『ゆうしゃり』『テンプラ』『ヒミズ』『チュール』『犬小屋』『神様』『青色』

「肉料理、『A5和牛と海老とモグラのミックスフライ』です」

「どういう意図でそれらをミックスフライにしてしまったのか知りたい」

「ワンプレートにすれば、食器を洗う手間が省けますので」


 店主マスターが出したのは、今日こんにちのファミレスでは絶対にミックスされない食材をフライにした皿だった。海老に至ってはフライですらなく天麩羅だ。


「牛肉のテーマはファンタジージャンルの【勇者】、海老天のテーマは【私が死んだ理由】、モグラのテーマは青春ジャンルの【ひみつ】です」


 ラトル・ジョニーはひとまず、牛肉のフライから手を付ける。


「なるほどな」


 A5和牛と聞いて身構えたが、実際に食べてみると、ダークファンタジー中編になりそうなネタを、面倒臭いからとぼんやりファンタジー短編にまとめたような味だった。時流に乗っているのか乗っていないのか判らないが、今までの料理の中では食べやすい方ではないだろうか。



 次に海老天へと手を伸ばす。


「ふむ」


 さくり、と崩れる衣の舌触り。

 ラトル・ジョニーはユタで生まれ、ユタで育った生粋のユタッ子なので、和食を食べるのは初めてだ。今日こんにちのようにアメリカで和食が知られるのは、この何もない西部開拓時代から百年以上先、アメリカが飽食の時代を超えてからとなる。明日をも知れぬ西部開拓時代、海を知らないジョニーにとって、海老は虫の一種のようにも思えたが、ポップ系シュルレアリスムと言えばそうなのかも知れない。



 最後に残ったのはモグラのフライだ。


「……んん?」

「それ、作った私もさっき味見で久々に食べてみたんですが、今一意味がわからないでしょう」


 首を傾げたジョニーに、店主マスターも首を傾げて応じた。

 店主マスターはわかりやすいようにモグラと呼んでいるが、実際は日本固有種のヒミズの肉が使われている。ヒミズは火属性、水属性、地属性の三つを兼ね備えた野生動物で、風要素さえあれば四属性マスターにもなれた逸材だ。正に、青春というジャンルと【ひみつ】というテーマを無理やり合わせたような料理だった。



 立て続けに重い物を食べたラトル・ジョニーは、ユタの空気を吸い込むために大きく深呼吸をした。

 その吐き出すタイミングに合わせるようにして、店主マスターは次の皿をカウンターに置く。フルコースの順番としては、肉料理の次はソルベだ。


「どうぞ、『凍らせたチュール』です」


 ごくり、とラトル・ジョニーの喉が鳴った。


 当時のチュールは今日こんにちのそれとは違い猫用のみならず、獣の因子を持った強化ガンマン用のデザートとして食べられることが多かった。ソルトレイクのこの酒場サルーンでも、それは同様だ。

 特に内陸にあるユタでは、魚介類を摂るために、チュールのような加工食品が好まれた。


「タイトルが何かの検索に引っ掛かったのか、ここだけ若干PV数が多いな。テーマは何だ?」

「テーマは全く覚えてませんが、帳面と見比べると、消去法で【真夜中】じゃないかと思います」


 ラトル・ジョニーの鋭い牙の先で、ペースト状のマグロがシャリシャリと音を立てる。舌で融けて鼻へと抜ける生臭い香りは、言われてみれば、喉が渇いた真夜中に見る悪夢のような味がした。




「『ローストドッグ』です」


 薄切りのロースト肉に、生姜チューブを少し絞って、生の大葉を添えた皿。

 ラトル・ジョニーは生姜を箸先で少しつまみ、肉で挟んで、醤油にちょんとつけ、一口に頬張る。濃縮された旨味が口内にじわじわと広がる。ジョニーは普段、ジャガーを相手に戦うことはあっても、コヨーテを見たことは無い。ユタ全域は凶暴なジャガーの縄張りなので、コヨーテが入る隙間は存在しないためだ。


「この歴史というか、時代がかった風味は珍しいが、またテーマが決められていたのか?」

「ええ、【生きる】をテーマにした歴史・時代ジャンルの料理ですね」

「なるほど、だから所々に世紀末感があるのか」

「いえ、それは単に、一行目で元禄云十云年と書いた時点で、何となくやりたくなっただけです」


 ラトル・ジョニーは店主マスターの解説に頷きながら咀嚼し、最後に残った大葉を口に運ぶ。 


「ふうむ」


 どうもこの料理は、肉よりも補足として添えられた大葉がメインのように思えた。

 無言で店主マスターに目線をやると、既に次の料理の準備に取り掛かっており、ジョニーの視線はそのまま流されてしまった。



 フルコースの流れで言えば、次は生野菜だ。


「お次、『神頼みのタンブルウィード』です」


 タンブルウィード。荒野の只中にあるソルトレイクでも育つ移動性の野菜であり、西部開拓時代における貴重なビタミン源だ。土がなくとも育つことから、今日こんにちでは宇宙ステーション内での栽培計画が進められている。

 交通網の未発達な時代において、この酒場サルーンのように州外から食材を仕入れている店は珍しく、開拓者にとって野菜と言えば、多くはこのタンブルウィードのことを指した。


「神頼みの、とは?」

「はい、毎朝、店の前に酒樽を置いて、新鮮な奴が中に飛び込むのを祈るんです。今日のは当たりですね」


 店主マスターの答えにジョニーはなるほど、と納得し、手掴みでタンブルウィードを口に入れた。

 食感としては、労働への憎しみだろうか? そういったものを感じる。店主マスター曰く、テーマは【社畜】だと言うが、タンブルウィードの常通り、フラフラと方向性が乱れ、取っ散らかった味だ。


 もしゃもしゃとヤギのように口を動かすジョニーをそのままに、店主マスターは一度店の奥へと姿を消し、少しして、食べ物とは思えない真っ青な色の料理を持って戻ってきた。




「お待たせしました。『青くて甘いイカ』です」

「青くて甘いイカ」

「はい、『青くて甘いイカ』です。テーマは【青】ですね」


 ジョニーの確認に対し、店主マスターは何でもないことのように復唱した。


 当時、北アメリカ大陸は極地を除き、大半が赤い荒野に覆われていた。そのため、都市部ではこういった合成着色料によるカラーリングを施した料理が好まれた。今日こんにちのアメリカにもその価値観は受け継がれているが、ジョニーにはあまり馴染みのない物だった。


 素手で裂いて口に放り込み、噛み締める。甘酢の味が広がり、唾液が溢れた。


「作った時の記憶はほとんど飛んでいますが、見た所、青という色を本文中に明記せず、逆に埋め込んだ他の色を空気感の青で塗り潰す、というお遊びをしていたんじゃないでしょうか」

「タイトルやサブタイトルは、どう見ても真っ青だが」


 だからこのイカも青いのだろうと考えながら、ラトル・ジョニーは手に着いた着色料に顔を顰めた。

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