『魔女』『ヘビ』『蟻』『FOD』『小村』『定食』『機内食』『あとがき』

 店主マスターは一切の音を立てずに、カウンターに新しい皿を置く。


「デザートの『{任意の果物}』です」


 シンプルに皮を剥いて切り分けられた{任意の果物}、その一切れ。


 ラトル・ジョニーは皿からそれを手に取ると、先の割れた長い舌で一嘗めし、徐に果肉へと噛みついた。じゅわり、と果実独特の甘さが広がる。咀嚼する度に果汁が溢れ――と言った所で、誤って丸呑みにしてしまった。ネイティブ・アメリカンの秘術で植え付けられた蛇の因子による、本能的な誤飲だ。


「随分量が少ないが」

「仕入れが少ないのもありますが、如何せん、途中でやる気がなくなったというか、これはここで完結させても、この後に数百文字なり十万文字なり書いても、特にの上では大差ないのでは? と思ってしまったというか」


 テーマは【悪】です、と店主マスターは付け加えた。



 そのままスッと手を伸ばし、カウンターから空いた皿を回収する。


「後は、コースとしてはコーヒーだけですが。どういたしますか?」


 ラトル・ジョニーはテンガロンハットのひさしを箸先で軽く持ち上げると、爬虫類めいた金色の目を光らせた。

 どう、とは、いつもの彼を知る店主マスターだからこその確認だろう。


「追加で幾つか、適当に握ってくれ。コーヒーは最後に頼む」

「承りました」


 いつも通りの注文、いつも通りの対応。ラトル・ジョニーは腰に巻いたガンベルトを緩めた。


 蛇の因子は人の満腹中枢を破壊する。強化ガンマンは人智を超えた能力を持つが、それだけに、植え付けられた獣の因子に基づくデメリットもまた大きい。


 それを知っているだけに、店主マスターの対応もまた早かった。


「上握り一人前、お待ちです」


 そう言って供されたのは、ユタで江戸前寿司Sushiと呼ばれるオーガニック・スナックだった。

 中世から今日こんにちまで残る偉大なファスト・フード江戸前寿司Sushiは、シャリSumeshiさえ炊いておけば具は生でも良いという画期的な料理だ。


「左から『人工ネズミのトロ』、海苔で巻いたのが『蟻の軍艦巻き』、それから『ゾンビのエンガワ』に、『電気ウナギの炙り寿司』です」

「早速いただこう」


 ラトル・ジョニーは蛇の本能に従い、まずはネズミの肉を使った握り寿司を口に運ぶ。

 テーマは【さよならの理由】。料理人ならぬガンマンの身では、そんなテーマ入ってるか? と考えてしまう。店主マスター自身、「帳面と見比べても全く思い出せなかったんですけど、しばらく咀嚼していたら何となくそれらしい部分があったので、多分これです」と言っていたので、全く無関係という訳でもないはずだ。



 次に手に取ったのは、軍艦巻きだ。

 口の中でプチプチと弾ける酸味に、ジョニーはふと思い付いたことを声にした。


「蟻がガンを持つから、ありがじゅう、ということだろうか?」

「それ書いてから気付いたので、無罪ですよ」


 テーマは【そして空を見上げた。】だという。酒場サルーンで上を見上げても、板張りの天井が見えるだけだったが。



 絡みつく蟻と海苔を飲み下し、ゾンビの握りに手を伸ばす。

 ゾンビは北アメリカ大陸に広く分布する霊長類で、ガンマン達の天敵だ。今日こんにちでは電動鋸の普及により単なる害獣に堕ちたが、西部開拓時代では糸鋸で対抗していたのだ。


 火を通していないゾンビは、切り分けても死なない。人が食べてもゾンビになることは無いが、舌や喉奥で踊る感覚には好き嫌いがあるだろう。勿論、生餌を好む蛇の因子を持つラトル・ジョニーには好物だ。


「テーマは【100】です。タイトルと最初の三行で終わらせても良いかな、と思ったんですが、何か申し訳ない気がして寿司にしました」


 申し訳ないって何だ、誰にだ、とラトル・ジョニーは疑問に思ったが、特に気にせず飲み込んだ。



 残った寿司を指して、店主マスターは言った。


「電気何とかの奴は、あれです、テーマは【人ごみ】」

「ふむ……何というか、こう、雑味だけで構成された味がする」

「自分で作っていて何ですが、誰向けなのか全くわからない料理ですね」


 ジョニーはそんな解説を聞き流し、最後の寿司を飲み下す。



「何か汁物が欲しい」

「今日は『中華風味噌スープ』がありますよ。テーマは【食べる】ですね」

「では、それを頼む。あとは適当にお任せで二、三品」


 店主マスターはカウンター奥の寸胴鍋からスープをよそってジョニーの前に置くと、また店の奥に消えた。

 器を持って口に含むと、スープは実話を元に多少話を盛ったフィクションのような、あっさりとした味。


 スープを飲み干して一息ついた所で、店主が戻って来る。手には肉料理の乗った皿を抱えていた。



「どうぞ、『バイソンとターキーをどうにかしたやつ』です」

「ほう」


 それはアメリカ原産の野牛バイソン七面鳥ターキーをどうにかした料理だった。

 箸で摘まんで一口噛み千切ると、野牛バイソン七面鳥ターキーをどうにかした肉汁が溢れ出す。


「確かに、野牛バイソン七面鳥ターキーをどうにかしているな、これは」

「ええ。テーマは【遠くへ】。最初は最低賃金がどうのこうのという冒頭で、クライマックスは天竺へ向けて飛行機が飛び立つような味付けにしようと思っていたんですが、どうも収拾がつかなくなったので結局、最後はどうにかすることにしました」

「成る程な」


 ジョニーは固い肉を噛み千切るのをやめ、そのまま丸呑みすることにした。



 一通りの料理を出し終え、店主マスターは店の奥でコーヒーのドリップを始めた。モルモン教の支配するユタでは、コーヒーは戒律で禁じられているため、表立ってコーヒーを淹れることはできない。店の奥で用意した物を、客も一息に飲む。それが酒場サルーンの習わしだ。


「お待たせしまし、た?」


 店主マスターがコーヒー・カップを持ってカウンターに戻ると、そこには、自分の尾を口に咥えたラトル・ジョニーの姿があった。


「何をしていらっしゃるので?」

「腹が減ったので、自分を食っていた」


 蛇やタコの因子を取り込んだ強化ガンマンにはよくあることだが、彼らは極端な空腹に襲われると、自身の末端を食べてしまう場合があるのだ。


「人間は自身に必要な栄養素を本能的に求める物だ。そして人体に必要な栄養素は、人体を構成する物――つまり、人体に含まれる。強化ガンマンなら特に、自分の因子を取り込んだ自分の肉体こそが最大の御馳走だ」

「はぁ、何だか大変なんですね、強化ガンマンってのは」


 ラトル・ジョニーの言葉に、店主マスターは目を白黒させつつも、どうにか相槌を打った。


「それで、味はどうです」

「荒野の味だな」


 そんなことを言いながら、ラトル・ジョニーは己の尻尾を食べ続ける。

 次第にジョニーの身体は円を描くように丸まってゆき、そのまま輪のような形となった。


 円環の蛇ウロボロス。そうして出来たのが、今日こんにちのフラフープの原型だと言われている。



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サンド・マメクション(短編小説集) ポンデ林 順三郎 @Ponderingrove

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