第29話

 次の朝、ソニー、バックの2人と一緒に朝食をとって、“シモンの錬金塔”に向かう。ついでに市場で食料を買い込んできている。その額、なんと魔金貨10枚分。王都の市場は冬という事もありあまり賑わっていないが、それでも保存のきく食材は豊富だ。“錬金塔”へのお土産と今後の為の備蓄を含んでいる。


 しばらくすると、王都の市場では一切値切りをせず、大量に購入する剛毅な冒険者の噂が立つのだが、そのことをヴィートはまだ知らない。


 その後は異次元収納に2人を入れて、身体強化を使ったダッシュだ。あっと言う間に3日の工程を走り過ぎ、“錬金塔”に到着した。近くの茂みに隠れて、異次元収納内の2人を外へと出す。2人とも初めて見る“錬金塔”に大はしゃぎだ。


 麓の集落には目もくれず、“後継者の門”に向かう。周囲を警戒し、ネックレスをかざし、中へ入る。


 あっという間に頂上、31階だ。連れてきた2人はその高さにかなりビビっている。早く研究所に入った方がよさそうだ。


 ノックをして、研究所内に入る。するとイドリスが出迎えてくれた。


 「久しぶりですね、といっても3日ぶり位ですか。今日はどうされました?」

 「実は、相談があってね。後ろの子達に関してなんだけど。」

 「それじゃ、師匠たちを呼びましょうか。ししょー!!ヴィートさんですよー!」

 「うるせー!聞こえとるわー!!」

 「あ、久々に聞いたな、それ。」


 そうして、シモーヌとフラヴィオが奥から出てきた。シモーヌは手元に銀に光る猫を抱いている。


 「おお、ヴィート。今日は何用か?」

 「まぁ、ちょっとお願いがあってね。ほら、自己紹介。」

 「ヴィート兄さんの舎弟でソニーです!」

 「お、同じくバックです……。」

 「変な所で息合わせるなよ。なんだ舎弟って。」

 「兄さんからみたら、俺たち舎弟みたいなもんでしょ?」

 「僕はやめよう、って言ったんですけど……。」

 「……仲が良いのは良い事か。」


 「ふむ。それじゃ、こちらも自己紹介といこうじゃないか。私はシモーヌ=ステラ=グロスマンだ。この錬金塔の主である。」

 「こんな小っちゃいのに?大変なんだねぇ。」

 「バック、ほっこりしてるところ悪いがこの人が一番年上だぞ。多分700歳とちょっと生きてる。」

 「えぇっ!」

 「こら、ヴィート。レディの歳をばらすな。ともかくここで一番偉いのは私だ。崇めたまえ!」

 「へへー。」

 「ソニー、シモーヌに付き合ってると身体がいくつあっても足りないぞ。」


 「それじゃ、次はフラヴィオ。」

 「うむ。わしは錬金術師、フラヴィオじゃ。」

 「ちょっと謙虚になってる!どうしたの爺さん!」

 「わしだって羞恥心くらいあるわい。シモーヌ殿の素晴らしい研究の数々を見れば偉大だー、とか比類ないー、とか言えんわ。」

 「そっかー。俺としては寂しくもあるなー。なんか調子に乗ってこそ爺さんって感じだったから。」

 「ほっほっほ。すぐにシモーヌ殿に追いついて偉大な錬金術師に返り咲いてやるわい!見とれよ!」

 「ああ、いつもの爺さんだった。」


 「はい、それじゃ次はイドリス。」

 「ご紹介に預かりましたイドリスです。よろしく。この中じゃ一番下っ端にあたるね。」

 「よろしくお願いします!」

 「(イドリスさんが一番まともそうだね……。)」

 「(ソニー、それを言っちゃいけない。)」

 「そこ!こそこそしない!」

 「へへー。」

 「よしよし愛い奴よ。それで、ヴィート自己紹介は終えたが?」


 「ああ、単刀直入に言おう。頼みってのは、この2人の面倒を見て欲しいんだ。ソニーは足が速いし、頭の回転も速い。何かと役に立つよ。バックは集中力が高くて、物覚えがいい。こっちは弟子入り希望だ。」

 「ふーん?ヴィート、そんなに2人の事を買ってるんなら、お前が冒険者の見習いとして連れて歩いたらいいじゃないか。」

 「それが、王都にはいられない訳があってね。そうだなー……なんと言えばいいか……俺が王都で異能を探してたのね。そして見つけた異能をこのソニーがスリとって、仲間のバックに渡しちゃったわけ。最終的に、俺が何とかバックを抑え込んだんだけど、その騒動で目立ちすぎちゃって、異能持ちとしてバックが狙われてるのさ。」

 「それで人目につかないこの錬金塔に、って訳か。」

 「うん。頼めないかな?ほらお前たちも。」

 「「お願いします!!」」

 「ふむ……私としてはこの2人を預かるのはやぶさかではないが。」

 「わしからもお願いしますぞ。わしとイドリスはヴィートのおかげでこのように錬金術の秘奥を学ぶことが出来ます。大きな借りがあるのです。」

 「僕も2人を預かる事に賛成です。食事や洗濯の世話をしてもらえればもっと錬金術に打ち込めますしね。」


 (イドリスってどこかドライな所あるよなー。)


 「それじゃ決まりだな。バック、ソニー。ようこそ錬金塔へ。」

 「そうか!それは良かった。」

 「はい!あの……色々ありがとうございました。」

 「俺からも言わせてくれ。ヴィートの兄さん。本当にありがとう。」

 「よせよ。まだこれからだ。皆に認めてもらえるよう頑張るんだぞ。」

 「ふふふ。ヴィートもすっかりお兄さんだね。」

 「イドリス、その生暖かい眼はやめてくれよ。あ、そうだお土産あるんだった。王都で食料仕入れてきたぞ。」

 「それはありがたい。倉庫に案内しよう。」


 シモーヌに連れられて倉庫到着したヴィートはそこに大量の食糧を詰め込んだ。前回の〈マジックバック〉を見ていたため、皆にそう驚かれる事もなかった。


 そのまま昼食を囲む。試しにソニーに作らせた所、なかなかの料理を作る。要領がいいのかかなり手際も良かった。本人いわく“作ったことは無いが、見ていればなんとなく覚える”とのこと。


 食後は2人に別れを告げて錬金塔を後にする。2人の事はこれから定期的に様子を見に来ようと思うヴィートだった。


 錬金塔に行ってから数日が経ったある日、ヴィートの宿“星光の誓い亭”に手紙が届く。オーレリアからだ。どうやら、例の探査魔法〈アナライズ〉について調査結果が出たようだ。結果は、人体に影響なし。なので、ニコラスの身体を診察するために来てほしい、といった内容だった。


 いつものように“魔牛の楽園”で一稼ぎしてから昼食をとってクライグ伯爵邸へ向かう。部屋に入ると今日はニコラス、サビーヌに加えオーレリアとエクレムも待っていた。


 ニコラスはいつも以上に具合が悪そうで横になったまま目を閉じている。

 「お、皆さんおそろいで。」

 「ああ、わざわざ悪いなヴィート。」

 「ニコラスは大事な友達だからな。いくらでも骨を折るさ。」

 「ふふふ。ニコラスも喜ぶよ。」

 「しかし、調子が悪そうだな……顔色が悪い。」

 「最近寒くなってきたから、体調を崩したみたいだ。見てもらえないだろうか?」

 「ああ。ニコラス。わかるか?俺だ、ヴィートだ。」

 「ヴィートさん……いらっしゃい……。」

 「いまから探査魔法をかけて体の悪い所を調べるからな。少しくすぐったいけど我慢してくれ。」

 「うん……。」


 ニコラスの手を握って〈アナライズ〉をかける。魔力が浸透していきニコラスの身体を探査した。


 「これは酷い……。」

 「そこまでなのか?」

 「……魔力が通る管がズタズタだ。へんな所から魔力が漏れ出て体内を傷つけている。それと、体内をめぐる魔力の量が普通の人間より異常に多い。とりあえず体に悪さをしている魔力を抜こう。」


 ヴィートは腰の宵闇に手をやりするりと抜いた。魔力を流し、刀身から闇の気を発する。これでニコラスの身体を傷つけている余剰魔力は吸収される。これでこれからの事を考える余裕が出来る。


 「これだけ魔力の通り道がぼろぼろだったんだ。生活魔法や魔道具の使用に難があるんじゃないか?」

 「ヴィート様、貴族の子息は基本的には自身で生活魔法を使用しないのです。魔道具においては確かにその兆候がありました。ニコラス様だけ魔道具をうまく扱う事が出来ない、という事が。」

 「さて、どうするかね。このまま魔力管を治してもいいけど、たぶんまた管が破裂するぞ。」

 「要は余った魔力を吸い取れればいいんだな?精霊に魔力を常時渡してしまうのはどうだろうか?」

 「うーん。発想としては間違ってないけど、そういう意思疎通が出来る上位精霊はそう簡単には契約できないんじゃ?」

 「確かにそうか……。」

 「無礼を承知で申し上げます。ヴィート様どうかその剣、宵闇を譲ってはいただけませんか。」

 「エクレム、何を。」

 「ニコラス様は幼少の頃から、お身体を悪くなされてほとんどをベッドの上でお過ごしです。それを哀れと思うならば是非!」

 「エクレム!剣は戦士にとって大事な物だ。彼にニコラスの命と大事な剣を天秤に掛けさせるつもりか。」

 「お嬢様……しかし!」

 「2度も言わせるな!それは武を貴ぶクライグ伯爵家のやり方ではない!」

 「はっ……出過ぎた真似をしました。お許しください。」

 「うーん要は魔力を吸い取れればいいんだよね?ちょっと知り合いの錬金術師に頼んでみようか?魔道具作りはお手の物だろうから。」

 「いいのか?」

 「さっきも言ったろ?友達だからな。」


 バックとソニーの友情を見てからというもの、ヴィートは少し友情に篤くなっている。手元にある縁を大事にしたい、そんな気持ちなのだ。


 「今すぐ命に危機がある訳じゃないが、急いだ方がいいだろ?明日作ってもらってくるよ。」

 「すまないヴィート。恩に着る。もちろんその魔道具作成にかかる費用は我がクライグ家が持たせてもらうよ。」

 「ああ、期待しててくれ。なんたってスゴ腕錬金術師だからな。」


 クライグ伯爵邸を出て、そのまま錬金塔をめざし、王都を出ようとする。すると、路地から数人の男たちが現れてヴィートを取り囲んだ。


 「(まさか、バックを狙った裏組織か?)お前たち、どこの手の者だ。」

 「へっへっへ。お前に恨みは無いがな、サッシュの坊ちゃんがお前を痛い目に合わせろとさ。」

 「あーそっちか。心配して損した。」


 そう言われてみると、男たちは素人然としている。裏の住人、というよりは雇われたならず者といった風体だ。


 「何ぃ?何言ってやがる。」

 「いや、こっちの話さ。それで、本当にやれると思ってるのかい?」


 ヴィートは殺気を男たちに向けて振り撒く。男たちはヴィートから放たれる圧倒的な暴威からピクリとも動くことが出来ない。


 「見逃してあげるからさ、さっさと行きなよ。」

 「く、クソっ馬鹿にしやがってぇ!」


 男たちは本当に素人だったらしく力量の違いもわからぬまま、やぶれかぶれで襲い掛かってきた。無知ほど怖い物は無い。


 「はぁ、しょーがねーなー。」


 止む無く男たちを迎撃する。もちろん素手だ。まるで舞を舞うかのように鮮やかに男たちの顎を揺らしていく。一瞬の後、男たちは意識を失い、その場に崩れ落ちた。


 「無駄な時間くったな。外門が閉まる前に外へ急ごう。」


 当初の予定通り錬金塔へと一路を急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る