第34話 青空に舞う雪

エレファントキングのダンジョンの最深部に閉じ込められた人々は脱出するために懸命に働いていた。



エレファントキングがいずこへともなく消え去ってからすでに一昼夜に相当する時間が過ぎている。



作業を続けるうちに、それぞれの適性がわかり、体力がある大柄な兵士とタリーが先頭に立って落盤した岩や土砂を切り崩し、残りの者がそれを運び出す体系ができていた。



レイナ姫も兵士に交じっても岩や土砂を運んでいる。ラインハルトは重そうな岩を抱えて運ぶレイナ姫を気遣った。



「姫、休んでください。あなたは土くれや岩などを運ぶ人ではない。」



「何を言うのだラインハルト。早くここから脱出するルートを見つけないと私たちはここでミイラになってしまうのだ。力の限り働くしかない。」



迷い込んできたスノードラゴンを仕留めることができたので当座の食料は確保できたがそれとても一時しのぎにしかならないと皆が感じていた。



レイナ姫が抱えていた岩を土砂の集積場所に置いたとき、壁際で休んでいたミッターマイヤーが声をかけた。



「のう、レイナ姫ちょっと話があるんじゃが。」



「なんだ、ミッターマイヤー。今忙しいんだ。話なら後にしてくれ。」



レイナ姫は邪険にミッターマイヤーの言葉を遮ると、再び土砂を運びに戻る。



ミッターマイヤーはもの言いたげに口を開けるが、仕方なく壁際に戻って腰を下ろした。




壁の辺りには負傷者が横たえられている。貴史もその中に交じっていた。回復魔法で傷がふさがったとはいえ出血多量のために土砂運びなど到底無理だ。



傍らでは、ヤースミーンが焼きあがったスノードラゴンの肉を塩釜から取り出して適当な大きさに切り分けている。



大空洞の奥の方では、地下水が流れ落ちているところもある。彼女とラインハルトが時折水を汲みに行った。ラインハルトは比較的傷が浅かったため、次第に元気を取り戻して、土砂運びに加わった。




ラインハルトが布に包んで運んできた岩と土砂を放り出したとき、ミッターマイヤーが話しかけた。




「ラインハルト殿、ちょっと聞いてくれ。」



「ミッターマイヤーさんはゆっくり休んでくださいよ。魔力を使い果たしたときに無理をすると下手をすれば命に係わるというではありませんか。」



ラインハルトも口ではミッターマイヤーを気遣っているものの、何となく邪魔扱いしている雰囲気だ。



ミッターマイヤーは壁際に戻るとため息をついた。貴史はミッターマイヤーの様子を見て起き上がろうとしたが目の前が暗くなったので再びぱたんと倒れた。




「シマダタカシ。横になったままでいいから、これを食べてください。トンネルを通れるようになったら地上まで歩かなければなりません。」




ヤースミーンが差し出した肉片を貴史は懸命にかみ砕いて飲み込んだ。地上に通じる抜け道は危険な部分は少ないが、狭い通路を不自然な姿勢で登っていかなければならない。体力を回復しないと途中で動けなくなる可能性もある。



その時、先頭で穴を掘っているあたりから叫び声が聞こえた。



「向こう側に抜けたぞ。もう少し土砂をどければ通ることができそうだ。」



トンネルの辺りからどっと歓声が上がった。もうすぐ地上に戻れる。皆がそう思った時だった。



「みんな下がれ、天井の岩がミシミシ音を立てている。今にも崩れそうだ。」



タリーの声だった。奥のほうにいた人々が転がるように出てきたときズズンと重い地響きが大空洞を揺るがした。



皆が言葉を失って立ちすくんでいるところに、ほこりまみれになったタリーが現れた。



「今まで運んでいたのは天井部分の石積みが崩れた石材だった。でも、今のはその上にあった岩石が本格的に落盤したようだ。人の力で掘り進むのは難しいな。」



働きづめだった人々は一気に希望を失った。レイナ姫は膝をついてつぶやいた。



「天は我々を見放したのか。」



そこに、ミッターマイヤーがトコトコと近づいた。



「レイナ姫、わしは魔力が回復してきたみたいでの。ここにいる全員を連れて地上まで瞬間移動魔法で跳べそうな気がするんじゃが。」



レイナ姫はあっけにとられて言った。



「なぜそれを早く言ってくれないのだ。」



「さっきから何度も声をかけたが、聞いてくれなかったのではないか。」



ミッターマイヤーはちょっと意地悪くレイナ姫に絡んだ。だが、レイナ姫は頓着していないようだ。



「今すぐに跳べるというのか。」



勢いよく尋ねるレイナ姫に、ミッターマイヤーがうなずいた。レイナ姫は周囲にいるヒマリア軍の生き残りの兵士たちに声を張り上げた。



「皆聞いてくれ、ミッターマイヤーが地上まで瞬間移動できるだけの魔力を回復したそうだ。このあたりに生存者がいたら可能な限り連れて行ってやりたい。皆で手分けして捜索してくれ。」



レイナ姫の言葉を聞いた兵士たちは再び活気を取り戻すと、大空洞の中へと散っていった。



やがて、負傷者を抱えた兵士達が戻り始めたが、手ぶらで戻る兵士も多い。戦いが激しかったため生存者はあまり残っていないのだ。



その傍らで、タリーはミッターマイヤーを捕まえて頼みごとをしていた。



「ミッターマイヤーさん、外に脱出するときに、あのスノードラゴンも運んでくれませんか。」



ミッターマイヤーは小山のような肉塊となったスノードラゴンを見て嘆息したが、タリーを振り返るとにやりと笑った。



「おぬしの頼みならば聞かねばならんのう。持って帰りたい人や物はこれからわしが描く円の中に運んでくれ。」



ミッターマイヤーは石造りの床に懐から出したチョークで大きな円を描き始めた。そして、円の周りに様々な装飾を付け足していく。




ミッターマイヤーの魔法陣が出来上がるころには、捜索に行った兵士たちも残らず戻って来た。運んでくることができた生存者はわずかだ。



「みんな円の真ん中に寄り集まってくれ、わしが切り取る空間から鼻の先でも出ていたら、その部分だけここに取り残されてしまうからの。」



皆はぎょっとして円の中心に向かって身を寄せ合った。ど真ん中に置かれているスノードラゴンの肉塊に迷惑そうな顔をするものも少なくない。




ミッターマイヤーは呪文を詠唱して、強い気を込めた。貴史は円の外の洞窟の壁が揺らぎ始めるのを見た。そして次の瞬間、周囲は一面に雪が降り積もった野原に変わっていた。



レイナ姫とラインハルト、そして負傷していない兵士たちは歓声を上げて雪の中に飛び出していく。



ヤースミーンも貴史に飛びつく。ふらついていた貴史はヤースミーンと一緒に雪の中に倒れこんだ。



倒れた貴史の上にまたがったヤースミーンは屈託なく笑う。頭上には青い空が広がっていたがどこからか散ってくる雪が二人の上にヒラヒラと舞い落ちていた。

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