、ぼたぼたと流れる血痕が生々しい。


狼女「来らえ」


その技は見たことがある。昨日自分の前にみせた、影の犬だ。

昼の光、その色濃い影から狼が這い出てくる。


俺(あれは)


夜になると尋常じゃなく強いのは分かった。彼女の影に生きていると言うなら、影のみで生きているのだろう。だとしたら次に乗り移る先は


俺「……ファイアートルネード」


それを相手にではなく、自分の周りに囲う。熱いが、生息源が自分の足元で無くなるなら……次に飛びかかるのは自分の位置に最も近い観客の影からになる。


俺「そこだ」


一番近い位置に飛び込んだそれに叩きつける……自分を助けて貰った手前、切る事は出来ない。両刃に触れないようにして、頭に叩いた。質感。そこには獣としての厚みと、キャンッと鳴き声をあげる黒狼の一頭がいる。


悲しそうな狼に気を取られかけて、過ぐに狼女の方に振り返り距離を取る。可哀想だけど、背後を見せてはならない。狼は狼女の足元に戻った。


狼「ウウ……ウウ」

狼女「ありがとう、足場の悪い場所で手伝わせて悪かった」


狼女は撫でて、先程当てた部分から黒モヤを引きずり出す。


狼女「|来<こ>え」


片手に握られたそれを投げる。片手剣のそれにも満たない小さなものだったが、避けきれずに肌を掠める。ピリッとした痛みがあるが……剣が飛んだであろう方法から異変は起きない。


狼女「|来<く>らえ」


突如。傷口がバックリと開かれる。

高熱。そのまま何が起きたか確認しようとしても分からない、片腕に黒いモヤが、腕を取り囲んで離さない。


俺(まずい)


狼女は手加減か、牽制か、それらはゆっくり腕を軋まれる。歯が、牙が、薄い皮膚からもよくわかる。そのまま引きちぎられそうに……そう考えている矢先でも、狼女は体制を立て直す。

その構えは、動かない自分に対してのものだ。必ず殺しにかかる。


俺(一旦体制立て直したい……時だ……時を……)


が……静止しても、変わらない。具体的には彼女ら人の動きは同じように静止しているが、腕にまとわりつくものには変わりはない。いつの間にか、それらは腕だけでなく足元にも及んだ。ファイアートルネードを解除していたのだからそれらが足に巻きついて離れない。


狼女『よく聞け』


狼女の声……か分からないが何かが頭に響く。どんな声か、名状しがたいが確かに狼女は目の前を見据えている。


狼女『オマエ、本当はどこまで使えるか分からないが、概ね検討は着いた。オマエは、周りの奴とは違う』


狼女『そのスキルは……時を停めるやつだろう。いつの間にか、オマエに着いていた血痕が異様に増えていた。私の攻撃を観察するなら、観察は手堅いだろう』

俺(じゃあなんで、この狼は攻撃を続けている?)

狼女『私はオマエを見てこう思った。だが私は時間と空間を司る神は信じられない、であるならオマエのスキルは、この場にいる人間の意識や体内時間を消し飛ばしている。そう考えている』


俺(それはいくらなんでも無茶苦茶過ぎないか……論理が破綻している……大体どうして)

狼女『オマエ、私の腕を見ろ』


狼女の腕を見るが、血痕が絶え間なく流れている。時間を止めるなら、血流そのものも止まるはずだ。


狼女『本当にオマエが時間を司っているなら、それはそれは嬉しいが……だがこれを聞いている時点で望みは薄いだろう』


狼女は時間停止を考慮して計算しているが…その言い方はまるでスキルに神様が宿っていないような言い方だ。


狼女『オマエ、私はな。少し気になっていたんだ、周りのヤツと比べてレベルは同じだが、周りと違うスキルを使い、人肉を嫌い、これを理不尽とした上で、酷く脆い。以前らしくないな、全く別人のようだ』


狼女は気付いていたらしい。成り代わり前のことと、自分が別人だと知っているらしい。


狼女『オマエ、回りを見てみろ』


狼女に従うように周りを見渡す。

周りは、当然身動きは取れていないが、皆が皆俺の方をのみじっと見て、そして視線をそらすことが無い。好奇心も侮蔑も、期待もない、視線のみが自分に注がれている。


狼女『オマエの意思は充分に伝わった。だが、オマエの生きることは、オマエの責任だ』


どこを見ても、誰もが自分を見ている。幼馴染がどうなっているか、見たくない。見ていたら怖くてどうにもならない。


俺(……ステータス)


『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』『Lv25』


誰を見ても、同じ数値同じスキル同じステータスを有している。それらが皆同じ顔をしてこちらを見ている。


狼女『この世界でオマエは生きるか、楽に死ぬかを選べ』


狼女は一体どんな心境でここにいるのか、周りとは違う感情的な目線を目の前で放つ少女は、何を思っているのか。


俺(これは、最終警告かもしれない)


これ以上迷いがあるなら、介錯も辞さないということだろうか。

確かに……一人で生きていくとしたらそう助けたくなるのかもしれない。

だけど


俺「……」


解除。

無表情で自分を見つめていた観客、狼女が前へ踏み込んで心臓を突き刺さんとした。


狼女「……?」

クラスメイトA「……なにあれ?」

クラスメイトB「壊したの?」


一直線に突き刺さんとする彼女の剣身を、自分の拳で叩きつける。それらは粉々に……ついでに自分の剣を腕に突き刺せば、木っ端微塵に砕けた。


俺(……本当、デバックしてくれ)


今朝、あのバグが直っていないことに賭けた。それでも修正出来なかったとしても、心臓に突き刺さっても……それはその時だ。狼女の言う通り、それを使わなければ生きていないほど、脆いのだ。


俺(それでも……それでもだ)


それで自分が引き下がる訳には行かない。帰る場所なんてどこにもなかった自分が、ここで人として何かを味わえた。その高揚は決して嘘ではない。

そしてそれを味わえた狼女を傷つけたくはなかった。


狼女「……」


狼女も予想はしていなかったらしいが、戦闘は一時中断らしい。噛みつかれていたはずの影犬が大人しくなった。

だが周囲は騒がしい。死体一つ増えたことよりも、狼女が劣勢に立っていること、そして剣が破壊されたことが……そこまで重要らしい。


「静かに」


だがそれを黙らせる男の声が、近くに来る。

取り巻きがまた騒ぎ出すが……今度は黄色い声の方が近い。


俺(……ゆう、しゃ)


ゆうしゃとは、勇者だろうか。人だかりが綺麗に分けて、その男の姿が現れる。


勇者「久しぶりだね、俺君」

俺「……ごめん、俺覚えてない」

勇者「ああ、いいんだいいんだ、奇跡を願っただけだ。だが今日は来なかった。きっとより良いことが後に待っているんだろうね」


妙にフレンドリーだが……ここではそう珍しくない。むしろ警戒するべきだと、少し距離を置くようにしたい。


俺「奇跡は今起こった」

勇者「どういうことかな?」

俺「神様が剣を壊したのは、会うまでもないということ……それ以外は起こらない」

勇者「いい考えだね、息を返した君ならではの答えだ」


本来はこのようにして周囲を静かにさせるべきだが、勇者……狼女と対極にいるであろうこの男は好意的に捉えているらしい。


俺(成り代わりを知っているだろうけど……多分親しくしては駄目だ)

俺「だから、俺はそちらを覚えていないし……思い出すことも出来ない。どう言った関係であっても、以前のようには戻らないです……すみません」

勇者「良いや、構わないよ……元より君と話せて良かった」

俺「初めてなんです?」

勇者「僕のこと覚えてないだろうけど……一度君と話をしたかった」


俺(しくじったな……失礼な態度取れば良かったのか……?)


勇者「……ところで、俺君は魔王を覚えているかな」


魔王……幼馴染が言っていた気がするが、それくらいだ。だが常識中の常識であるなら、少し分かるようにした方が良いか。


俺「……覚えては、いないんですが……皆の話を聞く限り悪い敵の王、でしょうか」

勇者「うーん、まあそれでいいや

……単刀直入に聞くとね。俺君と狼女さん、僕とパーティーを組まないかな?」

俺「……えっと、俺と彼女と、ですか」

勇者「久々に覗いて見たけれど、素敵な試合だったよ。

確かに狼女さんは、僕達とはスキルは持っていない、レベルも違うけれど、自分の持っている特性を活かして戦ってる。

君は……皆のように同じスキルを持っても、その活かし方、駆け引きは他にはない」


俺「……俺が出来ることは皆にも出来ます」

勇者「仮にそうであったとしても、僕が驚いたことに変わりはない。そしてその場に出会えたこと……その奇跡を持って、誰にも出来る、なんて事はないんだよ」

俺「……っス」


俺(この人、随分グイグイ来るな……でも周りみたいに神話に左右されてないだけ、もう少し考えても良いけど)


俺(……狼女はどうだろう)


狼女「悪いけれど、私は組めない」

勇者「どうしてかな?」

狼女「私はレベルをこれからも上げるつもりは無い。オマエと行く道の魔物を手を下すほど、こちらに時間はない」


俺(まあそうなるよな……というか、レベルアップの概念、鍛錬ってより魔物を倒せば上がるものなのか)

俺(ん?……まあいいや……ただ、立場として狼女が一方的に悪くなるだろうな。狼女は本当に一人で行けそうだけど、勇者のあの湧きようは、下手に断ると何をするか分からない)


俺「──悪いけれど、俺も降りる。狼女について行くから」

俺「勇者さんは、初めてでも俺達をよく見ているのは分かってる……けれど、狼女の目的は魔王を倒すことじゃない。

俺は、どちらとも大変なのは分かっているけれど、狼女さんの生き方や意味とかを、戦うためだけに終わるのを見たくない」

勇者「目的は狼女さんにしか分からないけれど……君はどうしたい?」


俺「狼女さんを理由にしてしまうけれど……人として彼女を尊敬したいから、狼女さんの後を追いたい」


俺(……)


俺(なんか一字一句思い出すとすごく恥ずかしいな)


勇者「……それじゃ、狼女さんの理由聞いちゃうか」

狼女「私の目的は魔王の討伐じゃない。自分にある力を、家族が遺したものを正しく使うだけだ」

勇者「狼女さんのこと、僕は知らないけど……魔王を討伐することと、君の強い力を正しく使うことは関係はないのかな?」

狼女「勿論、私の力は役立てることが出来る。ただ、私はそれを戦いのみにしたくない」


狼女「オマエ」

俺「……」

狼女「私は時間がない、本当はここの学園から逃げるつもりでもあった……だが、今日オマエと戦ったことで、これも悪くないと思った」

俺「俺は引き分けに持ち込んだだけだよ」

狼女「私は、オマエが思うような万能ではない。オマエには何が見えている」

俺「それでも君はここまで来て、俺をこの場に立たせた。それに君以外の何を見ていると言うんだ」


狼女「オマエ、考えないで言う方が良いぞ。鬱陶しい顔じゃない」

俺(鬱陶しい顔ってなんだ…)

狼女「そういうことでだ、悪いが私はこれと組む」

勇者「なんか僕邪魔っぽかったしね……後狼女さん、人に対する呼び方は変えた方がいいよ」

狼女「ふむ、なんだ」


勇者「俺君、とかさ……きっと喜ぶって」

俺(耳打ちしてるの丸聞こえなんだけど)

狼女「喜ぶかどうかは知らないが、検討はする」

勇者「まあそう言うムードなら、僕が誘うのもお門違いって話だね。ありがとうね、時間取らせてくれて」


俺「あの、勇者さんは他に仲間いるんですか?」

勇者「いるよ、でも人数多い方がきっと充実するし……俺君とは話してみたかったからね」


俺(本当この持ち主何したんだ…)

勇者「……ただ僕は人の恋路を邪魔したくないしね」

狼女「? アレはそういう目で見ていないぞ」

勇者「アレ君じゃなくて俺君でしょ?」


勇者「それじゃ、もうここ出なきゃ……すぐ遠征しなければならないしね」

俺「遠征?」

勇者「魔王を倒すためだからね。長居出来ないし……後輩達の顔を見れてよかった。俺君も元気でいてね、あっ気が変わったらいつでも呼んでね」


勇者が俺の方へ近付いて来る。何をするか分からないが、懐にある剣は抜かないらしい。耳打ちをするように、顔を近づけた。


勇者「……狼女さんのことは、頼んだよ」


何を持って頼んでいるか分からないが……少なくとも、狼女が忌避している意図ではないだろうと、少しだけこの男を理解することは出来た。

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