第37話

 現在は丁度夜が深く潜入にもってこいの時間となっている。人々は寝静まり、月も出ない暗闇を自領域拡張頼りに疾走する。


 (視覚に頼らない訓練として丁度いいかも。)


 そんなことを考えながら、目指すのは本日2度目のクロッカス本部だ。ここは周囲の静けさから一転していまだに騒動が収まっていないようで、あちらこちらから灯りが漏れていた。


 内部構造を大体覚えてしまったため、厳重な正面入り口ではなく屋上の見張り部屋から見張りの死角を突き音もなく内部へと侵入した。


 あっという間に地下牢に到着する。魔力の波形から、中にデミトリがいるのは間違いない。もう一つ知った魔力が存在している。タイソンのものだ。幹部たちとの話し合いが終わってデミトリに会いに来ているようだ。その他の知らない魔力は見張りだろうか。


 影に潜ったまま地下牢へと歩みを進めた。


 「以前とは立場が逆になったな。」

 「……。」

 「デミトリ、お前が通じている王国貴族は誰だ。」

 「……。」

 「息子のお前を拷問にはかけたくない。言ってくれ。」

 「……何が息子だ。私を生んでくれた両親はあんたのせいで死んだ。飯を食わせてくれたのはフローリアンだ。あんたが私に何をしたって言うんだ。」


 タイソンが苦悶の表情を浮かべる。普段の堂々とした大きな体が何分の一にも小さく見えた。


 (因果応報なんだろうけど……ちょっと可哀想かな……。)


 「それでも俺はお前を息子だと思ってる。」

 「ふざけるなぁ!」


 大声に反応して見張り達がデミトリをおとなしくさせようと動き出すのを、タイソンが手で制した。


 「……私の処罰は死刑だな?代表を監禁して権力を奪ったんだからそうだろう?言っても言わなくても一緒じゃないか。それとも何か?私の助命嘆願でもしてくれるのか?違うよな。あんたは俺を殺すことでけじめをつける。そういう男さ。」


 タイソン自身、殺したくはないのだが、もはや殺すしかないと考えていたのも事実。切り捨てようとした内心を言い当てられて怯んでしまう。


 「殺せよ。」

 「……また来る。」

 「殺せって言ってんだよ!てめぇに父親面される位だったら死んだ方がましだ!!殺せよ!!」


 デミトリの慟哭に似た叫びを背中に受けながらタイソンは部屋を出て行った。地下牢を静寂が包む。


 しばらく時間が経った後、見張りに影の魔力をぐんぐん流しこむ。見張りは夢と現が曖昧になり、泥酔状態となった。ドダン!と見張りが地面に倒れる音がし、それを不審に思ったデミトリが身を乗り出す。


 「どうもーこんばんはー。」

 「お前っ。」

 「悪いけど、こっちも仕事だからね。」

 「……そうか。殺るなら殺れ。覚悟は出来てる。」

 「(勘違いしてるみたいだけどまぁいいや)それじゃいくよ。」


 泥酔状態にし、当身する。そこそこ鍛えていたようだがヴィートには遠く及ばずあっさりと意識を手放した。呼吸を損なわない麻袋を顔にかぶせ、手足を縛って異次元収納に放りこむ。


 (さ、あとは脱出するだけだ。)


 帰り道も実にあっさりしたものだった。影に溶けて進むだけなのだから当然なのだが。フローリアンの家が見えてきた辺りで異次元収納からデミトリを取り出して担ぐ。


 「ただいまー。さらってきたぞ。」

 「おお!やってくれたか!」

 「気絶させたからいつ目が覚めるかはわかんないけど。」

 「ありがとう……ありがとうよ。良くやってくれた。」

 「ま、一宿一飯の恩義って奴だ。気にするなよ。それよりこれからが大変だぞ。タイソンとデミトリを説得しなきゃならないし、クロッカス本部はデミトリがいなくなったことで大騒ぎだろうからな。」

 「それは俺が何とかする。ここが意地の張りどころさ。ご苦労だったなヴィート。あ、夜食かなんか食うか?果物位しかないが……。」

 「それより寝かせてくれー。……その前に日課の修行だった。面倒臭いけどしょうがないかー。」

 「ははは、まぁゆっくりしてくれ。」


 いつもの瞑想と魔力制御を行ったヴィートはベッドで長いようで短かった6日間を思い返していた。


(クロッカスとの戦いがまさか6日で片付くとはマリも思わないだろうな……一大決心して飛び出したのにちょっと恥ずかしいか?戻ったらニコラスに金クロッカス章を自慢しないとな。こういう勲章みたいなの好きそうだ。)


 そうして今後の生活に思いを馳せているうちに眠りに落ちて行った。


 次の日、居間の喧騒でヴィートは目を覚ました。どうやらデミトリが目を覚まして騒いでいるようだ。


 「俺はそんなこと頼んだ覚えはない!」

 「そういわんでくれデミトリ……俺ぁお前に死んでほしくねぇんだ……。」

 「……フローリアンがあの男の義理のためとはいえ、俺を大事にしてくれたのはわかってる。だが!絶対にあの男と和解など出来ん!」

 「本当に駄目か……?確かに兄貴はお前をないがしろにしてたかもしれん。だがいつだってお前の事を想って……。」

 「おはよう。お二人さん。」

 「あ、あぁヴィート。おはよう。」

 「……。」

 「デミトリは大丈夫だった?後遺症とか無い?」

 「……体調に支障はない。」

 「まぁ不機嫌な事。俺のやった事を考えれば当然か。……そう言えばデミトリは口封じとかされない?どっかのヤバイ貴族と通じてたんだろ?」

 「当然来るだろう。だが覚悟の上だ。」

 「潔いなぁ。こっちは困るんだけど。」

 「知らんな。勝手に俺を連れだしたのはそっちだろう。」

 「なぁデミトリ。遠く離れた土地でさ、人生やり直したらどう?貴族の手が伸びないような余所の国でさ。」

 「……。」

 「俺が言うのもなんだけど、人生何が起こるかわからないんだ。タイソンが許せなくてもいい。生きてさえいれば。」

 「い、いやヴィートお前ぇそれは……。」

 「フローリアン。今まで長い時間ずっと駄目だったものを急に許せとか言われても無理さ。とにかくまずは朝飯にしようぜ。なんかある?」

 「果物しかねぇ。」

 「買い物に行ってないならそうか。じゃ、俺が料理するぞ。」


 異次元収納から卵とベーコンを出してベーコンエッグにする。後は簡単に黒パンと缶詰のトマトスープを温める。フローリアンが買っておいた果物はりんごだった。


 王都の冬はかなり寒く果物はりんごしか採れない。王都の人々の冬を支える貴重なビタミン源なのだ。その他は夏の間に作っておいた色々な果物のジャムなんかでビタミンを補給する。近年では海運により冬でも多少の果物が手に入るが当然まだ金持ちや貴族の口に入るにとどまっている。


 ベーコンエッグを作っている間にも居間では言いあいが続いていたが、気にせず朝食を作り終え、居間へと運ぶ。


 「できたぞー。デミトリもフローリアンもとりあえず朝飯食え。」

 「すまねぇヴィート。」

 「ま、寝床も借りてるしな。」


 フローリアンは直ぐに食べだすがなかなかデミトリが口をつけない。


 「デミトリ……お前昨晩何も食ってないだろ。昨日の昼だって食べてたか怪しい。まずは食べな。腹が減ってたら考えもまとまらんだろ?」


 そう言うとしぶしぶといった風で口を付けたが、次第に勢いが良くなっていく。やはり我慢していただけで空腹だったようだ。


 「ヴィート、お前さん料理が上手だなぁ!こんなうまいスープ初めてだ!」

 「あー、フローリアン、悪いけどそれは出来合いのものでね。気に入った食堂のスープを詰めてもらってたんだ。」

 「なんでぇ、そうだったのか。しっかしそこの食堂は腕がいいんだなぁ。」

 「ははは……。」


 この後フローリアンとデミトリはスープと黒パンをお代わりし腹いっぱいに朝食を楽しんだ。


 「さて、デミトリ。少しは落ち着いたか?」

 「ああ、少し気が立っていたようだ。悪かったな。お前のせいではないと言うのに。」

 「デミトリは今後どうしたい?」

 「フローリアンの気持ちはわかるつもりだ。……あくまでわかるだけだがな。あの男に義理立てはしたいけど俺も殺したくない、そんなところだろう。まだ納得できてないが、どこかに身を隠そうと思う。そうだな王都は寒いし、南の温かい所、商国が良い。」

 「デミトリ……それがいい。さっきヴィートに言われたが兄貴と急に仲良くは出来無ぇだろう。きっとそれは俺のわがままだ。お前が生きやすい所で生きていくのがいい。」

 「そうだな。どちらにせよ貴族の追手とクロッカスの追手を巻かなきゃならんし。そうだ、お前さえよければ連れて行ってやるぞ?」

 「お断りだ。そこまで世話になる気はない。俺も男だ。自分の今後は自分でどうにかする。」


 そう言いきったデミトリの顔は生気に満ちており、本人が聞くと怒るかもしれないがタイソンと同じタイプの、生命力がにじみ出るような魅力を備えていた。


 「ヴィート、朝食の礼だ。俺が通じていた貴族はサンドラ子爵家当主、ホルスト・サンドラだ。奴は領内でとれる金を資金源として中小貴族をまとめ上げた。莫大な資金力に支えられた政治力と軍事力は侮れない。足りないのは爵位だけだろう。それを今回のスラム併合で手に入れる予定だったようだ。スラムの併合は王国貴族の悲願の一つだからな。」

 「げっ、サンドラ家かよ。そこの息子と揉めてるんだよね。実は。」

 「何?確か、サッシュ・サンドラには雑魚を斡旋したな。」

 「多分俺を襲撃した奴だわ。あんまりに弱かったから適当にいなしておいたけど。」

 「ふん。お前相手では誰が行こうと一緒だったろうよ。それじゃ俺はもう行く。二度と会う事は無いだろう。」

 「いつか帰って来たくなったら、いつでも帰って来ていいんだぞ。ここはお前の家だからな。」

 「フローリアン……世話になった。感謝している。」


 その言葉を残してデミトリは外へと出て行った。部屋を静寂が包んでしばらくすると、フローリアンが息を殺して泣く声だけが聞こえてくる。ヴィートは自領域拡張でデミトリの後を追うのも無粋に感じて、ただただ泣くフローリアンの背をさすってやるのだった。

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