第31話 戦いの結末

ヒマリア軍の生き残り部隊は3つ目の象の群れに取り囲まれていた。



その時、大空洞からダンジョンの上層部へ続く通路に通じる扉の向こうからは岩石の崩れる音と地響きが伝わってきた。



ゲルハルト王子を守って後退した部隊が、魔物の追撃を防ぐために通路を破壊したのだ。下士官のハンスは、自分たちがゲルハルト王子が逃げるための時間を稼ぐという当座の務めを果たしたことを知った。



ハンスは生き残っていた兵士たちを呼び集めて、防御隊形を組ませていた。そのおかげでどうにか魔物の攻撃をしのいでいたのだ。



その魔物たちは、急にハンス達の包囲を解くと、走り去っていった。先ほどまで自分たちを殺戮していたエレファントキングは、冒険者とみられる数名のグループと戦っていた。魔物たちはそちらに加勢に行ったようだ。



ハンスは迷った。魔物たちの注意が自分たちからそれた間に身を隠せば助かるかもしれない。しかし、少人数でエレファントキングと渡り合っている人達を助けたいという気もあった。



ここはダンジョンの最深部だった。出口に通じる唯一の通路は今破壊されたところだ。身を隠して逃げおおせたとしても何になる。



ハンスは決断した。



「この中に回復魔法が使える者はいるか。」



二十名足らずになった寄せ集めの兵士の中から二人が手を上げた。ハンスはうなずくと皆に語り掛けた。



「ゲルハルト王子が退去した方面の通路は味方が破壊した。私は魔物と戦っているパーティーの支援に向かうつもりだ。最優先するのは負傷者の救出と回復だ。これは命令ではないから自分の意志で同行するか決めてくれ。」




話し終わるとハンスは抜剣してエレファントキングと冒険者のパーティーが戦っている場へと歩き始めた。

他の兵士たちも一人、二人と後に続き結局全員がハンスに続いた。



その時、ガネーシャは絶叫を上げていた。




「ぐがあああああああ。」



ガネーシャは鼻を切断されたうえに、全身が炎に包まれていた。戦闘中はつねに張り巡らせている堅固な魔法障壁がいつのまにか崩壊していたのだ。



「あの小娘、殺す。」



ローブ姿の女魔導士が放った火炎の魔法はガネーシャの全身を炎で包んだものの、瞬時にガネーシャの体を焼き尽くすほどの威力はなかった。



ガネーシャは体を包んだ炎を振り払うと、怒気を発しながら、魔導士に向かって突進した。



敵のパーティーは明らかに寄せ集めだった。戦士系の3人はすでに行動不能だが、まともなヒーラーすらいない。魔導士二人を切り伏せたら、形勢はガネーシャに有利だ。



ガネーシャは逃げようともしないで先ほど倒した戦士に取りすがっているローブの魔導士に迫った。大剣を振り下ろそうとしたとき、ガネーシャの足元からバシュッという音が聞こえた。




次の瞬間、ガネーシャの額にある第3の目に矢が突き刺さっていた。




ガネーシャはフラフラと体を揺らしながら立ちすくんだ。




抜かっていた。最初に矢を放った人間は二人いたはずだ。ローブの魔導士に気を取られてもう一人の伏兵の存在を失念していたのだ。ガネーシャは刀を取り落とすと、刺さった矢をつかんだまま膝を折った。



傍らの、ヒマリア軍兵士の死体が折り重なっている下から、タリーが起き上がった。



「ヤースミーン、伏兵は勝負を決める最後の瞬間まで姿を現さないものだ。」



ヤースミーンはタリーの言葉にろくに耳を貸さないで倒れた貴史を抱え起こした。スラチンもレイナ姫の回復を途中で放り出して貴史に回復魔法を使っている。



スラチンが発した青白い光が貴史の体を包んだが、頼みの綱のスラチンは、自分の形を維持することができなくなって床に広がってしまった。力を使い果たしたのだ。



「シマダタカシ、死なないでください」



ヤースミーンは懸命に貴史に呼び掛けた。スラチンの回復魔法は胴体を貫かれた貴史の傷をふさいだが、大量に出血した貴史は意識が戻らない。



ヤースミーンはズブリという湿った音を聞いて顔を上げた。エレファントキングは額の目に突き刺さった矢を自分で引き抜いていた。矢じりには眼球が絡まって引き出されている。



エレファントキングの象に似た顔は鼻が失われ、焼けただれた皮膚がめくれ上がっている。しかし残った二つの目から光は失われていなかった、その二つの目はぎょろりと動いて、ヤースミーンとタリーを睨んだ。



タリーは自分のクロスボウをヤースミーンに渡すとすらりと刀を抜いた。



「タリーさん大丈夫ですか。」



「私は戦闘機の操縦だけでなく横須賀アーツと呼ばれる格闘技の訓練を受けていた。シマダタカシよりも使えると思ってくれ。」



タリーは刀を構えるとエレファントキングと対峙した。エレファントキングは既に矢を投げ捨てて大剣を拾っていた。



タリーはエレファントキングと対峙したまま、相手が打ちかかってくるのをじっと待った。敵の動きに呼応してその隙を突くのがタリーの剣だ。



しかし、敵の象もどきの魔物がエレファントキングの周りに集結し始め、大空洞の奥からレッドドラゴンが羽ばたきしながら戻って来るのを見て次第に焦りが募ってきた。



タリーが一歩踏み出そうかと迷っていると目の前に人影が飛び出してきた。



「もうやめて。この人を殺さないで。」



タリーの目の前に、ヒマリア国では珍しい小麦色の肌をした長身の美しい女性が両手を広げて立ちふさがっていた。少し言葉がたどたどしく聞こえるから南方の出身かもしれない。だが彼女は、この人といったように聞こえた。それは言葉が怪しいためか定かでなかった。彼女が庇っているのは象の頭を持つ獣人の魔物だ。



ガネーシャも目の前にチャンドラーが飛び出したので慌てていた。



自分を矢で射た敵が刀を抜いて挑んできたが、そいつの構えには隙が無かった。対峙しているうちに三つ目の象部隊やファイアドラゴンも戻ってきたので、あと一押しすれば敵を殲滅できるのだがチャンドラーが間に入っては無理押しできない。



「チャンドラーそこをどいてくれ。私はそいつを倒さなければならない。」



「だめです。あなたはこれ以上戦ったら死んでしまいます。」



チャンドラーは譲らなかった。



確かにガネーシャは満身創痍だ。だからこそ早く勝負をつけたかったのだ。その時ガネーシャは自分がここで死ぬつもりだったことに気付いた。



数は少ないが自分を慕う人や魔物が寄り添ってくる。そして、最近訪ねてきたハヌマーンを思い出した。奴も自分を気遣って来てくれていたのだ。



ガネーシャはハヌマーンの土産物の翼が懐に入れてあるのを思い出した。



これを使えば自分を慕う者たちを安全な場所に逃がせるかもしれない。しかし、ガネーシャはどこへ飛べばいいのかわからなかった。自分が行きたい場所を思い浮かべることができないのだ。



魔法といえども使う際の規律が存在する。行き先を定めずに瞬間移動の術を使うのは固く禁じられていた。



『かまうものか。』



ガネーシャは思った。



ガネーシャは懐から小さな翼を取り出すと頭上高く投げ上げて念じた。どこでもいい、戦いのない世界に行ければいいと。



そして周囲の魔物やチャンドラーに向けて叫んだ。



「お前たち私のそばに集まれ。」



魔物たちやチャンドラーがガネーシャの近くに寄り添ったとき、周囲の空間が揺らいだ。



そして次の瞬間、その場所には何も存在しなくなっていた。



ガネーシャ達がいた空間に流れ込む空気がぶつかり合う、地響きのような音が大空洞に響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る