4. さよなら平凡


「はぁ」


起床して早々、大きな溜息をつく。


家から出たくない。

新学期二日目にしてそう思うとは、昨日の僕は考えもしなかっただろう。


あんな事があった昨日今日で、一体矢沼とどんな顔で会ったらいいのか。そして追い討ちをかけるように、今日は『彼女』も登校するらしいのだ。

その事実にもう一度、僕は嘆息を漏らした。


「行きたくない......」


わざと声に出して呟いてはみるが、「学校へ行きたくない」と言って解決する事ならば、僕はこんなに悩んでいない。

いっその事仮病でも使ってしまおうか。いやいや、新学期早々に体調不良で休んだとなれば、一年......いや、下手すりゃ何十年経ってもいじられる事だろう。

普通に過ごしたい僕にとって、そんなのはごめんだ。目立ず平凡に、をモットーにするならば、行きたくなくとも、学校へは休まず行くのが一番だろう。

そんなこんなを考えているうちに時間は過ぎ、いよいよ僕は覚悟を決めて、制服に着替え始めた。



「初めまして!これから1年間よろしくね!!」


教室のドアを開けると、直ぐに、そんな黄色い声が聞こえてきた。

一つ言っておくと、この黄色い声というのは、僕に向けられたものでは断じてないし、ましてやクラスの可愛い女の子達が発したものでも無い。うちのクラスの、それも今日の場合は特に────


「立花さん!!!!!!」


────僕の隣人、立花妃梨へと向けられた『男子の』声である事は想像するに難くない。


と、ここで一つ問題がある。

男子の黄色い声、まあ多少の聞き苦しさはあるが、それは予想通りなので特に問題はない。今解決すべきなのは如何にして自分の席へ着くか、ということだ。

柔道部を始めとした剣道部、空手部などの武道派から、野球部、ラグビー部といった如何にもな運動部の面々が僕の隣の席に揃い踏みだ。

僕の目が確かであれば、あそこに僕の席はない。机にも椅子にも誰かが腰を掛け、ムッチリとした筋肉に押し潰されている。


あぁ、なんと恐ろしいことか。可哀想な僕の机と椅子。僕には彼らが泣いているように見えた。


教室に入ってまだ一歩目。既に家へ帰りたい。どうするべきかと考えていると、分厚い壁の間から覗かせた大きな瞳と目が合った。やべぇと思った頃には時すでに遅し、


「真琴くん!」


という爽やかな声がクラス中に響き渡った。

さよなら僕の平凡な高校ライフ。

半泣きに苦笑いという何とも惨めな表情で、僕は挨拶を返した。


「あー......えっと、皆さん、おはようございます」




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