第35話

 「……さっぱりわからん。」


 一番上の部屋から順番に調べて行ったところ、構成員用の寝室やら宝物庫やらを経て資料室を発見したのだが、前世でも、今世でも簿記などの勉強をしたことは無く、数字ばかりが並んだ書類を前に途方に暮れるのだった。ちなみに宝物庫を物色したかったが、クロッカスを弱体化させるとスラムの治安に影響しそうだったのでなくなく諦めたという経緯がある。


 (確か、隠し会計?裏帳簿?とかいう奴が出たらやばかったんじゃなかったっけ?……いやまて、そういうヤバイ書類が出たところで結局王軍は手を出せない、って事は書類じゃ弱みにならんか?)


 当初の方針が達成できなくなってきてしまい、プランB……いわゆる脳筋ごり押し作戦に移行するかどうか迷ってしまう。とりあえずはまだ調査していない他の部屋を調べてみる事にした。どうしようもなければ実力行使に出ても良いし、影魔法と〈自領域拡張〉で見つかる心配は全くない事で精神的にかなり余裕がある。それ故の選択だった。


 引き続き他の部屋を回っていく。空き部屋や武器庫等を回った末に、数人の男たちが集まって酒盛りをしている部屋に忍び込んだ。


 「はぁー、ったくやってらんねー。」

 「……そう言うな。仕方ないさ。」

 「じゃあお前は納得できんのかよ?」

 「納得できるできないじゃないんだ。仕事だからな。」

 「かぁー!真面目だな。俺は納得できん。臨時代表はどうにも信用ならねえ。」

 「おい、滅多な事言うなよ。」

 「だってそうだろ?そんなに都合よく代表がいなくなるなんてことあるか?」

 「それはそうだが、謀反の意ありと思われると生き辛いぞ。」

 「代表がいたら、こんな仁義にもとるような真似しないで済んだんだ。」

 「しかしなぁ。俺たちなんてクロッカス以外で働けないだろ。」

 「……魔物を倒して、とか?」

 「人と戦う訓練はしてるが魔物相手はまた違うだろ。」

 「だよなぁ……。」


 (臨時代表ね。本来の代表は行方不明か。この辺が狙いどころだな。臨時代表は求心力が高くない。)


 クロッカスではトップを“代表”と呼ぶ。これは元々スラムを守ろうとした自治組織であるためだ。他にも大々的に組織を動かす場合、幹部の合意が必要であったりとクロッカス誕生時から権力の暴走を警戒していることが伺える。


 こっそりと部屋を出て探索を継続した。次に狙うのは怪しい臨時代表だ。ヴィートが目標としていた“弱み”を持っていそうな権力者。今のヴィートにとって鴨といっても過言ではない。先ほど報告がなされていた部屋で魔力の波形を覚えた為、〈自領域拡張〉で追うことが出来る。どうやら地下にいるようだ。


 地下は地下牢となっており、鋼鉄で作られた牢が数室、全て空になっている。


 敵対した組織の構成員を捕まえたりするのだろうか、そんなことを思いながら一番奥の壁へと歩みを進めた。〈自領域拡張〉によればこの奥は隠し部屋になっておりそこに臨時代表がいるようだ。


 『ローランド、頼む。』

 『承知した。』


 ヴィートの身体からローランドが飛び出て〈始まりの火〉を振るう。猛烈に対流を起こしている真っ白な炎の球が空中に現れた。完全に熱気をコントロールしているようで、近くでも熱さは感じない。その白炎球が石壁の足元に触れると音もなく石が蒸発し、貫通した。


 (信じられない火力だな……ワイバーン革の鎧でも耐えられない温度だろう。)


 内心で戦々恐々としながら影に潜り、こぶし大の穴をすり抜け隠し部屋へ侵入した。


 「父上も強情な方だ……。“私を代表にする”そう宣誓していただくだけでいいのです。それで全ては丸く収まるのですよ。」

 「ならん。お前の野心は必ずやスラムを危機にさらすだろう。」

 「しかし、もう私は臨時代表になっていますし、このまま代表不在となると他の組織に漬け込まれるでしょう。早期に代表を選出し、クロッカスを統括することが求められる……違いますか?」

 「急を要す事態であろうとも決して掟は違えてはならん。掟を守るからこそクロッカスが秩序となり、スラムの人間は貧しいながらも生きていけるんだ。」

 「自身に枷をつけてまで弱い人間を守って何になります?スラムを引き渡すことで王国に貴族の地位を約束させています。もはや王国は敵ではないのですよ。」

 「愚かだ……デミトリ。お前は王国を甘く見ている。スラムの非武装が成ったとなればすぐさま戦力を削がれ、飲み込まれる事だろう。その時お前の首がその身体に繋がっているかどうか、見物だな。」

 「……なんとでもおっしゃるがよろしい。とにかく父上が私を代表に据えると宣誓するまではここから出すことはありません。」

 「この牢獄程度生ぬるいわ。何か月、何年でも耐えて見せよう。」

 「……。」


 (とんでもないもんを見てしもうた!)


 ヴィートは影に潜ったまま一部始終をばっちりと目撃してしまった。噂の怪しい臨時代表を追いかけたら、その臨時代表が代表を監禁しており、更には親子の関係だと言うのだ。更にはスラムを売り渡す計画まで進行中ときている。


 しかし、ヴィートにとってはチャンス到来と言える。臨時代表は代表として認められておらず、牢から代表を助け出し、恩を売れば今後クロッカスから狙われることは無いだろう。


 臨時代表の男が隠し部屋から出て行き、だいぶ離れた所でヴィートは姿を現した。


 「何者だ!」

 「あ、どうも。冒険者のヴィートといいます。」


 牢に入れられていた代表の男は大体50歳前後程だろうか。この世界では衛生や栄養に対する知識が乏しいが、反面前世になかった魔力という力の為に身体が丈夫だ。差し引きで平均寿命は75歳前後になっている。それを踏まえるとまだまだ現役とみて良いだろう。


 荒事に慣れているようで体つきががっしりとしている。戦うための筋肉だ。露出した腕や足には数多くの傷がついており、歴戦の猛者であることを物語っている。


 ヴィートのあっさりした返答に毒気を抜かれたようで、代表は居住まいを正した。


 「俺はクロッカスの代表で、タイソンという。君は一体どうやってここに?」

 「まぁ、ご自慢の魔法でちょちょいとね。」


 そう言って影から出入りして見せた。


 「はっはっは!世の中にはまだまだ知らぬ事ばかりだな。冒険者は君の様な実力者ばかりなのか?」

 「うーん、あんまり他の冒険者の事は良く知らないけどなー。」

 「そうか。それはさておき、さっきの話は聞いていたかい?」

 「ああ。大体の事情も察したよ。」

 「話が早い。それではここから出してくれないだろうか?」

 「もちろん。でも条件があるんだ。」

 「俺にできる事なら何でもやろう。」

 「今、臨時代表に戦力として狙われていてね。それを止めて欲しい。」

 「はぁ……面目ない。あれは俺のせがれでデミトリというんだ。小さい頃はもっと可愛げがあったものだが……俺が復帰したら必ず君の平穏を約束しよう。」

 「おっけい!契約成立だ。」


 宵闇を抜き、魔力を込めて鉄格子を断ち切る。


 「鮮やか!お見事だ。」

 「ふふふ。それでこれからどうする?」

 「このまま脱出して幹部の家に厄介になりたい。そして幹部会を開きデミトリを臨時代表から引きずりおろす。できるか?」

 「まあ、なんとかなるっしょ。(最悪おっさんの意識奪って異次元収納に放りこめば影魔法で隠れられるし。)」

 「おお、感謝するぞヴィート。さ、早く行こう。」


 結構な時間牢に閉じ込められていたようだがタイソンの足腰は萎えていないようだ。すっくと立ち上がり牢から出てきた。


 壁に擬態していた隠し扉も、アジトの外へと脱出した。〈自領域拡張〉を使えば見張りのいない時間帯を突く事は容易く、特筆することもなくあっさりと外へ逃げたのだ。


 「ここから先は俺が案内しよう。」

 「りょーかい。」


 タイソンに案内されるがままスラムの闇にまぎれて進む。30分ほど歩いた先の建物の扉をタイソンが叩いた。ノックの音はリズムを刻むように定期的だ。合図になっているのだろう。扉の奥からゴトゴトと慌てるような音が聞こえた後に40代位の男が中から出てきた。


 「兄貴!兄貴ですか!?」

 「はっはっは。相変わらずだなフローリアン。幽霊じゃないぜ。ほら、足もついてる。」

 「おれぁ、てっきりやられちまったもんだと……。」

 「泣くなよフローリアン。心配かけて悪かった。」

 「後ろの坊主は誰ですかい?」

 「ああ、その話もしなきゃな。中に入っても?」

 「もちろん!ささ、入って入って!」


 そうして出てきたおっさん、フローリアンに連れられて中に入る。中は雑然としているが、木がふんだんに使われており温かみを感じさせる。


 フローリアンが温かいワインを出し、身体が温まった所でタイソンが口火を切る。


 「まず彼は冒険者のヴィート。俺の命の恩人だ。」

 「どうも、冒険者のヴィートです。」

 「こりゃ丁寧に。俺はフローリアン。クロッカスの幹部をやってる。」

 「俺が姿を消したのはな、デミトリに薬を盛られたからなんだ。気を付けていたつもりだったが……一杯喰わされたよ。そのまま隠し部屋に監禁、自分を代表にするよう誓約を迫ってきたところをこのヴィートに助けられた、という訳だ。」

 「デミトリが……そうですか……。」

 「フローリアン、お前の信じたくない気持ちもわかる。だが気付いていただろう?あいつが権力にただならぬ執着を見せていたのは。」

 「ええ。だから次代の代表へデミトリを推さなかった。」

 「あのー、口を挟んで悪いんだけどクロッカスの代表って長子相続とかじゃないの?」

 「ああ、ヴィートは知らないだろうな。クロッカスは権力の専横を許さない。それ故、当主である代表の選出は幹部の合意で決められるんだ。決して血筋では決まらんし、決めてはならん。」

 「タイソンの兄貴は、それはもう絶大な人気で代表に就任したんだぜ!」

 「そう持ち上げてくれるな。息子の教育1つまともにできんただのオヤジさ。今はデミトリをどうにかしないとな。」

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