第4話 転生


驚きなのか固まっているセバスを置いて、冥界に転送魔術で移動する。何か背後でゴチャゴチャと口を動かしていたが、もう自分には聞こえない。

───あぁ、これで無能どもに足を引っ張られる人生は終わりなのだ。なんて素晴らしい事だろう。

魔王は鋭い牙を見せながら、口角を上げ笑みを深めた。



冥界 冥王の城───

大広間に足を踏み入れるとハーデースが慌てて魔王に寄ってくる。バタバタと長ったらしいマントを引きずりながら歩く姿に、魔王は失笑を零した。


「ま、魔王様!申し訳ございません!先程送った手紙の通り特別亜空間は違う世界への入り口だった様で……。あ、危ない為お貸しする事は出来ません!」


自分と目線を合わせる様にジャンプしながら、必死に謝るハーデース。今の魔王の顔が不機嫌を通り越して無表情な事に恐れているのだろう。


「……ハーデースよ」

「は、はい!」

「その特別亜空間に案内するがいい、我が直々に見てやろう」

「お、仰せのままに……」


魔王の顔が無表情から一転、ニコリと見たことのない笑顔になったのに戸惑うハーデース。しかし命令には逆らえず、研究所への道を歩き始める。二人だけの足音が廊下に響き渡っていた。

長い廊下を通り、一番奥の部屋に特別亜空間の機械はあった。機械は扉の形をしており、扉を開けると特別亜空間に繋がっているらしい。目の前にある特別亜空間を見つめながらハーデースに問う。


「つまらぬ事を聞くが、同じものをもう一つ作れるのか?」

「い、いいえ。これは別の機械を研究中に偶然出来てしまった亜空間です。も、もう一つなんてとても作れませ……」

「そうか。なら、もう良い」


その言葉を言い放った瞬間ドサリ、とハーデスは崩れ落ちる様にその場へ倒れ込んでしまった。その後にスースー、と呼吸音が聞こえてくる。どうやら眠っている様だ。


「……すまないな、ハーデス」


そう呟き、魔王は扉の前に立った。扉を開けると無限の闇が広がっている。この先に行ったらもう此方には戻れないだろう、と本能的にボンヤリと察する。しかし魔王は躊躇ちゅうちょ無く、闇に足を踏み入れたのだった。闇からの見えない何かに引き摺られる様に、物が重力によって落下する様に、それは自然とした行為だった。


死ぬならそれでも良い。ただこれ以上この世界地獄には存在したく無いのだ、息をして痛く無いのだ。

ある意味、自殺にも近い願望を持ったまま、魔王はその身を前へ進める。


生きたとしてもあの勇者馬鹿に、寄生される人生しか待っていない。勇者馬鹿に倒され、朽ち果てる未来しか待ち受けていないのだ。だったらここで死ぬ方が、幾分かマシだろう。


魔王は身につけていた絢爛豪華な服装のまま、先の見えない闇渦に身を投げ出した。

そして、バタンと扉が閉る。




────闇。

そう表現するしか無い程、自分の周りは黒一色だった。視界に触れる全てのものが同じ色をしているとは、どこか薄気味悪いものを感じる。辺りを見回すと たった一部分だけ、辺りと同色ではない異端なもの──扉──を見つけた。


「……『魔王砲』」


そう唱えると扉は跡形もなく燃えてしまった。魔術がまだ使えることに感謝しながら、扉の破片を踏みつける。


これで元の世界に戻る手段は皆無になってしまったようだ。自分のしている事は現状からの逃亡。あの勇者の十八番ではないか、とも考えた。

だが不思議と後悔や不安は全くと言っていいほど無いのだ。あんなに不快感を覚えていた行為を自ら犯していると言うのに。


むしろ背負っていた大きな荷物を降ろした様な、心地よい安息感が全身を包む。なるほど、これが『死』なのかもしれないな。


「……まぁ、進んでみるか」


そう決意の独り言を口からもらし、魔王は歩き続けた。頭の中にあるのは、知らない死の世界への興味だけ。前の世界の事など、もう脳内の片隅にもなかった。






───時間の流れがわからない。

周りの全てが闇のため、今が朝か夜かわから無くなっていく。何時間過ぎたのか、何日過ぎたのか、何年過ぎたのか。


ただただ、歩くだけ。


歩く気力も限界に近かった時、遠目にだがポツリと明かりが見えた。その明かりはバラバラに動いたり一つにまとまったりと動きが不規則だ。

考えることもめんどくさくなりボー、と見ていると不意に光が一つに集まり人型になった。久しぶりに見た光に目を眩ましながら その人型をよく見てみると、そこには自分自身が立っていた。

自分によく似た《光》はこちらを向き、ニコリと笑った。自分と同じ顔だけに気持ちが悪い。素直に言って、殴りたいほどに。


「やぁ魔王様。僕の名前は……光?とでも呼んでね?」


自らを光と名乗る人間の様なモノはケラケラと笑いだした。


「それにしてもまさか此処に乗り込んでくるとはねぇ。僕が現れてもあんまり驚かないし……。君って面白いなぁ」

「驚いてない訳ではないが、表情に出す程では無いな」


淡々と話す魔王を面白そうに見る光。


「ふふふ、それでこれからどうするの?生まれ変わってみる?」

「もう疲れた。どうにでもしてくれ」

「ん、わかったよ。……でも君みたいな人がここに来るなんて珍しいね」


クスクス、という笑い声が暗闇に響く。


「……む、何故だ?」


首をかしげる魔王に光はまた、ヘラヘラと笑い出した。初対面だが、話が合わなそうだ と直感で思う。


「だって転生は現状に満足していない人が願うんだ。君みたいになんでも手に入れてる人は、あまりしたがらないよ?」

「……現状に満足?した事が無い」


昔から魔王という身分のため、やれる事など限られていた。基本魔王城の中から出れないし、娯楽も無い。むしろ不自由しか感じた事が無いのだ。

小さい頃に窓の中からチラリと見えた、町で遊んでいる魔物の子供達を見た時、表現出来ないほどの痛みが胸を襲ったのを今でも覚えている。うまく言えないが、複雑な気分になるのだ。


「へぇー。君さ、欲深いね」


光の大きな声で小さい頃のくだらない記憶から我に返った。


「黙れ、お前には関係ないだろう。さっさと転生とやらをしろ」

「むぅ、わかったよ!」


すると遠くの方でボンヤリと光が現れた。


「別の世界へ転生させるけど、僕が出来るのはそこまで。そこの世界での事は、僕はノータッチだからねー」


シュンッ!と音を立てて光が消え、残されたのは自分一人だ。


「……生まれ変わったら、取り敢えず休ませろ」


一番の願いをつぶやき、まばゆい光の中へ社畜魔王は消えていった。





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