神能件7

狼女「オマエ、しばらく私の近くにいろ」

俺「どうして」


見れば分かると、狼女は食堂らしい大ホールへ向かった。食堂の内部が見える硝子の向こうには、細長い教会で使われそうな食卓に、いっせいに生徒が並んでいる。狼女はすぐに俺の手首を掴んで、適当に空いている前を見つける。


狼女「今から言うことを、覚えろ。

今日の祈りは昨日と真逆に、そして〆の祈祷は絶対に頭を下げるな」

俺「今日の?」

狼女「ああ、今日のだ。明日も変わる。話は後だ」


食堂に入って間もなく、机の上に朝食が置かれる。まだ原形を留めている人間と……手元に銀のフォークとナイフ。そして配膳する中年女性からパンと少しばかりの野菜を差し出された。


狼女「先生、宜しいでしょうか」


狼女は手を上げ、食堂の最奥に立っている男性に目をやる。男性は……狼女のように耳は生えていない。


先生「良いでしょう、どういたしましたか、狼女さん」

狼女「私の同室は、記憶障害を患っております。彼がいち早く父上と触れ合うためにも、食事の作法を教えても構いませんか」


父上、という単語は出ているが……この雰囲気からすると「創造主」や「神様」で間違いないだろう。神様……たとえ自分の前に出会ったのが、大変に俗な人間であったとしてもそれが真実として見られるとは限らない。


先生「はい、迷える子に導きを、宜しくお願いします」

狼女「ありがとうございます」


にこやかに笑う先生を前に、狼女は一礼する。幼馴染から思ったが、嫌悪感はあるにせよ、適応能力は高いらしい。

そうなると、何度も言われた言葉も納得が行く。お前の進む道はお前の自由だが勝手だ、と……この状況下での生活に、足でまといはストレスなのだろう。


狼女「……まえ、オマエ」

俺「あ、うん、ごめん……よろしく」

狼女「確か、御供体を食べるのに苦労したな……少しでも量で腹は堪えるなら、肋の部分を食うといい」


席を見れば、丁度自分は肋の位置に座っている。


狼女「骨周りは少量だけど、髄液がその分染み出して、彼が駆け巡る精力を宿せる」


そう言いながら、指をフォークとナイフで見立てて、スライスした肉をパンの上に乗せて挟む…そのようなジェスチャーをしていた。

狼少年、とは言うが……彼女はその場の嘘が上手い。嘘と言うよりもそれらしい言葉を並べて溶け込んでいるのだが……一つ一つの言葉だけでは、真意は見えないようになっているのだろう。


無理だった。

いや、行為こそは出来たが上手くやれているのか分からなかった。狼女の横で、狼女と同じペースで口にして、しかしそれは冒涜的でないかどうか──そればかりが気がかりで頭に何一つ余裕はない。食べて、食べて、喰って、苦って。口に。そのザマを「先生」とやらはじっと見ていたのだが、なにかおかしいだろうか。


狼女「あの女も見ていたが、別にそこまで食い意地張らなくても良かった」

俺「……」

狼女「いや、それじゃオマエはよく分からないか。何一つ、オマエはここで間違いはない」


狼女からそう言われるが、掌を口に当てたまま動くことができない。その手で水を出して、飲んで、どうにかして押し止めなければ。そればかりだ。

嘔吐こそはしなかったが、食後に直ぐに水属性スキルを発動してコップに入るものを何杯も飲み込む。


俺「ンえぅ…ッ……っあ”ぅ…」

狼女「飲みすぎると、肺をやられるぞ」


狼女と俺は共同トイレに入っている。特段事情はないが、ただクラスメイトらしい隣の席から、あまり見せつけるなよと冷やかしを食らう程度の、それぐらい許されている行為らしい。


俺(気持ち悪い)


どうしようもなく、嫌悪だ。嫌悪とは、理解をした上での拒絶だ。憎悪とは、理解すらも拒む拒絶だ。昔から悪い癖だ。何かから逃げる前に、自分が理解するまで見ようとする。何も分かってないと、断じられるよりはマシだから。憎悪出来るほど、自分の精神は一人で歩けるものでは無いから。


俺「ぅッ、う゛ぅ……う゛ぇ」


水。水。出来るだけ無が欲しい。なりたい。溺れるように、咳き込むようになっても。


俺(駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ)


ここで息をしてはならない。自分はここで生きた証を残してはならない。何事も平然に呼吸をすることで、何事も平然に見殺しにした事実を認めたくない。部屋に視線を感じる。狼女以外の誰か。誰だ……いや、それは誰でもいい。溺れたい。酸素を殺すようにして自分の全てを水にしたい。


狼女「大丈夫だ。ここまで飲まなくても、オマエの下に下に落ちていく。」


狼女が背中を撫でる。優しい手付きだが、どうしてかそれまで乱れていた息が整う。不思議だ。整うことは人殺しを認めるようなものなのに。


狼女「息を吸え。毒素を吐き出すな、より多くの生を取り込め」

俺「……」


それは俺に息をしろとのたまっているらしい。首を締めている俺に言っているにも関わらず。吐き出すな、と言っている。


俺「……はく」

狼女「吐くな、目は背けるな」

俺「……人殺し」


言って、直ぐに後悔する。それは狼女に向かって言った言葉ではない。そう訂正したいが、口が上手く動かない。


俺「ちがう、俺が、悪い、ごめん」


俺「ご、めん……俺も、同じ」

狼女「……オマエ、共食いが出来ないのか」


一瞬狼女の表情がどこか変わったが、直ぐに体をさすり始める。


狼女「肺に溜まっているな。それらは過度な養分を欲している。オマエにそれを養えるためのモノはあるか?」


口は動かないが首を縦に振る。


狼女「口を開けてくれ」


抑えた手を口から離すと、狼女から触れられる。キスをしている、らしいが、高揚感はない。ただあれだけ落ち着かなかった心が落ち着いている。出会って昨日だが、どこよりも居心地がいい。


狼女「落ち着いたか?」

俺「……ごめん」

狼女「気にするな。昨夜と違って慣れてる」


狼女は気にしないといった表情でこちらを見ている。湧き上がっている感情も特に感じられない。


俺「やっぱもう良いよ、場所さえ覚えればいいから」

狼女「今日だけ、オマエに道案内をする。それに賛同したのは私だ。狼は嘘をつかない」


狼女「だが、その気性はどうにかした方がいい。ボロが出るよりも酷くなる」


俺「ごめん、弱くて」

狼女「?オマエは弱くないぞ」

俺「それは、あれだろう。スキルとか、色々さ」

狼女「武器をより多く持つことが、強いのか?」


狼女は少し考えて、何か閃いたのかまた向き合った。


狼女「例えば、オマエはへなちょこだ」

俺「今もそうだけど」

狼女「足も早くない。剣や弓もそれほど上手くない。そんな時、オマエの目の前に弓が二つある。どうする?」

俺「……上手くないなら、その弓を仲間にあげたり、壊れたら直ぐに使えるようにもう一つ予備として使う」

狼女「弓を二つ同時に使う、と言うのは?」


いきなり何を言い出すのだろう。この狼女は。


俺「……それはないだろ。だって俺は弓の扱いがそこまで上手いわけじゃない」

狼女「そう、だが武器だけ増えれば、他の何かが変われば自分は強くなると考える者がいる。私はそれを弱いと思う」


……それは、強い人間の発想なのだ。

狼女の言うことは間違っていないが、彼女はあの世界で一人で生きるのに対してその適性が高すぎる。無論、その話を言うことにも狼女らしいが、それだけでは理屈が通らない。


俺「話変わるけど、俺はこうして他の人よりスキルを使える意味では、強いと思うよ……俺には使えない力を使う君も」

狼女「確かに、私の力はオマエ達と違う。

だが、強いと思ったことは無い。私はこれを守らなきゃならない、だから私は強くなる必要がある。それだけ」


狼女の考えは単純だ「才能はあるにしても限界がある。それでも高め続けろ」と……はっきり言って、自分には参考にならない。


狼女「オマエが、他と違うことは分かっている。だけどそれは、他と違うスキルがあるからでは無い。ここに居続けてもなお、何かを得るためにいる。」

俺「……」

狼女「オマエは目を離したらすぐ首が飛びそうな程に慣れていない。だが、ここにいて、そして私を助けた。お前はそれに理由があるはずだ。聞くつもりもないが、それだけでオマエが弱くない理由は事足りる。

オマエは、変わりたいんだな?」


何も言えない。答えられるようにできないし、そもそもそれを肯定する度胸はない。昨日だって、助けたのはヤケに過ぎない。あんなに圧迫された日常で、狼女みたいに振る舞えるわけが無い。


狼女「無言は、肯定だ。何も言えないだからこそ、より明確にさせようと強くやろうとする」

俺「……分からないだろ」


狼女の耳がピクッと動く。


俺「……俺は、君みたいに強くはない」

狼女「私は私のすることをするだけ、決して同じになって、それが強さたる所以かは分からんな」


ピクッと耳が動くが、一限目から実技かと呟いて服を脱いでくる。どうやらいつの間にか中に着替えていたらしい。


俺「そういう、鈍さとか」

狼女「痛みに鈍い人間程、生を止めた奴はいない。侮辱だ。オマエは私がそう見えるか?」

俺「……見える」

狼女「そうか」

俺「少なくとも、ちょっと恥ずかしいと思う」

狼女「……学んだぞ。ありがとう」


そう言いながら手を止めようとするが、イライラしていたのかやっぱり薄い運動服を見せた。少し無機質な印象だったが、頑固らしい。


狼女「そう、どこかで私は完全では無いし、私はそれを知るとは限らない。

オマエは、自分が弱いと感じているが、私はそう出ないと感じている。

あの世界は、平等と平和と公平を愛する。だがそれだけでは己が己を見つめてばかりで、何一つ変わることは無い」


これは持論なのだろう。それを示す為に狼女は今も一人かもしれない。


狼女「オマエが変わる要素に、私という他がいれば、それ以上のことは無い。今日だけであっても、たったひと時でも、その時間は戻らないからな」

俺「……」


狼女は、自分を励ましていることはよく分かるが……なんというか……こうして邪推してしまう自分もいる。今は、良くない方向に。


俺「話は変えるけど」

狼女「応、言え」

俺「狼女さんって……繁殖とか、好きなタイプの雄とか、いる?」

狼女「強いて言うなら……毛並みは、白銀。月白の瞳がいい。枯葉と洛陽の物と御婆様から言われたのだ。その色は終わりを始まりに変える、私の番の色だと」


良かった。黒髪と黒目の俺じゃない。俺のはずがない。

ナチュラルにこう言う性格なのだろう。洛陽と落葉、それは必ずいいことを示しているものでは無い。


俺「洛陽と落葉か……不吉だ」

狼女「そうは思わん。生きている限りは終わりを知るべきなのだ」


それでも彼女は誇りを持っている。だからこそ何気なく簡単に出来た人間のようなことを言えるのだ。

……本当に、勘違いしなくてよかった。



落ち着いた頃には実技の授業として体育館に連れて行かれた。これも男女合同らしい。用があると狼女は別れたが、直ぐに幼馴染と合流出来た。

俺は体力的に戻ってないと判断され、準備運動として幼馴染とストレッチを手伝っていた。


俺「男女平等(というか、同一)だろうけど……やっぱり筋肉量とか大丈夫なのか?」

幼馴染「そういう力差はあるけど、男女合同だとスキルとか使って駆け引きしたりするかなー、幻覚スキルで見えないボールを打ったりね」

俺(俺の知ってる球技とは結構違いそう)


とはいえ、それも悪くない。スキルを使えばそれだけルールは増えるだろうが、戦略は増えるのだろう。


俺「……今は、剣術?」

幼馴染「国技だからね……ああ、そう、神話でこのキッカケがあるの。神を信じない荒くれ者が、国一番の剣士に『神を信じたければ、俺に会わせろ』って」

俺「なるほど?じゃあ神様の力を信じ込ませる為に、剣士が神様の加護を借りたりとか」

幼馴染「違うよー、そのまま一思いに荒くれ者の心臓を刺したの」

俺「……」


そうだった。転生前の世界の常識で考えては行けない。ここはこう言う世界だ。


俺「そう、か。そうだな、神様に早く出会えるからな」

幼馴染「そうそう、それで蘇った荒くれ者は神様がいるって分かってくれたってこと」

俺「……信心は剣先に宿るのだろうな……」

幼馴染「そうそれ!勇者パーティーにも、剣を使う人って絶対絶対必要なの」

俺「……」


こうして空気を読むことだけ出来る自分が少し嫌になる。感情豊かな幼馴染が、どんな顔してしまうか……何も知らないはずなのに、少し心がいたくなる。

幼馴染は嬉しそうに、私得意だからねと言い出した。動けないにしろ、そういうのを見てほしさがあるらしい。勇者、などと言っていたが、そういう花形のようなものがあるなら、クラスメイトからもある程度活気が出てくるのか。


俺(……苦しい)


居心地の悪さを感じている。幼馴染はとても優しい、記憶をなくした男に対して、献身的に介抱している……どんな世界や価値観でも、その優しさは覆られない。俺は、この子を意図的に騙している。

この幼馴染は、この国に対して順応しているが、それでも同い歳の昔馴染みを失うのは堪えたんだろう。


俺(まるで死が第二の人生と言わんばかりのこの国でも……)


しかし、少し気になる。

死を喜ぶこの国で、幼馴染はあの日泣いていた。この体の持ち主はどんな事態になって死んでしまって俺が乗り移ったのか──そう考えるや否や、床に丸い何かが落ちた。首だ。


俺「……」


その首は……少年のものだが、安らかな顔をしている。だが跳ねられた物は首だけではないらしい、片側の耳も……恐らく掠ってしまったのだろうか。


俺(いや……まず模造刀、なんだよな)

幼馴染「やっぱりすごいなあ……ここまでとんで来ちゃったよ」


幼馴染の好奇の視線は向こうに注がれている。その先、血塗れた姿の狼女が剣を持って立っていた。その横には、首のない体もある。


俺「……何、あれ」

幼馴染「あっ、俺君忘れてたんだよね。えーと、狼女さんのステータス出せる?」


いつもの調子で急かされて、ともかくステータスを出す。


「狼女 Lv0

HP 100/100

MP 100/100」


俺「……レベル0?」

幼馴染「そう、狼女さんはずっと、転入してきてからこのままなの」


気になってステータスを生首にかざすが、そこには「Lv25 HP 1/100」と記されている。


俺「……待って、ならどうしてレベルの低い狼女さんが勝てるんだ?」

幼馴染「それね、私にも分からないけど、狼女さんのご家族の物だと思うよ」


少しだけ、分からなかったことが解決した。

狼女の持っているスキルは、自分が網羅しているスキルではない。

例えるなら、自分は「あらゆる黒魔術を扱える」立場にある。幼馴染やクラスメイトが鍛錬して得るであろうスキルが、最初から全て備わっている。だが狼女の場合、使用しているのは「東国に伝わる呪術」であって、黒魔術のそれではない。という理屈になるのだろう。


俺(だがどういうことだ?)


それでも、理解出来ない部分が多すぎる。


幼馴染「狼女さんにはね、沢山教えてみたけど、それでも信じてくれなかったんだ。

私は私の神様を信じるって……神様はたった一つだけなのにね……難しいな」


そしてクラスメイト側でも狼女のスキルが存在していると認識している限り、「狼女も神様を信じている」と思わないことも無い。これで、狼女は敬遠されていても、クラスメイトや先生からは「変わった子」とだけ捉えられていることは納得出来る。

そして、狼女はある意味でも信心深い……というより、ここの立場だとほぼ異教徒に等しいだろう。


幼馴染「だから皆で考えたの。狼女さんに神様を会わせれば、きっと信じてくれるって」


だとしたら、この国はそれを許すはずもなく、狼女が指す神様を全て肯定することもないだろう。


俺「それ大丈夫なのか?」

幼馴染「大丈夫って?」

俺「いや、ほら……神様に会うって言っても、結構……ハードじゃん」

幼馴染「大丈夫大丈夫!私達は神の加護があってのレベルなの」

俺「いや、違う……だから……」


突如、狼女の横から首なしの男が動いて、周囲に頭を下げる。

彼らは、拍手と笑みを浮かべているようだが、狼女に、首なしの男に特に賛辞も侮蔑の言葉もない。首なしは、心配するほどでもないのだろう、HPが0ではなく1残っているのだから。


神様の言葉は初めてわかった気がする。あの神は、この国をここまでするつもりは無い。だがこの国を作ったのは間接的にはあの神様で──


俺(……いや)


考えるのはまだ早い。この国がおかしいことは間違っていないが……あの神様は、そうであるなら全ての行動に筋が通らない。


俺「幼馴染ってさ、狼女どう思う?」

幼馴染「取っ付き難いけど……でもすごく良い人だと思うよ」

俺「話したこともないのに?」

幼馴染「だって私達は同じ神様を敬っているなら、きっと狼女さんもいい人だもの」


俺(話が通じ無さすぎる……)


だがここは、神の言う通り愛想をつかしてしまったのだろう。神の仕業か、人の仕業かはともかく。


狼女「いないのか、他に私を殺すのは」

幼馴染「……だから狼女さんと皆もっと仲良くなりたい。私達と狼女さんの違いって、神様はどこにいるかってだけだって思うの。

ほら、俺君だって木の実が甘いか酸っぱいか、分からないことあるでしょ?」


幼馴染「だったら簡単じゃない、その足で確かめればきっと狼女さんも信じてくれるの」


だが、こう考えられる。

もしも論理性一切考慮せず……俺に全てスキルを与えたことを証拠とするなら、神様はこの国を司る象徴である。

それでも、異教徒であり自分の存在を認めない狼女に直接罰を下さない。


俺「……」

狼女「……どうした、オマエ」

俺「幼馴染、武器ある?」

幼馴染「俺君……!」


幼馴染は嬉しそうに武器を取ってくる。その笑顔が辛いが、今言うべきことじゃない。


俺「……」

狼女「言うな、良い。私は考えを許そう。

オマエが何を考えているか構わない」


狼女の表情は変わらない……裏表がないのだろう。

裏切っても、道を違えても構わないは、彼女の本心の言葉で間違いはない。


俺「……俺は、ちゃんと考えてここにいる」

狼女「良い、その言葉なら結構」

俺「いつもやっているのか」


狼女「ああ、親切な生徒達で何よりだ。オマエもそうだろう?」

俺「……」

狼女「気遣うな……私は、今を含めて昨日から楽しかったぞ」

俺「嘘だ」


狼女「本当だ。おしくないと言ったら嘘になるが、久々に人間も悪くない。」


狼女「まあ、言わずもがな、こうなるのも私の使命。敬意を以て私の道にする」

俺「……殺させないと言ったら」


少しだけ、狼女の表情に変化があった。驚き、ただの裏切りや諦めによるものでは無いと……彼女は察したのだろうか。


狼女「勝手にしろ、お前を殺せどお前の意思は覆らないなら」


けれど、そこで手を抜く質でもない。

ここに立っている以上、思想の為に自らここで対峙しなければならない。


狼女「剣の構えは覚えているか?剣先を向ける者の骸を、血肉の重さを覚えているか」

俺「知ってる。それは重い。冷たい。何も戻ってこない」


俺「ただ、ここで何かが変わっても、俺は終わらない」


狼女がそこで初めて笑った。

怒りや侮蔑でもない。殊勝。独狼が、荒野から送る賛辞だ。


狼女「御前、面白い男だな」


これまで淡々とした彼女の声に、一つだけ感情は宿った。初めて、同じ背丈の彼女に、同じ目線に立てたような気がした。

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