第36話

 「兄貴、どうするおつもりで?」

 「……殺すしかあるまい。もはや引き返せない所まで来てしまっている。」


 タイソンが苦虫を噛み潰したような顔で言う。


 「それは……どうにかなりませんか?宣誓させて一からやり直させたりとか。」

 「それではけじめがつかん。俺の息子だからと許されればそれこそ権力の専横だろう。スラムの者達の為にもクロッカスの為にもならん。」

 「えぇ……親が息子を殺す手伝いはちょっと気まずいと言うかなんと言うか……。」

 「……ヴィートにはこんなことに巻き込んでしまって悪いと思っている。だがここを譲る訳にはいかん。君は幹部会まで俺を護衛してくれればいい。その後のことは俺がやろう。」

 「(うーん……力に生じる責任ノブレスオブリージュ って奴なのかなぁ)……わかった。気分がいい訳じゃないけど、クロッカス内部の取り決めに干渉することは出来ないしな。後は任せるよ。」

 「納得してくれたか……この話はここまでにしよう。もう夜も遅い。」

 「はい。俺は明日には幹部会の招集をかけておきます。遅くとも明々後日には開催されるでしょう。」

 「よし、ヴィートすまないがそれまでよろしく頼むぞ。」

 「どっちにしろ、しばらくは身を隠すつもりだったから丁度いいや。任されました。」


 そうしてその日は就寝となった。フローリアンの家に置いてあったベッドは少し埃っぽかったが冒険者として地べたにマントを敷いて寝ることもあるヴィートには柔らかいだけましだった。


 翌日、目を覚ますとフローリアンはもう家を出ていた。タイソンはまだ寝ているようだ。長い間牢に繋がれていたのを急に運動したのだ。疲れていたのだろう。

タイソンを1人にするのもまずいと考えて異次元収納から食料を出し、朝食を作る。冒険者仕込みの荒い料理だが栄養はたっぷりだ。乾燥させた麦と干し肉、少量の野菜を入れた麦粥だ。これでも冒険者飯としては野菜が入っているだけ贅沢な部類に入る。


 勝手に棚に入った食器を使いもそもそと食べているとタイソンが起きだしてきた。


 「おお、朝食か。俺ももらえるかな?」

 「もちろん。味はまぁそこそこだけど。」

 「かまわんよ。どんなものでも地下牢の冷や飯よりはマシさ。……ん、結構いけるじゃないか。」

 「よかった口に合って。今日はどうするんだ?幹部会が開かれるまで予定はないのかい?」

 「ふむ……フローリアンが帰って来てになるが他の幹部連中にも顔を出しておきたいな。」

 「りょーかい。護衛に回るよ。」

 「今の俺の戦力はヴィート、君だけだ。すまないがしばらく頼むぞ。」

 「まぁ今更放り出さないから安心してよ。それじゃ、フローリアンが帰ってくるまでは自由行動だな。」

 「ああ、そうなる。」

 「うーん……魔法の訓練でもするかー。」


 ヴィートは表で魔法の練習をすることにした。目標は覚えた〈炎魔法〉を制御し、昨日見たローランドの白炎球を再現することだ。自領域拡張などで魔力の放出は出来ているものの、あのように対流を繰り返し、乱回転する複雑な魔力の制御はいまだできない。ぶっちゃけると魔力量頼りで魔法をぶつけても大概の魔物には勝てるのだが、ここまで来たからには魔法道を究めんと修行を続けている。


 赤から青、白へと向かう所で魔力が切れる。低魔力症で頭が痛み、凄くだるい。息を整えて瞑想を行う。低魔力状態で瞑想を行うと、疲労や体調不良で集中し辛く、戦場での瞑想の訓練になり一石二鳥だ。しばらく瞑想を続けると、無限の渦と繋がる感覚がやってきて魔力が底から湧いてきた。そうして魔力が回復した所でもう一度白炎球に挑戦する。訓練はこの繰り返しだ。


 この常軌を逸した修行は神代の魔法使いでも出来無い、無理に無理を重ねた修行なのだが、残念な事にそれが異常だと気が付く者はいない。契約精霊であるチャリオットは普段は無限の四つ角で待機しており、魔法的なパスがつながっている間だけ近くに来て力を貸す仕組みで、現在はいない。ヴィートはもちろん魔法の鍛練に対してはずぶの素人だし、ローランドは“神代魔法”には詳しいが、神代魔法の鍛練法には詳しくないのだ。こんなもんか、と軽く考えている。まったく無知というのは恐ろしい。


 神力で作られた白炎球を魔力で再現する、いうなれば軽油でロケットを飛ばすような無謀な行為なのだが、ヴィートの異常な実力がそれを可能にしているのだ。


 白炎球作りが2ケタに達しようとしたとき、フローリアンが帰って来た。クロッカス本部は唐突な幹部会議に拒否感を示したが、幹部たちに根回しをして無理に開催させたようだ。クロッカスでは本部はただの事務所であり、意思決定機関ではない。数人の幹部が声を上げれば幹部会議の開催を押しとどめる権限はないのだ。


 幹部会議は3日後に開催されるらしく、それまでにタイソン復帰を広めなくてはならない。ヴィートはタイソンと共に精力的に幹部たちへ顔をあわせに行った。幹部たちは皆暮らしぶりが貧しい、とまでは行かないがかなり節約しているのが見てとれる。かなり自身を律しているようでそれがクロッカスという組織の結束を強めているように感じた。


 そして3日後の夜が来た。前回とは違い、クロッカスのアジトへ堂々と入る。一度忍び込んでちら見したが特に何も無さそうだったのでスルーした大会議室へと入った。もうすでにある程度の幹部は揃っているようだ。


 タイソンが代表へと復帰したのは周知の事実となっており、一番奥のお誕生日席へごく自然に着いた。その後もしばらくぽつぽつと幹部が入ってきて、最後にデミトリが乱暴にドアを開けた。その表情は焦りに満ちている。タイソンが忽然と姿を消し、その日のうちに緊急の幹部会議だ。嫌な予感がして当然である。憔悴しきったデミトリと泰然と構えるタイソンの目線が交差した。


 「父上……。」

 「お前の野心はスラムを危機にさらす、と言ったな?見事危機を呼び込んだようだぞ。スラムではなくお前にだがな。」

 「一体何を……?」

 「彼こそ俺を牢獄から救い出した、冒険者のヴィートだ。お前が狙っていた“怪力”ヴィートだよ。」

 「お、お前か!!全てお前の仕業かあああ!!!」

 「人の弱みを握ろうとしてたんだからやり返される事ぐらいあるでしょうよ。そんなに怒らんでも。」


 ヴィートに詰め寄ろうとしたデミトリを周囲の護衛が羽交い絞めにした。


 「諸君。事情は聞いている事と思うが、一応説明しよう。そこの男、現在臨時代表になっているデミトリは代表である私、タイソンを拉致監禁して権力を意のままにしようとしていた。我々クロッカスにあるまじき愚かな行いだ。また、代表の立場を利用し、子飼いの戦力を使った非道な行為は許される事ではない。まずは私が代表に復帰した事を宣言し、臨時代表を解任する。次に此度の問題によりクロッカス幹部としての地位をはく奪、調査のため地下牢へ監禁しようと思う。異議のある者は?」

 「……。」


 この場に至ってはデミトリも諦めたようで一切口を挟むことは無かった。


 「よし。連れていけ!」


 護衛によって地下牢へと連れて行かれるデミトリ。その後ろ姿は煤けて見えた。


 「ついては今回の騒動、ここにいるヴィートの助力がなくては解決できなかっただろう。そこで彼に金クロッカス章を授ける。」

 「……ナニソレ?」

 「金クロッカス章とはクロッカスに最も貢献した人物に授けられる勲章でな、それをつけている人間にクロッカスは最大限の便宜を図る。」

 「ほぉーん。それじゃ頂きます。」

 「うむ。つけてやろう。」


 タイソンがヴィートの羽織ったマントの肩口に紫の石が入ったクロッカスの花を模した金細工を付けた。まばらながらに幹部たちが拍手を送る。


 「さて、次に……私は代表の座を降りようと思う。」


 突然の引退宣言に空気が凍った。しばしの静寂の後、おずおずとフローリアンが口を開く。


 「それはやっぱりデミトリの件でしょうか?」

 「ああ、そうだ。私の息子が事をしでかし、組織を揺るがした。責任を取らねばならない。今回の件も元をただせば私が一服盛られたことから始まった事だ。」

 「兄貴じゃねぇなら一体誰に代表が務まるって言うんです。」

 「そのための幹部会議だろう。古参幹部で次期代表選出を取り仕切るように。」


 これ以上言う事は無いと言わんばかりにタイソンが退出しようとする。思わずフローリアンをはじめとした幹部たちがタイソンへ追い縋った。それを意に介さず、ずんずんと外へと向かう。


 「えぇ……もう護衛は終了って事でいいんですかね……?」


 ひとまずこの騒動が終わるまではフローリアンの家で暇を潰そうとクロッカス本部を後にした。数時間後フローリアンだけが帰って来た。


 「おお、帰って来てたか。」

 「そりゃあんなにごたごたしてたら帰るよ。」

 「ははは。すまんかったな。……正直な所俺はなんとなく兄貴が代表辞めるんじゃねえかとは思ってたんだ。」

 「まぁ責任感強そうだしね。」

 「軽く言ってくれるぜ。でもそういう事だ。デミトリがあんなになっちまったのは兄貴の責任感のせいだったんだから。家庭を顧みずスラムの治安の為に東奔西走した結果がこれだ。報われねェよな……。」

 「……殺すしかないって言ってたけど。」

 「デミトリの計画を調査するだろうからしばらくは殺さないだろうが、その後はおそらく……なぁ、ヴィート。デミトリと兄貴は本当の親子じゃないんだ。肉親は兄貴の弟夫婦さ。デミトリが小さい頃は兄貴も代表じゃなくてな。一番勢いがある幹部として体を張ってたんだ。弟夫婦が兄貴を狙った抗争のあおりをくらって死んじまってから兄貴は二度と抗争がおこらないよう仕事に励むようになった。でもそれでデミトリがおざなりになっちまってたんだなぁ……。そしてデミトリを養子として兄貴が引き取ったって訳だ。」

 「言いたくはないけど……起こるべくして起こった事だったんじゃ?」

 「そうだなぁ……抗争撲滅はいいが結局は憎しみに囚われた結果だ。それよりもデミトリに寄り添ってやらにゃならなかったんだろうな。」

 「……タイソンは今?」

 「幹部を説得してた。その後はきっとデミトリの所だろう。そうだ!ヴィート、お前様子を見てきてくれんか?」

 「ど、どうしたの急に。」

 「それでよう、こそっとデミトリを逃がしてやってくれ。頼む!兄貴を逃がしたお前ならできるだろ?」

 「まぁ大概の警備なら行けると思うけど……タイソンが何て言うかな。」

 「いや、俺が説得する!兄貴はもう代表を辞めたんだ、自分の子供を斬ってまで義理立てするこたぁねぇ!」

 「フローリアン……。わかった。保障は出来ないけどとりあえず行ってみるわ。」

 「送り出す俺が言うのもなんだが気を付けてな。そうだ冒険者なら報酬がいるな?」

 「ま、貸しにしとくよ。じゃあ行ってくる。」

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