5. 噂をすれば

「ぶあっはっはっは!!」


 今、僕の隣で腹を抱えて笑い転げているのは、皆さんご存知の、矢沼彰くんである。


「笑い事じゃない......」

「いやあ、やってくれたなぁ妃梨の奴」

「ほんとにな......」


 昼ごはんの菓子パンを飲み込み、僕は大きくため息をついた。


「教室に居づらいったらありゃしない」

「だから屋上で飯食おうなんて言ったのか。寒がりのお前が、珍しいと思ったんだ」


 そう言ってまたくつくつと笑う矢沼を横目で睨みつける。

 他人事だと思って......。ほんとに大変だったんだぞ。あの後​────




「真琴くん!」

「あー......えっと、皆さん、おはようございます」


 やってしまった。いや、やってくれた。

 妃梨さんに群がっていた肉壁......基「からだのおおきなおとこのこ」達はもちろん、クラス中の人間の目が僕へと注がれている。

 やめてくれ。見るんじゃない。


 最悪だ......。ますます席へ行きづらくなってしまった。どうしてくれるんだ、そう意味を込めてもう一人の当該者を見れば、彼女は目前で手を合わせ、必死に拝んでいた。

「ごめん」とでも言っているようだ。


 謝っても遅いんだよ!!

 よく考えてから言葉を発して欲しい。


「邪魔なんだけど」

「あ、ごめん」


 一人ツッコミを入れていると、後ろから声をかけられた。咄嗟に一歩ずれる。

 後ろから現れたのは女の子だった。すぐに名前が出てこないのは、昨日の自己紹介を僕が聞いていなかったせいである。

 前髪が長く、眼鏡をかけていることもあってか、僕は暗い子だな、と思った。

 まあ、人のことは言えないのだけど。


 しかし、彼女の登場により、張り詰めていた空気が緩んだ。そしてタイミングよく、その後すぐに予鈴がなったので、僕は無事、自席へ着くことができた。


 ......が、ほっとしたのも束の間、だ。僕はその後、休み時間の度に、妃梨さん親衛隊の皆さんに囲まれる事となったのだから。



 ────とまあ、そんなこんなで、いつもは教室で食べる昼飯も、こうして屋上で食べているのである。

 新学期が始まったとはいえ、ここはまだ寒い。

 特に今日は、空全体を厚い雲が覆っている。つまり、3割増くらいで寒いのにだ。

 自分で誘っておきながら、もっといい場所はなかったものかと思う。


「今日に限ってお前は来ないし」

「あら、真琴くんったら、寂しかったのね」

「ああ」


 そう返事をして、すぐ気持ち悪いな、と思った。

 いつもは煩いだけの矢沼の冗談でさえ、ホッとしてしまうのだから、相当、心に疲れがきている。

 かく言う矢沼は、僕のレアなデレに満更でもなさそうだ。

 お前も相当、僕が好きだな。


「それより、身内のあんな話、僕に言ってよかったのか?」

「ああ、別に。お前なら誰かに言うことも無いだろうし。俺以外に友達いないもんな」

「はあ?友達ぐらい......」

「ほぉー。気になるなぁ、真琴くんのお友達」


 あぁ、余計なことを言ってしまった。

 だが矢沼のその顔から察するに、きっと全てお見通しなのだろう。


「なんで知ってるの」

「言っておくが、俺は何も聞いてないぞ。ただの推測。例えば......呼び方とか?昨日は立花さんだった」

「なるほど。察しが良すぎるのも困りものだな」

「褒め言葉として受け取っとくよ。妃梨の事だから、友達になってくれだとか、真正面から言ってきたんだろ」


 これはもう、察しがいいだけではいえないな。エスパーか何かの域に達している。

 僕は溜息をついてから、昨日別れた後のことを話した。


「......それで、別れ際に妃梨さんから『私と友達になってよ』と」

「ふーん」


 なんだその返事は。もっといい相槌の打ち方もあるだろう。教えてやろうか。

 僕が苦い顔をしていると、矢沼が頭の上にあったハテナマークを飛ばしてきた。


「それで、なんで真琴は妃梨"さん"呼びなの」

「カースト底辺の僕には、下の名前で呼ぶのでさえ大量に体力を消耗するのですが?」

「それだけど、お前自分で思ってるよりも、そのカースト?上の方だと思うぞ」


 これだから人気者というやつは。


「有り得ない。もしお前の言う通りなら、親衛隊に睨まれたりしない」

「でも真琴は俺と友達だ」

「それは幼なじみだからだろ。っていうか、どこから出てくるんだ、その自信」

「......友達だと思ってなかったのか?」

「お前恥ずかしい奴だな」

「俺は親友くらいにはなってるかと思ってたんだけどな」


 矢沼は、おかしいなあと首を傾げた。

 確かに、お前は、三角形の頂点付近の人間だ。

 しかし人気者の友達=人気者。その理屈はおかしいだろう。


「まあいいや、相棒よ」


 いつの間にか相棒に昇格したみたいだ。


「カーストはどうでもいいとして、妃梨の再従兄弟である俺と友達なんだ。呼び捨てでいいと思うぞ?」

「妃梨さんだってくん付けだろ」

「あいつはあれがデフォだ」

「僕もこれがデフォだ」

「嘘つけ。矢沼さんなんて聞いたことねぇぞ」


 めんどくさいやつだな。

 僕は大げさにため息をついてみせる。


「昨日初めて話した人を呼び捨てなんて、馴れ馴れしくないか?」

「大丈夫だ。そんなこと気にする奴じゃないし、寧ろ呼び捨てで呼んでほしいと思うぞ」


 なんで分かるんだよ、と僕が言う事を予測したのか、矢沼が「それに」と付け加えた。上がった目線が僕を通り抜ける。

 操り人形が糸を引っ張られたように、運命が必然と回るように、僕は矢沼の目線を追った。


「噂をすれば、だ」


 まじか。

 神は、どうしても僕らを友達にしたいらしい。いや、ここで言う神は、矢沼か。

 これはいつも思う事だが、事ある毎に、こいつの掌の上で転がされているようでムカつく。


「あ!彰くんだ!真琴くんも!」


 僕の平凡を吸収していった声が屋上をふきぬける。

 妃梨さん、僕は矢沼のついでですか......。少しガッカリした。妃梨さんと、恐らく友達であろう女の子がこちらへ向かってくる。


「あれ?あの子って......」


 2人がこちらを向いて、僕は気づいた。妃梨さんと一緒にいる子に、見覚えがあった。それはそう、丁度今朝。


「お、八ツやつぎさんも一緒か」

「八ツ木さん?」

「ああ、八ツ木 紫希しの。妃梨の唯一の友達だな。......って、お前同じクラスだろ?」

「自己紹介聞いてなかった」


 僕は平然と答えた。隣で大きな溜息が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だろう。自己紹介を聞かないのは今に始まった事ではない。

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僕らの恋は、最大級の友情でした。 青葉 一華 @ichikaaoba

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