第33話

 翌日、さっそく火柱を上げたのでアルバンに噂を依頼しようと、アルバンを探す。戦闘剣道場に行ってアルバンがどこにいるか聞いたところ、午前中は自宅で父親の仕事を手伝っているとのことだった。


 アルバンの自宅の場所を聞き入ってみることにした。王都南区の居住区の一角にある。南区とはいえ居住区は静かなものだ。周囲の住宅に混じるようにアルバンの自宅、ベッカー男爵家が佇んでいる。王都軍の上位を牛耳っているクライグ伯爵邸と比べると安心する家構えだ。


 ノックして名前を名乗ると、すぐにアルバンが出迎えてくれた。


 「よう。家まで来るとは珍しい。……って俺に用事って事はもしかして?」

 「昨日の今日で悪いけど例の件頼んでいいかな?裏組織の襲撃にあってね。奴らの前で豪快に火柱を上げてやったよ。」

 「急すぎるぜ……ま、ほかでもないお前の頼みだしな。引き受けてやるよ。」

 「本当にありがとうアルバン。またいつかきちんと礼をさせてくれ。」

 「いいって、気にするなよ。」


 互いに親指を立てあう2人。ルート王国のみならず、ハンドサインは世界的に統一されている。冒険者ギルドが全世界に広がっており、簡単なハンドサインを広めているのだ。


 「俺を狙ってる組織は“クロッカス”って言うらしい。知ってるか?」

 「げぇ、よりにもよってあそこか。スラムで最も強い勢力を誇る組織だな。昔、200年ほど前かな。とある貴族が王都を拡張しようとスラムをぶっ潰す計画を立てたんだ。それに反対した王都民が組織したのが“クロッカス”だ。クロッカスの花を旗印にしたところからその名前がついたらしい。結局強烈な反発を受けた貴族の私兵はスラムから撤退。その貴族家はおとり潰しになったそうだ。まあ実際問題、スラムを綺麗に片付けても外壁を破壊して新しく外壁を造るのは無理があるだろう。そこまでの大仕事になるなら、いっそ新しく都を作った方が早いもんな。要は綺麗好きな貴族様にはスラムの存在そのものが気に入らなかったんだろうさ。とにかく武力をもったクロッカスはスラムで独自の体制を敷いたんだ。スラム内の治安はクロッカスに保たれてると言ってもいい。」


 「なるほど。(ようはやくざとかマフィアみたいなもんか。)じゃあトラブったからって全滅させちゃまずいかな?」

 「お前1人で本当に壊滅させそうだから怖いよ。多分クロッカスを潰すと他の弱小組織が盛り上がって、スラムは完全に混沌状態になるだろうな。受け皿が無くなった貧民が他の地区に流出して治安がズタボロになるだろう。できれば潰すことなく解決してほしい。……たった1人に向かっていう事では無いとは思うが。」

 「うーん。難しいな……あ、あと人質が取られたりする可能性どれくらいあると思う?」

 「クロッカスの方針は“堅気に迷惑をかけない”だからいままで通りだったら大丈夫のはずだが……最近は往来で事件を起こしたりと穏やかじゃないからな。俺の見立てだと半々って所だ。」

 「半々かー悩ましいな。ま、とりあえず様子見るよ。」

 「ああ、充分気を付けてな。」


 アルバンと別れ、昼食をとる。もちろんいつもの煮込み屋だ。昼食を食べ終わり、マリに話しかけた。


 「マリ大事な話がある。」

 「!なっ、なにかしら?」


 大事な話、という単語に過剰に反応するマリ。緊張してもじもじしている。


 「実は……今ヤバい組織とトラブってるんだ。身近な人間にも害が及ぶかもしれない。マリも周囲に注意してくれ。」

 「ヴィートは大丈夫なの?」


 期待とまったく別の話だったが、すぐにヴィートの心配をするあたりマリの素直さが伺える。


 「組織のレベルがどんなもんかわからないから何とも言えないけど、まぁ大丈夫だと思うよ。マシアスレベルの天才でなければ負ける気がしないね。」

 「そうやって調子に乗ってると、いつか痛い目見るんだからね。」

 「わかってるって。それで、ここに来るのもしばらく控えようと思う。ごたごたが片付くまで。」

 「……わかった。早く片付けてね。」

 「ああ。俺の身体の3分の1はここの煮込みだからな。食べに来ないと身体が縮んじまうよ。」

 「ふふふ、そうね。待ってるから。」


 そうして昼食を取ったヴィートはしばらく暇を潰した後、西区へと向かう。今日はクロッカス問題を棚上げし、幽霊退治をする予定だ。


 西区へと到着したヴィート。時刻は夕方。ちょうど黄昏時だ。太陽から放たれた光が建物にあたり、長い影を作っている。いつも何気なく過ごしている夕暮れ時でもこれから幽霊退治をするとなると途端に不気味に感じた。


 (さあて、鬼が出るか、蛇が出るか。)


 位置と時刻、そして謎のメダルの3つが揃う。何が起こっても分かるように〈自領域拡張〉を発動させていたヴィートにそれと思しき予兆があった。空間が突如として球状に切り取られたのだ。


 (来たか!)


 永遠に続く四つ角の正体は空間が球状に変化したのが理由だった。球の内部をいくら歩こうとも外には出られない道理だ。ティモが体験した幽霊体験をなぞって、しばらくは永遠の四つ角を歩いてみることにした。


 最初から分かっていたことだったが、どのように四つ角を歩いても当然元の場所に戻る。良くできた幻を見ながら、球の上極と下極を行き来しただけだ。どのようにしたら幽霊が現れるのか条件が分からないため、途方に暮れる。しばらく考え込んでいると、〈自領域拡張〉に異変があった。球の下極が陥没したように状況が分からなくなったのだ。


 急ぎ四つ角を進む。遠目で見ると。とうとう件の幽霊のお出ましのようだ。


 何かに近づいていくと距離に比例して魔力を取られる。〈自領域拡張〉は魔力を用いた技であるため、魔力を吸収されると使い物にならなくなる。状況が分からなくなったのはそのための様だ。ティモが気絶したと言っていたが、魔力を取られて低魔力状態になったためだろう。


 魔法使いでない人間は命を維持するのに最低限の魔力しか持っていないため、魔力を吸収されるとすぐに低魔力状態となる。身体の防御反応として、失神、低血圧などを引き起こすのだ。ヴィートにとっては微々たる量だが、非魔法使いであるティモには厳しい量だったのだろう。


 そのはドロドロとしたスライムの様な粘度で、徐々に人の形になっていく。ティモが話した内容には無かったが、四つ角を歩いていたため、気が付かなかったのだろう。ヴィートも〈自領域拡張〉が無ければ見落としていたかもしれない。どうやら背格好から男の様だ。


 何かの顔がこちらに向いた。その顔は平たんで目も、鼻も、口も無い。事前に話を聞いてなければヴィートも驚き、叫び声を上げていたかもしれない。しかし、心の準備を済ませていたヴィートは驚きの衝動をかみ殺した。魔力を吸っていたことから、体はほとんど魔力で構成されているのだろう。それならば宵闇のいい的だ。するりと宵闇を抜き、魔力を走らせる。夕暮れ時の真っ赤な世界を裂くように美しい夜空が現れた。


 そのまま様子を見ていると顔が形作られていく。中心が盛り上がり、鼻となった。突如として歯が生えたかと思えばその上から唇が生じる。口が落ち着くと無数の穴から細長い物が伸びていく。髪だ。そのまま出るところは出て、切れるところは切れ、顔が完成した。


 流麗で気品を感じる顔立ちだ。美しい黒髪を長く伸ばしている。目の前で行われた人間のはあまりにグロテスクだったが、それとは対照的な清潔さを持った美丈夫だった。


 「最近は人が良く来るな。」

 「お前は一体?」

 「ふむ。道理を知らぬ人間と見える。人に名を聞くときは?」

 「……失礼。冒険者をしているヴィートだ。」

 「私はチャリオットという。影の王だ。」


 そう言って少し微笑んだ化け物、もといチャリオットはグレーのローブを身に纏っている。とてもではないが王といった様子ではない。


 「ヴィート、お前は何をしに参った。」

 「ええっと……。」


 本人を目の前にして退治しに来た、とは言えないし予想外に友好的であるため問答無用に斬ることもし難い。言い淀んでいても仕方がないのでありのままを伝えることにした。


 「以前ここに来た人間の話が広まってね。顔のない幽霊が現れたとさ。それで件の幽霊を見定めようと思ってきたんだ。」

 「ふっふっふ……幽霊か。まぁそのような物だろう。それで、お眼鏡にはかなったかな。」

 「少なくとも退治しようという気はないよ。」


 宵闇を鞘に納める。これから話をする、という時にむき身の剣があるといささか無粋だ。


 「そうかそうか……。私が姿を現すときに、周囲の魔力を消費する。以前ここに来た人間はそれで気を失ったのだろうな。」

 「体が魔力で出来ているって事は、もしかして精霊なの?」

 「ああ、影の王だと言ったろう?私も配下も影の精霊だよ。」


 影の精霊は契約者がきわめて少なく、実在を疑問視されている精霊だ。存在しているとする資料には光と闇の精霊に少し劣る、四大元素の精霊と同格とされている。


 「さて、ヴィート。お前にはこれを問わねばなるまい。お前は私と契約を結ぶか?」

 「へっ?」


 魔法使いたちは精霊との契約を重要視する。契約法は秘中の秘とされ厳重に秘匿されている。更には、意識のある精霊の方が力が強く、意識のない快・不快程度しか感じない精霊は力が弱い。四大元素の精霊と同格で、自らを王と名乗る精霊と契約する。はっきり言って美味しすぎる話だ。もしこれがヴィートでなければ影の王と契約した人間の冒険譚が始まってしまう程の人生を変える契機といえる。


 ひとまずは自身の動揺を落ち着かせるためにもどうして契約する気になったのか聞いてみる事にした。


 「何で契約なんて話になったの?」

 「ああ、いきなり言われても分からんだろうな。お前の持っているメダルは、我々影の精霊が契約に用いる“黄昏のメダル”だ。このメダルを持ち私の元までやってきた人間にはその資格があるとし、契約するか否か聞くことになっている。」

 「じゃあ前来たティモは?」

 「前に来た人間は私の身体を構築するだけの魔力を持っていなかった。当然契約は無しだ。魔力量も条件の1つだからな。お前は異常なほどの魔力を持っているため魔力量は文句なく合格だ。」

 「あー、あと、すでに契約しているんだけど。大丈夫なの?二重契約にならない?」

 「二重契約とは面白い事を言う。商売ではないのだ。我々精霊といくら契約しても問題は無い。その精霊を出してくれないか。」

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