神能件13

「話の続きだが、私は人の心を読むことは出来る」「お前、腕が痛むか?」

「……ちょっと動かないだけ」

「無理をするべきではないが、何故黙ったのだ?」

「……軟弱者、と言われそうだから」


ロメはちょっと笑って肩を掴む


「お前の背中は私が守る。私の背中はお前が守ったからな」


何で会う人に対してそんなにフレンドリーなのか。そんなことも見抜かれてしまいそうだ。


「……だけど、お前の名はお前の口から聞きたい」


知ってるくせに。


「私達には生まれ持った名前も、天命を全うするはずであった名を持っている。

お前の名前は一つしかないが、お前が名乗るのを躊躇うということは、

お前の名は天命のそれではない」


そういう神様極振りな考え、よく分からないな。


「だからこそ、私の力は神から与えられたものとして間違えてはならない。

名前もそう、全ては天の定めであるなら、お前が今の生に納得がいかないのなら、

それは天命ではなく己の命に背いたのだ。天命を知るのは、己が命を知ることからだ」

「……ロメは、そういう声を聴いて嫌にならない?」


ロメは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「それを厭うのは、己に背く覚悟すらない奴だけだろう」


まあそうだろうな……そうだろうよ……

しかし狼女の読心術はそこまで完全でもない。強い感情から察するのだろう。


「俺の名前は、もう知ってるだろうけど、トアマだ……だけど、この名前は嫌いだ」

「それは、お前のどころではどんな意味を持つのだ?」

「人を奄う、と書いて、トアマ」

「見たことのない字だな」

「……俺はこの名前が嫌いだよ。

人の上に覆い被さる、人の下に覆われるか、だから」

「覆うって、覆うか?」

「言葉の意味通りだよ。ロメで言う、村長か、あるいは奴隷とか」


神様とか、そう言いかけたが止めた。あまり自分の記憶を掘り返して、ロメに見せたくない。自分の苗字すら忘れてしまったこの名前は嫌いだ。ロメは今の嫌悪感しか見えないだろうか。それだけ伝わってれば良いので、何度も思い返す。


「じゃあ、そうだな」


ロメは狼になる。そのまま狼のままくるくる巻きつくが暖かい。


「暖かいだろう。私は、人を覆うとは良い言葉だと思っている」


まさか包み込んで温かいからと言うのだろうか。


「……買い被りすぎだよ」

「お前の言葉は難しいが、お前と私の関係は商いで足るのか」

「そう思わないのなら、嬉しいけど」

「思わん」

「そう……」


「お前の名前は、いい名前だ。

例え邪教の名であってもだ、お前の高潔は魂からのもので、

それは私であっても侵してはならない」

「……でも俺はこの名前は嫌いだ」

「では、アマトか」

「……」


本当に呼ぶつもりらしいが悪くない。


「アマト、アマト」

「わかってるから、それでいいよ」

「感謝する」


人がいいが……だがこういった迎合はナシロがやるものなんだろう。

ナシロは、どうやったか知らないが、勇者に気にされて、ロメと同室になって、幼馴染もそこそこ恵まれている。殺されたにせよ、それは彼がこの国に規格外の能力があったと考えられる。

ロメと戦って勝ったのは俺だが、その土台は自分ではない。

その土台が自分でないのなら、ここにいる意味はただ生きているだけで、自分は何もなしえていないのではないか。

……なんかこの変な空気から逃れたい


「……ところでロメ、ここで何するの」

「見張りだ」

「見張り?」

「神話、覚えているか?」


神話は覚えている。以下の通りだ。

①この国は神様の慈愛によって加護を受けている

②だがその加護を受けず、強力な呪いを持つ「魔王」が存在する。彼らの属する領地は、人間を醜い化け物に変え二度と戻ってこない。

③勇者は必ず選別され、選ばれし者は神からの寵愛を受ける。

④特典として「善良かつ勤勉な者」「勇者と共に歩むものは、勇者と同じ物を受ける」


というところだが、俺達の立場だとこうだろう。

①この国は神様がステータスとスキルを以て、人間の能力を産まれた時点で管理している。

②ロメの様にそのスキルに属さず、明確に敵対意識を持っている反乱軍のようなものがいる。

③ステータスとスキルから、決められた人間のみを選別する。

④そのもの達に特権を与えて、反乱軍を治める英雄とする。


このぐらいだろうが、あの国の状態やロメを見る限り必ず拒絶する人間だっている。


「ひとつ聞くけど、なんでロメはスキルを使えないの?」

「元々ここは先住民が多くいて、私の他に呪いの類を多く使う奴もいる。だが無理な改宗は良き結果を生まない、と」

「…それ誰が言ったの?」

「先代の勇者。奴の叔父に当たる」


先代だが、ロメが変人と言ったのも、何となく分かる気はしてしまう。


「それで選択意思に委ねられると」

「面倒なお節介は増えたが、アレよりはマシだろうしな」

「……それで、どうしてロメは学園にいるんだ?」

「どうして、とは」

「ロメは狙われる立場にあるなら、ここから逃げた方が」

「……されど天命だ」

「え?」

「故に、天命と言った。私にはやることがある」


ロメの周辺でカサカサ音がなる。暗視のスキルを見たら、森の中を走り回る人間二人がいる。彼らは何かに追われて走っている。オオカミもそれにつられて走り出そうとする。


「私が逃げる前に、彼らを見届けなきゃならない」


亡命だと直感で感じた。


「……しかし、歳若いな」

「ロメ、ここは魔王のエリアで、国境沿いか?」

「いかにも、しかしルートとしてここの道を通ることは少なくない……獣道を通ったか」

(……じゃあ警備の手はどうなっているんだ、彼らはスキルを使えるか)

「知らぬが、ここは夜目がないと厳しい。暗視スキルはあるだろう」

(……)

「どうした?」


暗視スキルを使ったが、気になったことがある。被写体が暗視装置のようにカラーでは無いのだ。緑色でもなく、モノクロだ。仕組みが非常に酷似している。


(……いや、なんでもない……スキルマップ見るとわかるね。ジョブスキルとして限定されてる)

「彼らが有しているのは?」

(異常状態。バインド。暗視。疲労回復。)

「お前はそれを全て使えるか?」

(言うまでもない)

「乗れ」


ロメの背中に乗って付近をウロウロする。ロメの周りに黒いモヤがかかっているが、視覚阻害だろう。


「撹乱しろ、不特定方向に突風を出せ」


指示された通りに突風を出して撹乱する。彼ら数人の気配は、ロメの嗅覚が担当する。


「直進する。今から正面に一人いる。奴は通信機の類を持たず武器を手にしている。スキル所持者だ」


正面。ロメが急激に速度を落とした瞬間に狙いを定めてバインドスキルを放つ。人が倒れる音が聞こえる。


「落としておけ、崖から落ちても死なん」


ロメが体当たりしてそれは転げ落ちる。周囲の気配に気付いたか、こちらに向かってくるものが多い。


「今から前方10m先に幻影を出せ。何でもいい」

「わかった」


幻影を出して──銃声が聞こえる、成功したらしい。


「感謝する」

「……」

「アマト?」

「……大丈夫、今どうなってる?」

「周囲の人間は逃走準備に入っているが、まだいないことは無い。スキル所持者だろう」

「分かった」

「堪えるなら私の背に額をつけろ。そのくらい造作もない」

「大丈夫……バインドの最高ランクは半径10mらしい」

「なら今から方向転換する……今の真後ろに張れ」

「……わかった、ごめん」

「負うな」


自分が恵まれているから良かったが、心臓の早鐘が痛いくらい鳴っている。ナシロのからだでは無い。自分の体が嫌という程覚えている。人の気配が消える、彼らは死んでいないだろうが──そう思わないために俯せた。


「下も見るな」


ロメの言うことに従うと、しばらくすると足が止まる。ロメの目の前には、少年と少女と男一人がいた。


「随分今日は楽になっちまったけど、どうしたよ」

「さて、愛するわが子に似て容赦したのだろう。それより疲れた」

「……ふーん、男連れてくる余裕もあんのか」


男一人から投げられた肉を美味しそうに頬張る。


「私の友だ。それ以外に何か必要か?」

「友、ねえ」


男一人に話しかけられたら面倒そうな香りがして、女の子に目を向ける。女の子は小さな小袋と、森で泥だらけになった姿だ。

その小袋のうち一つは、血溜まりになっているが……民族衣装とは違う髪飾りが、ボロボロも大切に着飾っている。


「可愛い髪飾りだね」

「おかあさんが、付けてくれたの」

「おい……!」


少年、兄らしい男の子が女の子を握りしめて制する。女の子はハッとしてすぐに堪えようとするが、小袋からの血痕が滴った。kその問題の母親は、いないのだろう。


──しかし


「ねえ君、お金ある?」

「え?」

「ここから出る以上、君はこの子を守るためにお金が必要だ。それに伴うお金がなければ、多分捕まってここに返される」

「そんなのは嫌だ!」


だがどう見ても、ここまで歩けていた少年にそこまで余裕があると思えない。


「あんまり意地悪すんじゃねえの、多少は上げてるから」

「この国境の先の、どれくらいで、もしもここの通貨があったとするならどれくらいのレートです?」

「驚いた、そんなことも知らんのか」


男の顔つきが変わったが、教えようとはしない。情報は価値が発生するから払えってことだろうか。


「……君、ここのお金持ってる?」


少年はおずおずと取り出して、紙幣の複製スキルを使う。複製スキルは、ジョブは剣士や文官──武器の種類を増やす為だろう。だが、見た目の紙幣は薄汚い。偽造加工はされていないらしい。


──粗悪だな


材料は木葉だ。はっきりいってそれで成り立つだろう。足元に大量の偽造品を作り出す。


「ここから出る国がどうなるかは分からない。でもここに出る前の口止め料としてきっと役に立つ」


男にはこう言う。


「情報には価値はありますね。貴方の適正価格に倣ってここだけでなく、それ以外の国境も全て埋めつくようにしたって良いですが(要約:多少分かることは話せや)」


複製スキルを使える人間はこの国では文官しかいない。しかし一掃できる人間を考えると、文官ではありえないスキルも持っている。それを察したのか、男は苦笑した。


「偽札は興味無いけど、参ったなあ……まあ良いや、買った。お前何が聞きたい?」

「この国のこと、他国から見た話だと上々です」

「マスター、肉くれ肉」

「……彼女そう言ってるけど?」

「……何が聞きたいです?」

「まあ全部だわ……あとここの肉取りにくいから覚悟してとけよ」


ああ、後とマスターというらしい男は言う。


「ここからチビが行く先はド田舎だ。そのバスは硬貨を天秤みたくして振り分けてる。軽い硬貨にしてやれ」


これはサービスなんだろう。少年少女に向けて硬貨を作り直した。

作り直したところですごく眠気がする。スキルの疲れはないが、ストレスだろうか。ロメがぽふっと受け取った時にはもう起きあがることが出来なかった。


神には、何を聞こう。

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