第30話

 なんとか夕食前の時間には錬金塔にたどり着いたヴィート。いつものごとく31階、研究室へと入る。


 「おや、ヴィート。どうしたこんな時間に?」


 出迎えてくれたのはシモーヌだ。


 「あー、何度も悪いんだけど頼みたいことがあって……。」

 「またか……ま、内容によるな。」

 「ほんっとに悪い。俺に出来る事なら何でもするから。実は俺の友達が魔力が多すぎてね。体内の魔力が通る管が破裂するほどなんだ。身体に不調が出てる。だから程よく魔力を吸収する魔道具を作って欲しいんだ。」

 「ふーむ。魔力過多か。珍しいな。」

 「出来るかい?」

 「はっきり言って簡単な仕事だ。人命救助なら私も堂々と力を振るえるし、その頼みを聞いてやろうじゃないか。」

 「本当か!」

 「ただし……お前さっき何でもするって言ったな?」


 シモーヌの目が妖しく光る。見つめられると身震いしてしまう。


 「あー、言ったなぁ。いや、その気持ちは今も変わってないんだけど、手加減してくれると嬉しいかな……。」

 「ふふふ。そんなに警戒するなよ。まるで私がいじめてるみたいじゃないか。」

 「いや、なんか滅茶苦茶言いそうで。一晩付き合えとか、身体を差し出せとか。」

 「お前、私を色情狂かなんかだと思っとりゃせんか?」

 「違うの?」

 「違うぞ、断じて違う!こう……爛れた肉体関係になりたい訳じゃなくて純粋な恋愛関係にだな……いや、爛れた関係にも少し憧れはあるが……。」

 「おーい、話が脱線してるぞー。」

 「あ、そうだったな。今はその話じゃない。お前に頼みたい事はな、魔力を注いでほしいのだ。」

 「どういう事?」

 「この塔は大気中の魔力や、地中の魔力を吸い出して稼働している。ドロップ品も魔物も全て魔力から生み出しているのだ。しかし、数週間前に荒稼ぎをしていった2人組がおってな?困っているんだよ。」


 シモーヌがじとっとした目でこちらを見てくる。


 「でもそれって、シモーヌの試練だったわけでしょ?責めるのはお門違いじゃないかなぁ。」

 「わかってる。だから交換条件で頼んでるんじゃないか。それで、やるのか?」

 「もちろん!魔力だけはあり余ってるんだ。」

 「よしよし、良い子だ。それじゃこっちに来てくれ。」


 そうして研究所内の巨石の前に立たされた。


 「お前の戦いぶりを聞いてな、相当の魔力を保有しているんじゃないかと思ってたんだ。さ、その場所から石に向かって魔力を放ってくれ。」

 「りょーかい。」


 この後は夕食の後に魔法修行を行って寝るだけだ。半分程度の魔力をぶち込む。


 「こら!馬鹿者!出し過ぎだ!」

 「え?半分くらいしか出してないぞ。」

 「これで半分……!用意しておいた貯蔵領域が現界寸前じゃないか!」

 「それじゃ、もう大丈夫かい?」

 「はぁー。お前は何かと規格外だな……。」

 「毎日きちんと修行してっからな。」

 「お前マジで一度認識を改めろよ。まぁ魔力はもう大丈夫だ。」

 「お、じゃあ?」

 「ああ、くれてやる。」

 「くれてやる?じゃあ何?もうある訳?」

 「ああ、700年前にな。魔力の高いホムンクルスを作り出す計画があった。魂と魔力は強く結びついているらしく、魂を無視して魔力を高くすることは無理だったが、結局は人工生命だ。外付け魔力で補えばいい。」

 「ははーん。魔石か。」

 「概ね間違ってない。そこで大きな魔力を体内に流した所……。」

 「破裂したわけだ。」

 「そうだ。自身の物でない、コントロールされていない魔力を大量に流すと、魔力通路は耐えられない。だからといって、最初っから頑丈な魔力回路を配備すると、成長に支障をきたす。」

 「そこで!」

 「そう、外付けで制御してしまおう!と思って作ったのはいいが……よくよく考えると意味が無かったんだ。吸収して調整する位なら、最初から破裂しない程度の魔力を流せばいいんだからな。その後根本的に魂の研究に乗り出したため、高魔力ホムンクルスの研究は中止となった。その時に作った魔力吸収装置が残っているという訳だ。夕食の後にでも渡そう。」


 夕食に招かれ、食堂へと向かう。塔の面々は皆食卓に着いていた。今日も夕食はソニーが作っている。どうやら食事はソニーの仕事と決まったらしい。メニューはソニーが酒場を覗いて覚えた特製シチューと黒パン、炙った腸詰だ。


 特製シチューは生姜のきいたパンチがある味でカブや玉ねぎ、じゃが芋なんかが入っている。腸詰は先日ヴィートが王都で買ってきたものだ。ウロス法国から海を越えてやって来たらしい。ウロス法国は豚をよく食べるため、中身は豚肉が詰まっている。燻製の香ばしさが食欲をそそる。


 「ソニー、随分料理が上手じゃないか!驚いたよ。」

 「へっへっへ。俺も驚いてるよ。料理する余裕なんてなくて、盗った物食べるだけだったから。」

 「私もしばらく料理をやってみましたが……いやはや調理と実験は違いますね。」


 ソニーがやってくる前はイドリスが料理をしていたようだ。下っ端の宿命である。前世では神経質で几帳面な方がレシピ通り作る為、料理が上手いと言われていたがこの世界では通用しないようだ。塩や砂糖の精製度は違うし、火の加減も一定でなく、調理器具も規格化されていない。彼だけが定量でも他が定量でなければ意味が無いのだ。


 「バックは調子どうだい?まだ5日位だけど、やっていけそう?」

 「はい!お腹いっぱい食べさせてもらえますし、錬金術の勉強も面白いです。」

 「そうかそうか。」

 「このバックはなかなか筋が良いぞ。変な固定観念もないしのう。もしかすると、わしら3人の中で最も錬金術の秘奥に至るのが速いかもしれん。」

 「い、言いすぎですよぅ。」

 「まぁ、まだまだお主らも子供よ。しっかり食べてしっかり勉強するがええ。」

 「じっさまよー、俺たち子供ったってもう11だぞ!」

 「まだ11、じゃよ。」


 「(爺さんは一体どうしちゃったのさ?)」

 「(父性というか祖父性というか、目覚めちゃったみたいで……。)」

 「(あー、そっか。爺さんももういい年だからなー。本来なら孫どころかひ孫がいてもおかしくない歳か。)」


 「こら、聞こえとるぞ。わしは純粋に若き才能を伸ばそうとだな……。」

 「シモーヌ的には甘やかしてもいい訳?教育方針としてさ。」

 「俺たちの目の前で教育方針とか言うな。」

 「構わんよ。甘やかそうと厳しくしようと全ては本人のやる気次第だからな。それに、フラヴィオは意外に人を育てるのが上手そうだぞ?よく考えてみろ。イドリスはフラヴィオが育てたんだ。」

 「あ、忘れてたわ。実績がある訳ね。納得だ。」


 夕食を終え、ソニーを伴って研究室へと向かう。


 「さて、ソニー。寝る前の一仕事だ。この中のどこかに指輪があるはずだ。銀色のリングに真っ黒な石が入っている。それを探してほしい。」

 「こ、この中から探せってか!?」


 シモーヌの研究室はかなり散らかっている……錬金術師は皆、散らかす癖でもあるのだろうか?王都の錬金術研究所に負けず劣らずだ。


 「……悪いなソニー。手伝うよ。」


 悠々と研究計画の立案に入ったシモーヌをしりめに指輪探索が始まった。


 「うーむ。魂の研究はしばらくやりたくないしなー。なぁヴィート、今の時代には何が求められてるんだ?」

 「少しは手伝う気とか無いのかよ。」

 「無いな。欲しい奴が探すのが道理よ。それで、どうなんだ?」

 「うーん……魔物との戦いが続いてるからなぁ。戦力じゃないか?」

 「ふむ。700年の間に何か変わったかと思ったがそうでもないようだな……。」

 「パワードスーツみたいなのってできないの?」

 「パワードスーツ?」

 「ええっと、なんて言ったらいいか……要は着ると強くなる服だな。強化外骨格とか言われてたな。」

 「強化外骨格か……。なかなか面白そうだ。しかし人が中に入る必要はあるのか?ゴーレムでいい気がするのだが。」

 「さぁ?専門家じゃねーし。わかんねえや。知能や判断を人間にゆだねる分汎用性はあると思うが。」

 「なるほど。確かに、ゴーレムの知能を向上させるにはかなりの時間がかかるからな。この塔のゴーレムも700年分の蓄積があってこそだ。」

 「あぁあいつらね……かなり知能が高くてびっくりしたぞ。特に20階のゴーレムと30階の猫ゴーレムね。」

 「ふふふ。イリスとオリオンは特に経験を糧にする機能を持ってるからな。各階のボスの経験が研究所に集約され、イリスとオリオンに反映される仕組みだ。逆に25階の多脚型自立機動戦車は戦車の延長線上で設計してるから成長しない。当初の性能そのままになっているんだ。」

 「なるほどなー。」

 「おい、兄さんよ、口より手を動かしちゃくれませんかねェ?」

 「あ、ごめん。」


 指輪の捜索活動へと戻る。その間もシモーヌはずっといろんなことを考えていたようだ。


 ……そして約1時間後。


 「おっ、これかいシモーヌ?」

 「おお、それだ。しかし良く見つけたな。もう駄目かと思ってたぞ。」

 「助かったソニー。」

 「まぁ、これも仕事だからなー。」

 「よしよし、それではヴィートよ。この“魔吸の指輪”を授けるぞ。体内の魔力を程よく抜いてくれる優れものだ。制御装置もついているから吸い出しすぎる心配もないぞ。ただ、魔力治療なんかの時は外してくれ。治療に使う魔力も吸い出してしまうからな。」

 「本当にありがとう、シモーヌ。」

 「ふふふ。少しは私の事、好きになったか?」

 「恋愛的なアレは無いけど、友達として好き。」

 「くっ、身も蓋もない……。」

 「兄さんは今日泊まっていくのかい?」

 「あー、いいのかい?」

 「もちろん!兄さんの頼みを断る奴はこの塔にはいないよ。」

 「それじゃお世話になろうかな。」


 その後、しばらくソニーやバックとチェスで遊んだ。ルート王国で最も人気な遊びはチェスと双六だ。バックは大人との賭けチェスでお金を稼いだことがあったらしく、かなりの腕前だ。指し筋は慎重で重厚。相手を一歩ずつ追いつめていくタイプである。対するソニーもバックには少し劣るものの見事な腕で、相手の虚を突く奇襲が得意だ。何戦か戦ったが、ヴィートは2人のサンドバックにされたのだった。


 『ふむ……お前の前世の記憶にも登場していたが、このチェスというものはなかなか面白そうだな。私が指しても?』

 『えーと……じゃあ言われたところに俺が動かせばいいんだな。』


 「兄さんは弱いなー!これじゃ弱い物いじめになっちゃうぞ!」

 「もう1回頼む。次は本気出すぞ。」

 「はいはい、もう1回ね。」


 はっきり言ってソニーは期待していなかった。少し雰囲気は違ったが、指し方はかなり荒かったからだ。だからといって、決して油断していた訳ではなかったのだが、気が付いたら逆転されていた。夢でも見ているかのように戦局が目まぐるしく変わっていき、終わってみたら負けていたのだ。


 「嘘ぉ!あんなに弱かったのに!」

 「ふふふー。俺は本当の実力を隠していたのだー。」

 「んむぅー!ぐ・や・じ・い!バック、出番だ!俺の仇を取ってくれ。」

 「うん。僕だってチェスでは負けたくないからね。」


 『ローランド、やれるか?』

 『むふふ。やってやるとも。バックを倒し、最強の座を我がものにしてくれる。』


 (ノリノリだなぁ。チェス盤買って異次元収納に入れといてやるか。)


 ローランドの指し筋は一般的な定石を無視した神出鬼没なもので、対戦相手を惑わせる。しかし、バックは慎重に惑わされることなく堅実に歩みを進めていた。ローランド側を一言で表せば混沌。バック側を一言で表せば盤石と言ったところか。指しているヴィートが、何が起こっているか理解できておらず表情が全く読めない事も一助となっている。


 かなり長い戦いとなったが、最終的にはバックが勝利した。やはり一日の長があったのだろう。中盤過ぎ辺りで小競り合いがあったのだが、そこでローランドが競り負けたことで流れるように劣勢に追い込まれていった。


 「驚きました、ヴィートさんはチェスもお強いのですね!」

 「そんな訳ないじゃん。絶対なにかやってるって。同じ人間の指し筋とは思えないもん。なぁー兄さん。教えてくれよー。一体なにやったのさ。」

 「んーお前たちにならいいかな?実は、精霊みたいなものと契約しててね。そいつが指したいっていうから、指示に従って指したのさ。」

 「げぇ、ズルじゃん。」

 「ほら、出てこい。」


 ヴィートが差し出した指先に身体から飛び出したローランドが乗る。


 「わぁ可愛い。」

 「ふふふ。バックよ。お前とのチェスはなかなか楽しかったぞ。」

 「「喋った!」」

 「うむ。ランドと呼んでくれ。」


 偽名を使うローランド。契約後に聞いた話によると、神々にとって真の名は重く、厳重に秘匿するべきものらしい。その名を知るのは一生を共にする契約者位なのだとか。


 「なんか偉そうだなこの鳥……。」

 「いいか、ランドの事、皆には秘密だぞ。」

 「了解!」

 「なぁヴィートよ、バックとこのままチェスしていても良いか?」

 「バックが良ければ。」

 「僕ももっと対局したいです。」

 「2人ともほどほどにな。俺はもう寝るわ。」

 「じゃあ俺も寝よー。おやすみっ。」


 バックとローランドを部屋に残し、寝室へと帰った。


 所変わって王都北区のサンドラ子爵邸。何もかもが金で彩られた豪奢な一室で二人の男が話をしている。先日オーレリアに言い寄ったサッシュ=サンドラと、その使用人だ。


 「冒険者の件なのですが、雇った者どもは失敗したようです。」

 「ふん。大きな口を叩いて結局それか。」

 「調査の結果、冒険者の男は銀級に昇格したばかりの腕利きらしく並みの戦力では難しいかと。」

 「忌々しい!何故たったの1人を始末できん!金ならある。戦力をどんどん投入しろ!」


 サンドラ子爵家は元々あまり大きな家ではなかったのだが、当代のホルスト=サンドラが当主になると金の取引で大きな財を成した。王都内の発言力は日に日に増し、金の元締めとしてその地位を高めている。


 「は、かしこまりました。子飼いの傭兵を使います。」

 「よし、下がれ。」


 (このことが父上に知られる前に処理しなければ……。)


 サッシュ=サンドラは誰に対しても横柄である。身分が下の者に対してはもちろん、身分が上の者に対しても心の中で馬鹿にしている。そんなサッシュが唯一心の底から恐れているのが当主であり、父親であるホルストだ。


 誰もいなくなった自室でサッシュは1人、身震いするのだった。

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