第34話

 「精霊ではない。」


 ヴィートの身体からローランドが飛び出し、ヴィートの肩に止まった


 「ほほ……これはこれは、神と契約していたとは。」

 「私がヴィートの師匠にして契約者である父神だ。よしなに頼む。」

 「父神といえば世界を滅ぼさんとしたあの……。」

 「(やはりその印象が強いか。しかし自身の蒔いた種だ。仕方あるまい。)……もはやそのつもりはない。これからはヴィートと共に力を取り戻し人間を見守っていくつもりだ。」

 「なるほど。いや、正直に言って驚いたぞ。精霊に時以来の驚きだ。」

「精霊になる?」

 「ああ、私は、元々人間だった。御使いによると、力の強い魂を精霊にすることで世界のバランスを取ると言っていたな。」

 「御使いにあった事があるのか!どんなだった?」

 「特別強い魂を持った人間には死ぬ間際に接触しているそうだ。なんというか……世界の維持に苦労してそうだったな。」

 「へぇー。特別強い魂、って元々は何してたのさ。」

 「私の名はチャリオット・ベルナード・ルート。この地に国を拓いた張本人さ。」

 「初代国王の!」

 「そういう事になる。」


 精霊の王と言われても実感が無い為、敬意が湧かなかったヴィートだが、初代国王となると急に緊張して敬意を払い始めた。マントや髪を急いで整えている。


 「ふふふ。少しは驚いたか?まったく、お前ときたら全然驚かないから詰まらなかったぞ。あぁ、そうかしこまるな。もう精霊になった以上は世間の権力とは無縁だ。」

 「は、はぁ。」

 「……さて、あらかた互いの疑問は解けただろうか。あらためて問おう。ヴィートよ。私と契約するか?」

 「精霊と契約したことってないんだけど、対価はどうしたらいいの?」

 「対価は魔物と戦う事だ。冒険者というのは魔物を狩って生活しているのだろ?ならば、お前の払う対価は無しも同然だ。普段の生活を続ければよい。」

 「タダより高いものはなし、って言うけど……わかった。契約しよう。」

 「それでは私チャリオット・ベルナード・ルートはヴィートが死ぬまで共にあり力を貸すことを誓おう。」


 ヴィートの額に契約の印が浮かび上がった。奴隷契約や誓約、精霊との契約など契約魔法には必ず印が浮かび上がるようになっている。とはいえ一時的なものでしばらく光るとそのまま吸い込まれるように消えるのだが。


 「影の精霊って言ってたけど何ができるのさ?」

 「影の精霊の扱う魔法は影魔法。光が無ければ見えず、闇に溶けるが闇にあらず。人を惑わし、境界をぼかす力がある。……と言ってもすぐには理解できまい?」

 「ああ、よくわからないな。」

 「少し模擬戦をやろうじゃないか。」

 「……意外と脳筋?」

 「ふふふ。そう言うな。来客は稀だからな。退屈なのさ。」

 「しょーがねーなー。」


 ヴィートは木剣を取り出し、正眼に構えた。相手が全くの未知であり、どのような武器を使うかもわからない状態のため、対応力に優れた構えを選択したのだ。ほとんど無意識でその選択を行えるあたり、ヴィートもかなり闘い慣れてきているといえるだろう。


 「それでは、参る!」


 チャリオットが手から黒い棒を出現させ、構えた。刃はどこにもついていない、杖の様な武器だ。その構えは堂に入っており、一朝一夕で身に付いたものじゃ無い事を物語っている。


 迷いなく振り下ろされた杖を紙一重で躱す。躱したヴィートを足払いで攻め立てるチャリオット。ローブを着ているというのにその動きは鮮やかで鋭い。そのまま数合打ち合ったヴィートは疑問を率直にぶつけてみた。


 「確か建国の際には剣で戦った、って聞いてるけど?」

 「ああ、神に授かった武器は剣だったから剣を使ったが、私は本来、杖使いよ!」

 「左様で……。」


 テンションの高いチャリオットに少々辟易しながら返事をする。


 「それではヴィートよ。ここからが影の精霊の本領発揮だ。とくと見るがいい!」


 打ち込んできたチャリオットの黒杖を受け流そうと木剣を合わせに行った瞬間、その黒杖がた。分身するかのように3つから6つの間を往ったり来たりしている。衝突する点を見定めることが出来ず、数歩後ずさる。


 「今のが!?」

 「まだまだぁ!」


 隙を見せたヴィートに打ちかかるチャリオット、とはいえ圧倒的なステータスのヴィートはそれに対応した、かに見えた。

 黒杖が当たるその時、一瞬でチャリオットがヴィートの真後ろに移動したのだ。気が付けばヴィートは首元に黒杖を当てられていた。


 「……降参だ。種明かししてくれ。」

 「もう降参か。お前はまだまだ本気を出していないようだが……まぁこれ以上やると模擬戦で終わらなくなるか。まず、黒杖のブレ、これは境界をぼかし、誤認させる力によるものだ。次に、最後の移動だが、影魔法を用いれば影の中を移動できる。インパクトの瞬間影に潜り、隙をついて背後から出現する。一瞬消えるため敵は視認できないのだ。もちろん魔力をもっと込めればいくらでも潜っていることが可能だ。」

 「それは凄い!」

 「これでもほんの一部なのだぞ。精神に作用して記憶をぼかしたり、酩酊させたり、相手を影に引きずり込んで行動不能にしたりと色々な使い方がある。影魔法の基本は境界をぼかし、人を惑わす。覚えておくがいい。」


 ヴィートはしばらく考え事をしていた様子だったが、心を決めたようでチャリオットを見つめて言った。


 「……契約してもらったばっかりでなんなんだけど、一仕事してもらおうかな。」


 翌日の夜、ヴィートはスラムの一角に潜んでいた。例の組織“クロッカス”のアジト前だ。


 『しかし、契約してすぐにアジトを急襲とは思い切った事をするな。』

 『影魔法の説明を聞いて、これだ!って思ってね。』


 そう、前日チャリオットと契約した際に思いついた事とは頭を悩ませるクロッカス問題にピリオドを打つことだった。影魔法を使って、クロッカスの内部調査を行い、弱みを握る形で壊滅させることなく始末をつけようというのだ。なお、この計画が上手くいかなかった場合は力を見せつけて「いつでも殺せるんだぞ?」と脅しをかけるつもりである。非常に脳筋でガバガバな計画だ。


 アジトはスラムで最も大きな建物で、石造りの厳めしい外観をしている。というのもクロッカスがスラムを掌握しているため王国側も下手に刺激することは避けているのだ。そのためこのような大きな建物であっても建てる事を黙認されている。更には〈自領域拡張〉を使ったところ、地下が存在するようで地下の広さもなかなかのものだ。そのまま王都の外へと通じる抜け道になっている。


 『見張りは表に2人と高所に1人か……なかなか厳重だな。中には大体……12、3人だな。』

 「チャリオット。頼む。」


 潜入の為に影魔法を使う。チャリオット曰く、下級精霊なら詠唱は必須だが、上級の一部と王級は詠唱を必要としない、とのことだ。契約の後から本日の昼間はチャリオットと影魔法の鍛練に費やしたヴィートはチャリオットと連携を密にし自在に影魔法を操れるようになっている。もちろん影の精霊王であるチャリオットのサポートあっての事だが。


 「了解した。」


 ヴィートの足元の地面が消失したかのように、重力に引かれ影の中に落ち込む。影と同化し体積が0になる。この状態だと地面の表面を滑るように移動が可能だ。影からはみ出るとそのまま体の一部が外界に飛び出ることになる。一度首を外に出して試してみたが、首だけが浮いている状態となった。チャリオットの生み出した特殊な空間だったため問題なかったが、仮に往来でそのような事をしたら幽霊騒ぎ再びとなるだろう。


 影を伝ってアジトの前までついた。かなりいかつい、顔に沢山の傷が刻まれている2人組が警備しているが、こちらに気が付く事は無い。扉で空間が隔絶されているため一度外界で扉を開く必要がありそうだ。また、部屋の中に影があるかはわからないので入り口では一度、身体を現す必要がありそうだ。


 男たちの背後から出現し、影の魔力を注ぎ込む。人を惑わす力がある影の魔力を注がれた男たちはすぐさま泥酔し、夢と現を反復横跳びしている。無属性魔力を使って気絶させることもできるが、気絶とは身体の防御反応だ。急激なショックから身体を守るために意識をシャットダウンし、エコモードにしている訳でつまりは死の一歩手前だ。行きすぎてしまうと命を刈り取ってしまうことになる。無用な死を出さない事も影魔法の使い勝手の良さだといえるだろう。


 入り口を開き中に入ると、すぐさま影に潜る。ひとまず幾人か集まっている部屋を目指すことにした。


 気配を消し扉を開き、滑り込むように影に潜って、扉を閉める。ついでに部屋の中の男たちに影魔法を掛けることで、扉が開いていなかったように誤認させている。影魔法は潜入の為に生まれた魔法だと言われてもおかしくないレベルで有用だ。一瞬扉が開いたかと身構えた男たちだがそこにあるのは閉じた扉だけだったため、気を取り直して話を続けた。


 「話を続けてもらおう。」


 話を切り出したのは上質な服を着た男、まだ年若く20代前後といったところだろうか。上品で整った顔立ちをしているがどこか高慢さがにじみ出ている。銀の美しい髪をオールバックにしている。幹部かあるいは首領か、クロッカス内で高い地位にあるのは間違いないようだ。その人物を守るように2人の男が側に控えている。


 「はっ。例の子供の放った火柱は異能だと考えられます。どのような手段かは不明ですが、その子供をさらった男はその異能を子供から奪い、自身で使用していました。男の名は“怪力”のヴィート。つい最近銀級に昇格した冒険者だという事です。火柱を使用したヴィートに対し、交渉を持ちかけた所、決裂しました。」

 「銀級冒険者で異能を手に入れたのならば、金級もすぐだろう。裏組織には入るはずもないか。」

 「交渉の際に我々がクロッカスであることを伝えています。反応としては、裏の世界に対する不信感や嫌悪感が見られ通常の交渉で引き込むことは難しいかと思われます。いかがしましょう?」

 「金で動かん輩は難しいな。まず件の男の身辺を調査しろ。つけ入る隙がないか調べ上げるのだ。」

 「その冒険者は確かに戦力になると思われますが……無理に引き込んでも仕方ないのでは?」

 「いや、父がいなくなったことで周囲の組織が動き出している。ここは無理をしてでも強力な手札を抑えるべきだ。それでは頼むぞ。」

 「……承知しました。」


 (当主が交代しているのか?それが最近のクロッカスの横暴につながってたのか。)


 男たちの影に入り、退出に便乗して部屋の外へと出る。当初の予定通り弱みを握る為の資料などを探すことにした。

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