第32話 遥かなり地上への道
タリーは刀を下すと瞬きして目をこすった。目の前にいたエレファントキングとその周囲に集結していた魔物、そしてタリーの前に立ちふさがった美女が一緒にかき消すように消えたからだ。
エレファントキングが消える前に何かを頭上に投げ上げたような気がするが、何だかはっきりと見えなかった。
「どうやら命拾いしたようだな。」
タリーはつぶやくと、刀を鞘に納めてパチンと留めた。そして、力が抜けたように座り込む。
「もう少しで倒せたのにって言わないんですね。」
「強がった発言をしても、見ているものには滑稽なだけだよ。シマダタカシは生きているのか。」
「スラチンが傷口をふさいでくれたみたいですが、呼びかけても目を覚まさないんです。」
貴史はヤースミーンが抱えてゆすっても、力なく首が揺れていた。みぞおちの傷からはおびただしい量の血が流れて足元にたまっている。
その時、タリーは自分たちの方に歩いてきた一団に気が付いた。
「ヒマリア軍が生き残っていたのか。」
ヤースミーンも顔を上げた。10人以上の兵士が近寄ってくる。周囲にヒマリア軍兵士の死体がごろごろ転がっているなかで生存者を見るのはなんだかうれしい。
「大丈夫ですか。治療な必要な方がいたら申し出てください。回復魔法をつかえるものもいます。」
一団をひきていた下士官が申し出たので、ヤースミーンは手を上げて貴史を指さした。ヒーラーらしき兵士と他の数名が介護に駆け寄ってくる。タリーは下士官に声をかけた。
「こっちにもう一人いるから来てくれ。」
数メートル離れたところに、頭を割られたラインハルトが倒れていた。
そこにミッターマイヤーに肩を借りて、レイナ姫がよろよろと歩いてきた。
「こ、これはレイナ姫様すぐに治療をさせます。」
慌てて駆け寄ろうとする兵士たちをレイナ姫が手で制した。
「わたしよりもそこに倒れているラインハルトを先に診てくれ。」
レイナ姫は青ざめた顔で兵士たちに告げた。
回復処理を受けたラインハルトはゆっくりと立ち上がったが、彼の上半身は頭から流れた血に染まり凄惨なありさまだ。
「お二人とも大丈夫ですか。」
タリーはレイナ姫とミッターマイヤーを気遣った。
「私はあばらが少し痛むだけだ。ミッターマイヤーも魔力を使い果たして弱っているが、食事をとって休養すれば回復するだろう。エレファントキングはどうなったのだ?。」
タリーは足元に転がっているエレファントキングの鼻を指さして言った。
「かなりの深手を負わせたのですが、最後に配下の魔物と一緒に姿を消しました。」
「形は象の鼻だが獣人のものだけに大きさが小ぶりだな。」
レイナ姫はしゃがみ込むと、切りおとされた鼻をツンツンとつついた。
「タリー殿、その鼻をエレファントキング討伐の証拠の品として持って帰られるがよい。ハインリッヒ王に報告すれば褒賞が得られるはずだ。わたしが証人になってやろう。」
「でも、奴には逃げられてしまったのに。」
タリーが問い返すと、レイナ姫の横にいたミッターマイヤーが自分の口に人差し指を当てて見せた。
「あ奴はいずことも知れぬ虚空に移動していった。きっと我々と再び遭遇することはあるまい。」
「本当ですか。よかったなヤースミーン。」
タリーがヤースミーンを振り返ると、彼女は意識を取り戻した貴史にしがみついていた。
貴史は状況が呑み込めずに目をしばたいている。
「レイナ姫様がゲルハルト王子の救援に来てくださるとは思ってもみませんでした。しかもかような少人数でエレファントキングを圧倒するとは恐れ入ります。」
「ま、まあな、やはり肉親というものは大事だからな。」
下士官のハンスの言葉に、レイナ姫はぎごちなく答えた。
「それで兄上はどこにいる。ボスも倒したことだし、我々は一言挨拶したら、ここに来た抜け道から退散しようと思うのだが。」
「抜け道が道があるのですか。実は私たちは魔物の罠にはめられていたのです。ダンジョンの地下1階が大規模な落盤で潰され、私たちは閉じ込められていたのです。そのうえアンデッドやエレファントキングに攻撃されて全滅するかと思っていたところでした。」
レイナ姫はあきれたように言った。
「そんなことになっていたのか。それでは、兄上も抜け道に案内するから連れてきてくれ。抜け道の入り口はこの大空洞とこの先の広間をつなぐ通路の中間あたりにあるからな。」
それを聞いたハンスは息をのんだ。そして言いにくそうにレイナ姫に告げた。
「実は、ゲルハルト王子をエレファントキングから守るために工作部隊があの扉の向こうで通路を破壊しようとしていたのです。先ほど崩れる音が聞こえたのでおそらく通路は使えないと思いますが。」
「何だと、それでは私たちも外に出られないではないか。」
レイナ姫の大きな声に皆が集まってきた。
「帰る道がないというのか。」
「魔物が使っていたはずの通用口でもないものかな。」
「ミッターマイヤーに瞬間移動魔法を使ってもらおうにも、回復するまでは無理だな。」
皆が口々に話す中で、ヤースミーンが言った。
「魔物の通用口はあるかもしれませんが、巧みに隠されているので専門家がいないと発見できないでしょう。まずは崩された通路を見てみませんか。」
生き残った兵士たちは顔を見合わすと、のろのろと通路に通じる扉に向かい始めた。必死になってエレファントキングを食い止めようとしたことがあだとなってしまったのだ。
大空洞から通路に入る部分の扉を開けると、通路は崩れ落ちた岩石で埋まっていた。ラインハルトは通路の状況を調べると皆に告げた。
「完全に落盤しているわけではなくて天井の岩石が崩落しているだけのようです。岩を取り除けば通行できるようになります。」
しかし、通行可能にするだけでもおびただしい量の岩石を運ばなければならない。
「皆が飢え死にするまでに通れるようになるだろうか。」
兵士たちは陰鬱な表情になっていた。ミッターマイヤーは彼らを元気づけるように言った。
「魔物でも現れたら、皆で倒してこの者に料理してもらうのにのお。」
ミッターマイヤーはタリーを指さしてフォッフォッと笑った。その時皆の背後で地響きのような音が響いた。振り返ってみると、そこには白い竜が出現していた。
「あれは、スノードラゴンですね。雪の降った雪原で狩りをするために、転移を繰り返すといわれています。」
生き物の気配を感じて転移した先が地下空洞だったためか、スノードラゴンはおどろき戸惑っているようだった。
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