3. 妃梨と呼んで

 人間の笑顔がこれほど美しく、そして怖いと思った事があるだろうか。


 たった一瞬、それは自分に向けられたもの。笑顔の主は今はもう光を失った眼前の飛沫しぶきを見つめていた。


「どうかなぁ。君は、死にたいと思う?」


「その時に、なってみないと」


 分からない。それしか言葉が出てこなかった。答えはしたが、彼女が何を言っているのかも、自分が何を考えているのかも、少しも理解出来ていなかった。

 立花さんは、僕の答えに少し驚いた顔をして、そして満足そうに目を細めた。

 その表情に、僕を試していたのだ、そう思った。


「そっか......私もそう思う。いや、そう思ってた......かな」


「え......」


「君はさっき、私に死にたいのかと聞いた。私もずっと自分に問い質してた。"あなたは、死にたいのか"ってね。出た答えは君と同じ。"その時になってみないとわからない"。だからは私は、"その時"になってみたの」


 相変わらず口元は弧を描いていて、表情は先ほどと変わらない。しかし、輝き始めた一番星を見据えるその眼は、先程までのそれとはまるで違っていた。


 戦慄する。彼女は本当に同い年の人間なのか?少なくとも僕の目には、人外の何かにしか見えなかった。神のような、物ノ怪のような、大袈裟かもしれない。しかしそんな雰囲気が確かにあった。


「真琴くん」


 僕の名を呼んだその声は、先程とはうって変わり、張り詰めていた緊張をほどいた。


「私の事は妃梨ゆりって呼んで。それで────」


 後に続いたその言葉に、僕の低能な脳ミソは、考える事を放棄した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る