第2話猫耳

「ふぉっ……!?!?」

ストンと柔らかいものに受け止められ慌てて体を起こすと、柔らかいベッドの上だった。

恐る恐る回りを見回してみると、桜色のカーテンや小さな子供が好きそうなパステルカラーのポップな壁紙、机の上には可愛らしいぬいぐるみが飾ってあるのが目に入る。

子供部屋だろうか…?

私の他に誰もいない、時間帯は夕方らしく窓からは夕日が差し込んでいた。


「……私、転生したんだよね?」


先程までの自称天使とのやり取りを思い出す。

扉を潜る前にとんでもないことを聞いた気がする。


学園物乙女ゲームも一緒に読み込んで、しかも破滅エンドもある悪役令嬢に転生先を設定してしまったとかなんとか……。


嘘でしょ…あの自称天使、ドジっ子か!



私の希望した世界とまるで違う可能性が…それは困る!折角転生して猫をたくさんもふもふ出来る人生を満喫する予定だったのに!

カムバックもふもふライフ!


ぐぎぎと悔しがっていると、部屋の隅に姿見が置いてあるのを見つけた。

今の私は乙女ゲームの悪役令嬢…らしい。昨今私がプレイした乙女ゲームで悪役令嬢なるものが登場した作品は無かった。サポート役とか友情エンドが用意されてる女の子キャラがいたゲームなら何度もプレイしてきたが、悪役令嬢が出てくる系統のものは全くの初見だ。



悪役令嬢って、どんな感じなんだろう?



私は好奇心に負け、姿見のところまで行き自分の姿を映す。

そこには可愛らしいワンピースを着た、黒髪ツインテールの幼女が写っていた。ツインテールの毛先は緩く巻かれていて、目は少しつり目だが悪役っぽい印象は薄い。


なんだ、まだ子供じゃない……。


そう思い、改めて自分の姿を眺めてぎょっとした。

私の頭に黒い毛に覆われた猫耳が生えている。


ね こ み み が 、 は え て い る ! !


顔の横を見てみると人間の耳はない、耳があるべき場所はすべすべとした皮膚があるだけだ。人間の耳の代わりに猫耳がぴょこんと生えている。

じっと猫耳を眺めていると、私の頭にこの世界の記憶らしきものが流れ込んできた。

現世での私の名前、両親、家の事。何故猫耳がはえているのかも記憶に含まれていた。

情報量が多過ぎて整理できず、頭痛に襲われ座り込んでしまう。



暫くの間頭痛に耐えて分かった。

この世界では猫耳の生えた人間――猫科、と

犬耳の生えた人間――犬科、が暮らしているらしい。

そしてこんな獣耳が存在する世界になったのは自称天使が『もふもふパラダイス』と一般世界を元にした学園乙女ゲームを混ぜ混んでしまったせいだと言うこともこの時理解した。



今の私の名前は 伊集院 ハル。

血統書付きの貴族のような、代々お金持ちの家に生まれた長女。

現在10歳。

ちなみに、種類はシャム猫。

お母様は優しくて艶やかな美人。お父様は財閥の会長で忙しくあまり帰ってこれないけれど、お母様と仲が良く万年新婚夫婦である。

もちろん娘の私の事も溺愛してくれている。

そしてハルとしての物心ついてから今までの記憶も、思い出した。いや、植え付けられたといった方が感覚としては近いかもしれない。



残念ながら、自称天使が混ぜ混んでしまった乙女ゲームがどんな内容なのかは不明なままだったが。

分かってるのは私が破滅エンドのある悪役令嬢である事と、ゲームが学園物である事だけ。


仮にゲームスタート時期を学校入学時として、まだ余裕はある。けれど、誰が攻略対象なのかは私が自分で判断して破滅エンドを回避していくしかないだろう。


マジでなんと言う無茶ぶりだよ、自称天使。


「ハルちゃん、居るかしら?」

私が脳内で自称天使にクレームをいれまくっていると、部屋のドアがノックされて声がした。

この声はお母様だ。

私は立ち上がるとドアノブに手をかけてドアを開ける。

「どうなさったの、お母様?」

「あのね、お父様からお話があるんですって。一緒にお父様のところに行きましょう?」

そういってお母様は私の方に手を差し出す。ちなみにお母様の頭にも、もちろん猫耳が生えている。私と同じ黒くて艶やかな猫耳が。


………後で自分の猫耳を触ってみよう、意外ともふもふかもしれない

まだもふもふライフを諦めなくてもいいかもしれない!


そんな淡い期待を抱きながら私は素直に頷くとその手を握り、お母様と二人でお父様の待つリビングへと向かう。

リビングではお父様が誰かに優しい口調で話しかけていた。

相手の姿はお父様の背中で見えない。

けれど猫耳のお陰か聴力は上がっているらしく、声ははっきりと聞き取りやすい。

しかし遠くの物音やドアを隔てた話し声などは聞こえないようだが…。


猫耳がついていても、基本的なことは人間と変わらないかもしれないのね……。



残念ながら手のひらに肉球もない。手も爪も、人間のそれと何ら変わりなかった。私としてはかなり残念だ。



肉球をぷにる計画が早くも頓挫するなんて!!!ギブミー肉球!ギブミーぷにぷに!


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