第3話 冥界


冥界 冥王の城────



転送した場所は城の大広間らしき場所。先程の神殿とは違い、黒い壁や、赤い絨毯、ガイコツの置物などが置いてある。正直、自分の住処『魔王城』と趣味の悪さでは、良い勝負をしているだろう。窓から見える景色も怨念だらけの墓地の様なところも、そっくりだ。


「───おい冥王!冥王はおるか!!」


魔王が杖で床を突き声を張り上げると、しばらくして少年がドタバタと出てきた。しかし目の前の絨毯に足を引っ掛け、転んでしまう。魔王は特に気にした様子も無く、威風堂々と少年の側に寄った。


「ま、魔王様!??何故冥界に…?」

「相変わらず若いままの様だな。……冥王ハーデスよ」

「す、すいません!ここは運命や時間を司る場所。じゅ、住人は歳をとらないのです」

「そんな事は知っている。貴様、我を馬鹿にしておるのか?あ"あ"?」


冥王ハーデスと呼ばれた五、六歳の少年は

ヒッ!と怯え、涙目になってしまった。ハーデス大きな丸眼鏡に、頭からすっぽりと全身を隠す様に着用しているマントを着ている。さらにいつも涙目の怯えたこの少年こそが、冥界を取り仕切る王ハーデスなのだ。

ハーデスはビクビクと肩を揺らしながら、魔王に弁解をした。


「め、滅相もございません!魔王様は全知全能なるお方。馬鹿にするなどありえません」


大きな目から今にも溢れそうな涙を服の袖で拭うハーデース。


「フン……当たり前だ。改めて冥王よ、亜空間の事について知っている事を全て話せ」

「あ、亜空間ですか?」


驚いた様子のハーデース。大きな瞳を二、三回瞬きさせる。


「サラマンダーから先刻聞いたのでな。何やら特別なものを発見したと」

「は、はい!魔族の皆さんが魔術で作り出す亜空間とはまた別な特別亜空間を先日、発見致しました。

し、しかし……、まだ研究不足で誰も入った事のない恐ろしい空間なので発表は出来ません。……機械ごと破棄しようと思います」

「フム……なら我が貰っても構わぬな?ちょうどセバスに見つからぬ秘密部屋を探していたのだ」


それを聞いたハーデースはポカンとした顔で魔王を見る。


「え?……は、はい。それは構いませんが、ちゃんと安全か研究致しますので、あと二ヶ月程お待ちください」

「む、そんなにかかるのか?」


魔王の綺麗な眉間にシワがより、不機嫌をあらわにする。意外と感情が顔にでるタイプらしい。


「ま、魔王様は我ら魔族にとって必要不可欠、絶対に居なくてはいけないお方です。

あ、安全が保障出来ないのであれば、機械をお貸しできません」


ガタガタと体を震わせながらも、断言するハーデース。確かに子孫もいない為、今自分が死んだら魔族を統率するものがいなくなってしまう。ハーデースは賢明な判断をしたまでだろう 。


「……早く済ませるがいい」

「はっ!あ、ありがとうございます」


漆黒のマントをひるがえし、冥界を後にする。自分がいなくなる瞬間まで、ハーデースは震えていたままだった。


魔王城 王室──────

転送魔術で王室に着くと寝巻きに着替え、ベットに横たわる。時計を見れば起床時間まであと三時間ほどしかなかった。


「……ふぅ、少し遊びすぎてしまったな」


目を閉じればすぐに眠気が襲ってきた。

明日の事務作業の量を思い出し舌打ちをした後、眠気の波に意識を手放した。



明日みょうにち 朝────


ジリリ……


「『魔王砲』」


何個目かわからない目覚まし時計を破壊し、いつもの朝がやってくる。何千万回も体験したいつもの朝だ。なにか夢を見た気がするが、気のせいだろうか?


「……セバス。今日の予定は?」


そんな考えを頭から排除し、セバスを呼んだ。すると転送魔術と共にセバスが瞬く間に現れた。


「今日のご予定は午前中に色々な魔族長との面会、午後に事務作業と魔物界の今後の方針を決めます」

「……煩わしい」

この程度の仕事量は淡々とこなしておりましたよ」


セバスチャンの一言に、魔王は青筋を額に浮かべる。


「……なんだ。我に命令をする気か?偉くなったものだな」

「っつ……!いえ、失礼いたしました。口が過ぎました」


セバスを睨むと、腰を九十度に折り謝罪を聞かされる。しかしその肩が密かに震えているのを見て、無意識のうちに威圧していることに気がついた。自分が思っている以上に、今の言動は嫌だったのだろう。なんとも感情で動く幼子の様ではないか、自分は。


「もう良い。視界から消えろ」

「……はい、ご慈悲に感謝します。それでは失礼致します」


そう言うとセバスは消え、魔王だけが王室に残る。いつも以上に誰もいない朝食が嫌に感じた。


「……あぁ、何万年も慣れないものだな。先代の魔王と比べられるのは」


テキパキと準備をしながら出た、ため息ほどの小さな愚痴は誰にも聞こえず消えていった。






面会は書類の整理をしながら行われる。いわゆる時間の有効活用だ。色々な魔族の願いや要望を聞き、応えられるかどうかを判断しながら手元にある書類にサインをする。


二百人目に客人クレーマー常連の堕天エルフ族の長が面会に来たとの連絡を受けた。心の中で舌打ちをする。またあのくたばり損ないか。


「魔王様、まずはこの書類をご覧ください」


堕天エルフ族の長に進められ、書類に目を通す。ここ数年のモンスター襲撃数のグラフの様で、右肩上がりの様だ。

モンスターでも魔王に従う知恵のあるモンスターと、そうでないモンスターに分けられる。

どうやら従わないモンスターの一部がエルフの村を襲っているらしい。


「……この様にモンスターに襲われてしまっています。なのでどうか魔王域に住ませて頂けませんか?」


魔王域 ────

魔王の城近くの地域で、そこに住むことはモンスターの誇りであり、魔王に重宝されている証拠である……と言う下らない昔からの悪習だ


先代の魔王が堕天エルフ族を住まわせて贅沢三昧をさせていた事から、理由を付けて住みたいのだろう。なんと傲慢で、醜い、ある意味魔物らしい奴なのだろう。

ため息を吐き、イスに深く腰をかける。


「堕天エルフ族の長よ、毎回言っておろう。

今、お前達の住んでいる地域は我々に従わないモンスターの住処が大量にいる地域なのは認めよう。しかし堕天エルフ族の力からしたら問題は無い筈だ。よって却下する」

「そ、そんな!!?どうかご慈悲を!」


堕天エルフ族の長の顔がみるみる青ざめる。

魔王は冷たく軽蔑の目でエルフ達を見た。


「くどい、おさよ。さっさと出て行け。…………っ!」


急にガンガンガンガンと頭痛が襲う。脳みそに電流が走るような鈍痛だ。痛みには強い魔王も気づかれないよう、体に力を込める。拳を握りしめ、頭をやり過ごした。

───こんな時に二日酔いか?

無意識に顔をしかめ、うつむいていた。どうやら昨日のサラマンダーと飲んだ酒がまだ抜けきっていないらしいな。あぁ、仕事に私情を持ち込むとはなんとも情けない……。まるであの馬鹿勇者の様ではないか。


「あ、あんたがいけないんだ」

「……ふむ?」


顔をあげると、村長の後ろにいるエルフ族の青年が声を荒げる。その顔は青白い顔をした村長とは正反対で果実の様に真っ赤だ。激怒しているのが手に取るようにわかる。


「ま、魔王の癖に……な、なんで俺達神聖な堕天エルフ族を救ってくれないんだよぉ!」

「こ、これ!!マロフ!」


村長が必死に止めるも、マロフと呼ばれた青年は叫び続ける。地団駄を踏む姿は物をねだる餓鬼のようだ。不敬罪で断罪するまでもない、ただの雑魚らしい。


「そのくせドラゴンとか上流のモンスター達ばかり贔屓ひいきしやがって!!もっと俺達のことを思いやってくれたぞ!!」


ズキンズキンズキン 頭の痛みは酷くなっていき頭の中に音量調節が壊れてしまったラジオの様な、不快な音が加わって痛みは増すばかりだ。あまりの激痛に無言でいると、横にいたセバスが庇うように異議を唱えた。


「先代の御贔屓ごひいきに甘えていたのはお前達であろう?今の魔王様は御贔屓をして、魔物同士で争いをさせない為、魔王域にどの魔族も住まわせないのだ」

「う、うるさいうるさい!!さっさと魔王域に住まわせろ!」


セバスと青年の堕天エルフが言い争っているが、もうそれどころではない。

この世界の全てが雑音に聞こえてくる。目の前が真っ暗になり、言いようのない不安感と孤独感が襲う。まるで脳みそを鋭い針でほじくり回されている様だ。





「今の魔王より昔の魔王様の方がずっと良かったよ!!!」



────あ、やばい。


ぐしゃり。






頭の奥の方で何かが潰れたのを、どこかぼんやりと感じた。ドンッ!と書斎机を叩く。すると城全体が揺れるかのような振動が魔物達を襲った。

この部屋にいる全ての魔族が凍りつく。

すいませんすいません、と頭を下げている堕天エルフの長。だが魔王の視界には入っていない。


王座から立ち上がり、虚ろな瞳は全く笑っていない、しかし爽やかな笑顔をみせながら

軽く、世間話のように言った



「転生してくる」

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