七朝七夜:暁の丘現象~2~

「それに、良くわからないことが、ある」

「わ、わからないこと?」


 少女の視線に怖気づいたように、少年は声をどもらせて問いかけた。


「さっきの魔物に、要素しか効かないのはどうして?」

「『暁の丘』の周辺は、要素の巡りが不安定になっています。丘の方に要素に影響する何かがあるようで」


 精霊を介さずに要素を操れると言う魔術師である彼は、何かを知っているのだろうか。

 まるで、「これ以上は秘密です」とでも言うように、ファイは口元に人差し指を当てた。


「秘密?」

「ファイさんは何かご存じですか?」

「知りたいです? 何となく推測がついているんじゃないですか、ウォルシャカ国のアーブさんは」

「……っ」


 わざとらしい名前の呼ばれ方をしたアーブは、まるで真実を突かれたように息を飲んだ。


「要素に関係のある事件なんて、だいたい相場が決まっているんですよ」

「前に似たようなこと、あった?」

「全く同じではありませんけどね」

「要素に関する事件には、要素に直接手を出せる妖精や俺たちのような魔術師が、少なからず関わっている可能性が高いです」

「魔術師ってことは、じゃあファイは『暁の丘』に関わっているのか?」

「まさか。関わっていたら今頃こんなところでのんびりと歩いているわけがありませんよ」

「そうすると……」

「妖精……」

「あ、妖精って知ってます?」


 ファイから零れ落ちた意外な単語に、レーメはアーブの顔を見つめた。


「名前だけ。アーブが妖精について調べてるって言ってた」

「え、ええ」

「へえ、なんでまた? そう言えば、アーブさんって吟遊詩人なんですよね」


 魔術師は興味深そうに吟遊詩人を顔を覗き込んだ。


「え、ええ。私は、各地の妖精のお話を調べて詩にするため、旅をしています」

「所作が良いのでどこかの良いところの出に見えるので、失礼ですけど金持ちの道楽か何かで旅をしているのかと思ってましたよ」

「あはは……」


「変態は妖精について詳しい?」

「変態じゃな……いや、なんでもないです。もちろん。魔術師なので当然です」


 レーメの鋭い視線に苦笑しながらも、胸を張ることを忘れないファイであった。


「レーメちゃんたちはどの程度知っていますか?」

「なにも」

「アーブに初めて聞いたんだよな」


 ファイがアーブに視線を投げると、意図をくみ取った彼女は頷いて答えた。


「精霊たちを導いて管理する、世界を循環させる歯車。と」

「ふーん。貴女がそう言う解釈なのは、意外ですね。吟遊詩人は皆ロマンチストかと思っていたのですが」

「オレたち今まで妖精って知らなかったんだけど、この国にもいるのか?」

「ええ。いますよ、この国に」

「……!」


 ファイの何気ない一言に、アーブが目を見開いた。


「じゃあもしかして、妖精に会えれば『暁の丘』のことがわかるんじゃないのか!? となると、先に出会うべきなのは妖精だな!」

「そうなのかな?」


 希望が見えたことでまだ諦めるには早いことに気付かされたティオの表情には、いつの間にか明るさが戻っていた。


「よし! 妖精を目指して早く行こうぜ!!」


 まるで彼は落ち込んでいたことを隠すかのように照れくさそうな表情で先に突っ走って行く。


「どこに居るか分からないのに?」

「あはは。会えるといいですね、彼女に」


 ファイがまるで妖精と出会ったことがあるような口調で呟くと、彼の後に続いた。


「ティオ君の元気が出て良かったですね」

「ん」

「レーメさん、私たちも行きましょう」

「うん」


 サクサクと軽快に大地を踏みしめて、次に辿り着く街、エスタを楽しみに行動を再開する一行。


 先を歩くファイの後姿を見て、レーメは不意に思い出した。


『魔術はそう簡単に使えるものではないんです』ファイは先程の魔物との戦いでそう言っていた。


 しかし、ウェリアでレーメに危機が訪れた時に、ファイは間違いなく何らかの『術』を以って彼女を守ったのだ。


 簡単に使えるものではないのなら、あの時の出来事は何だったのだろうか?


 それとも、魔術は本来簡単に扱えて、先程のファイは何からの理由で魔術を使いたくなかったのだろうか?


 レーメの歩みかけていた足が自然に止まる。

 ファイは一体、何を考えているのだろう?


 様々な矛盾を抱えるファイの存在が不透明に見え、彼女は途端に畏縮してしまった。


 判らない事は≪暁≫の事だけではない。

 共に行動するファイの存在そのものに対しても、彼女は無意識に恐怖感を感じていた。

 けれど今は、恩義がそれを覆い隠している。

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暁の魔女と終焉の勇者【超不定期更新】 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin

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