第33話 アウトドアでは塩釜焼にチャレンジするのもいいですね。
貴史は突然出現したスノードラゴンを見て、よろめきながら刀を抜こうとした。
ヒマリア軍の兵士が魔法で回復させてくれたとはいえ、大量の血を失っているのでフラフラする。
こんな状態で魔物と戦うのは無理だろうか?。フラフラして力が入らない上に、エレファントキングの剣にで串刺しにされた時の痛みを思い出した貴史は、そのまま逃げたくなった。
そのとき、スノードラゴンの眉間にバシッと矢が突き刺さった。
矢を射たのはヤースミーンだ。雪原流は眉間に矢が突き刺さったまま二、三歩よろめいた後あっけなく倒れた。雪原流はまだ成獣にはなっていないが、それでも全長が五メートルを超える大きさだ。
「すごい、一撃であの大きさのスノードラゴンを仕留めるなんて。」
「やはり、エレファントキングを倒す人達は違うな。」
ヒマリア軍の兵士たちが口々に話すなかでヤースミーンは、ヘヘッと得意げな顔をする。
貴史は取り合えず危険が去ったと胸をなでおろした。
タリーは倒れたスノードラゴンに近づくと、翼や背中のうろこをしげしげと眺め始める。
「タリー殿、この竜を何とか我々の食料にできませんか。」
レイナ姫が真顔でタリーに訊ねた。彼女はダンジョンを脱出するまでの食料を心配していたのだ。タリーはうれしそうな顔をして答えた。
「食料にできるのは間違いないですね。ただ、ダンジョン内部には燃料にできるものが少ないから火を通して調理するのが難しいのです。」
タリーはレイナ姫と話しながら刀を抜くとスノードラゴンの胸の辺りに深々と突き刺した。柄の辺りまで刺さった刀を引き抜くと傷口からはどくどくと血が流れ落ちた。タリーは獲物を料理するために血抜きを始めたのだ。
「ヤースミーンの火炎の魔法で火を通せばいいではないか。」
ミッターマイヤーが、壁際の石のような塊に腰かけたままで言った。ミッターマイヤーはエレファントキングの魔法障壁を破るために、魔力を使い果たして疲弊し切っていた。
「でも、私の魔法だと加減ができないから黒焦げになったり、下手をすると燃え尽きてなくなってしまいますよ。それにさっきは使うことができたけれど、もう一度使えるかどうかわからないし。」
ヤースミーンは戸惑い顔で答える。
「何を言うか。ちゃんとエレファントキング相手に加減して使っておったではないか。おぬしはもっと自分の能力に自信を持ったほうが良いのお。」
ヤースミーンは自分の手と杖を交互に眺めている。
その横で、タリーはミッターマイヤーが腰かけている塊に気が付いた。
「ミッターマイヤーさんあなたが腰かけているのは、岩ではなくて岩塩のように見える。そいつを使って塩釜にしたらうまく料理できそうだ。」
「ほお、考えたものじゃの。皆にも手伝わすから取り掛かってくれ。」
ミッターマイヤーは兵士たちにタリーを手伝うように命令した。しかし、その横でヤースミーンが大きな声をだした。
「だめですよ、その塩の塊はこの辺にいるバジリスクに塩の柱にされた冒険者のなれの果てなんです。料理に使ったら共食いになっちゃいますよ。」
そうなのかと貴史は塩の塊の周辺を見回す。確かに朽ち果てた衣服やさびた剣などが散乱している。
「気にするなヤースミーン。塩釜の塩は器に使うだけだ。」
タリーが強引な理屈でヤースミーンを説得しようとし、ミッターマイヤーはうんうんとうなずいている。
ヤースミーンも実はお腹が空いていた。彼女は魔物を食べること自体には抵抗がない。タリーの作る料理が食べられると思うと思わずお腹が鳴った。
「ほ、本当に器に使うだけですね。共食いなんかしたらミスリルの神のお怒りで魔法が使えなくなってしまうかもしれないんですからね。」
ヤースミーンが念を押すのを、タリーとミッターマイヤーはうんうんと聞き流していた。
「タリー様、何をしたらいいですか。」
兵士たちを集めたハンスがタリーに訊ねた。彼らにとってはエレファントキングと互角に戦ったタリーは神のような存在だ。
「そうだな。通路をふさいでいる岩を運んで、内部に一メートル四方ほどの空洞ができるように積み上げてくれ。そいつをかまどに使うから、一方には入り口を開けておくんだ。」
「わかりました。」
兵士たちは一斉に通路の崩落現場から岩を運び始めた。
「さて、俺はこいつの解体にかかろうか。」
タリーは刀を振るって、雪原流の皮をはぎ始めた。
うろこの付いた皮は硬いが、肉と皮の間に刃物を入れれば意外とはぐのは容易だ、タリーは小一時間で皮をはぎ終えていた。
タリーはさらに腹腔を切り開いて内臓を引っ張り出す。
そして、骨からそいだ肉を皮の上にまとめると、内臓や骨から離れたところに引きずっていった。
「ヤースミーン、さっきは魔法の加減ができなくて燃え尽きるかもしれないと言っていただろう。試しにこの内臓や骨をフルパワーの火炎の魔法で燃やし尽くしてくれ。」
ヤースミーンはタリーの意図を悟ると静かに呪文の詠唱を始めた。そして、集中した魔力を一気に解き放った。
ヤースミーンの杖からレーザービームのように火炎がほとばしり、スノードラゴンの内臓と頭や骨は青白い炎に包まれて瞬時に蒸発した。大量に発生した可燃ガスは膨張しながら大空洞の中ほどまで上って爆発的に燃焼した。
火球は大空洞の天井に届くとつぶれて高温の煙となって広がっていく。それまで大空洞の中の空気は淀んでいたが、燃焼に伴って上昇気流が生じ、周囲から突風が吹きこんできた。
「これが、私の魔法なの?。」
ヤースミーンは天井に広がっていく黒煙を眺めながらつぶやいた。傍らではミッターマイヤーが満面の笑みを受かべて彼女を眺めている。
「よし、火力は十分すぎるくらいだ。本番はその十分の一ぐらいのパワーでいいぞ。さて、俺たちは塩釜を仕上げようか。」
タリーは貴史に声をかけながら床の上にある塩の塊を持ち上げた。ヤースミーンの魔法の威力に固まっていた貴史はその声で我に返った。
「塩釜ってどうやって作るんですか。」
「本来は砕いた岩塩に卵白を加えて固めるのだ。」
「でもここには卵なんてありませんよ。」
タリーは、貴史の問いに、床に流れて血だまりになっている雪原流の血を指さした。
「代わりにこれを使う。血液というのは大量にたんぱく質も含んでいるから塩を固めることが可能なはずだ。」
そういいながら、タリーは抱えていた塩の塊を血だまりに投げ込んだ。
スノードラゴンの血を吸って、魔物に塩の柱にされた冒険者のなれの果ての塩が赤く染まっていく。およそ料理とは程遠い光景だが、貴史はタリーに従って塩を運び始めた。
横から見ていたレイナ姫とラインハルトも時折よろめきながら塩を運び時始めた。皆が戦いでぼろぼろの状態だ。
やがて、十分な量の塩が準備できたと判断したタリーは、皮に包んだスノードラゴンの肉から背ロースの塊を切り取ると、どす黒く血を含んだ塩で包み始めた。
赤黒い塩で包んだ大きな肉の塊ができたところで、タリーは兵士たちが積み上げた岩の小山まで運んだ。
兵士たちが積み上げた岩はふもとに洞窟がある岩の小山といったたたずまいだ。タリーはその穴の中にスノードラゴンの背ロース塩釜包みをセットすると、ヤースミーンに告げた。
「準備ができたから、この岩が真っ赤になるまで熱してくれ。」
「そんなに軽く言わないでくださいよ。結構大変なんですから。」
文句を言いながらもヤースミーンは呪文を詠唱して、杖から火炎を放った。
小山のように積みあがられた岩は瞬く間に赤熱していく。
「それで次はどうすればいいんですか。」
「いや、これでおしまいだ。あとは岩の余熱で塩釜の中身に程よく熱が通るのを待つだけだ。」
ヤースミーンはぽかんとした顔で赤く熱せられた岩の小山を見つめた。ヒマリア軍の兵士たちも周囲に集まってくる。十分もたたないうちに辺りには肉の焼けたおいしそうなにおいが立ち込め始めた。
「タリーさんそろそろ食べてもいいのではありませんか。」
ヤースミーンはよだれをたらしそうな顔でタリーに聞いた。タリーもうなずく。
「そうだな、引っ張り出してみよう。」
タリーは肉の塊に結び付けていたひもを掴むと引っ張り出した。黒ずんだ塩に包まれた肉塊からはいい香りが漂ってくる。
「レイナ姫この塩を割ってください。」
タリーがレイナ姫に声をかけるとレイナ姫はヤースミーンを指さした。
「その役は彼女にやってもらおう。」
ヤースミーンは自分を指さしてレイナ姫に目で訪ねた。レイナ姫がうなずくのを見てヤースミーンは杖を持って肉の塊の横に立った。
「それでは僭越ながら私めがオープンいたします。」
ヤースミーンが杖を振り下ろすと塩の塊はパッカンと割れた。そして中からは程よく焼けた肉の塊がおいしそうなにおいとともに顔を出す。
小刀で肉を切って焼け具合を確かめたタリーは、皆に行き渡るように肉を切って分配した。半ば飢えかけていた一同は無言で肉にかじりついた。
一人当たり五百グラムほどあてがわれた肉を半分ほども食べたところで、やっと皆は話す余裕がでてきた。
「焼け具合も塩加減も最高ですね。こんなに柔らかくて味のある肉は初めて食べました。」
レイナ姫の誉め言葉に、タリーは相好を崩す。しかし、その言葉を聞いたヤースミーンは凍り付いた。
「その塩味って、例の塩の味じゃないですか。」
タリーはしまったという顔でヤースミーンを振り返った。ヤースミーンの顔には嫌悪の表情が広がっていく。
「いやあああ。」
大空洞にヤースミーンの悲鳴がこだました。
「大丈夫だよ。ミスリル神だってそれくらいのことで魔力を取り上げたりしないよ。魔法が使えるかちょっと試してみたらどうだ。」
のほほんと取りなそうとするタリーの態度がヤースミーンの癇に障った。
ヤースミーンはやおら杖を取り上げると、杖からチョロチョロと炎がほとばしった。炎はタリーの顔の前に伸びて前髪を焦がした。しかし、パワーセーブされているので火傷をするほどのものではない。
「やめろヤースミーン。俺を実験台にするな。」
「本当だ、魔力は健在のようですね。」
頭を抱えて逃げるタリーをヤースミーンが操る火炎が追いまわしていた。
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