第28話

 『終わったぞ。異能は完全に取り込んだ。』

 『なんとかなったか……。』


 ふっと肺の空気を吐き出し、バックを拘束していた腕をほどく。


 「兄さん?」

 「コイツの身体の中から原因は取り除いた。もう悪さは出来ないだろう。」

 「終わったのか。」

 「まったく、手間かけさせてくれちゃって。」


 ヴィートの残存魔力は約1万5千。元々が21万程度あった事を考えるとかなりギリギリだった。それでも並みの魔術師数人分はあるのだが。


 「すまない。兄さん。世話になったな。」

 「礼はいいから、ここを離れよう。野次馬がよって来るぞ。」


 緊張状態だったため気が付かなかったが、周囲に人が集まりだしている。あれだけ派手な火柱が上がったのだから当然といえば当然だ。


 「ああ、そうだな。いこうバック。」

 「うん……。」


 ソニーの先導で2人の隠れ家へと案内される。入り組んだ路地をいくつも抜けた路地裏で、粗末な小屋が建っていた。


 「さっきソニーが水飲んでた家って隠れ家じゃないのか?」

 「いや、全然?」

 「他人ん家ひとんちかよ……。」


 廃材で建てられた小屋で、辛うじて雨露はしのげる、といった様相だ。どこからか拝借してきたものだろうか、多少しっかりした作りの椅子を勧められる。3人で輪を描くように座った。


 「改めて自己紹介だ。俺は冒険者のヴィート。お前たちは?」

 「俺はソニー。で、こいつがバックだ。それで、兄さん、あの力はなんだ?バックの身体に影響はないのか?説明してくれ。」

 「あれは異能という神の力の欠片だ。圧倒的な力を持っている……が、異能が人を操る事は無い。バックの暴走はバック自身が原因だよ。」

 「バック、本当なのか?」


 ソニーの2つの目がバックを射ぬく。その目に身体を固くしたバックだったが、意を決して口を開く。


 「そうだよ。最初から最後まで操られてた事なんてない。全部僕が自分の意志でやった事だ。」

 「……。」

 「ずっと、力が欲しかったんだ。君に並び立てるように。君に迷惑を掛けないように。でも……かえって迷惑をかけちゃった。」

 「俺は迷惑だなんて。」

 「ありがとう、ソニー。ヴィートさんも。僕を生かしてくれてありがとう。」

 「ああ、コイツから頼まれたからね。大事な友達だから殺さないでくれって。」

 「俺はお前がいてくれるだけでよかったんだ。人を殺してまで裕福になりたくない。」

 「うん。ソニーの気持ち、伝わったよ。だから最後の最後でここに戻ってこれた。」


 普段はマシアスやオーレリアとカラッとした付き合いをしているヴィートとしては2人の濃密な友情は少し照れくさいような、羨ましいような気持ちになる。湿っぽくなってきた空気を払うように話題を変えた。


 「それで、お前たちはこれからどうするんだ?」

 「どうって?」

 「さっきの騒ぎで、バックの身体から火が噴き出るのをばっちりとみられているはずだ。どこからも狙われるぞ。今はその力が無い、って言ったってわかる連中じゃない。」

 「……そうだよな。」

 「あてはあるのか?」

 「無い。あったらこんな生活してないって。」

 「そりゃそうだ。」

 「なぁ、兄さん。完全に被害者の兄さんに頼むのはお門違いだって事はわかってるんだけど……俺たちを雇ってもらえないかな?」

 「雇う?」

 「冒険者なんだろ?俺は足が速いから伝言や報告に何かと役に立つはずだ。バックも頭がいいからがっかりはさせない。頼むよ。俺たちには頼れる大人なんて兄さんしかいないんだ。」

 「お前たちは何歳?」

 「俺が11歳、バックが10歳だ。」

 「ふむ……俺の戦いにはお前たちを連れていくことは出来ない……が、身元はどうにかしてやれるかもしれない。」


 ヴィートが思うに、スラム街に放っておくにはもったいないほどソニーは察しが良い。頭の回転が良いと言うのだろうか。そのソニーが、頭がいいというのだからバックもそこそこやるのだろう。そうなると伝手を使ってどうにかできそうな気がする。


 「本当か!?」

 「伝手を頼っていろいろ働きかけてみる。それまで逃げ切れそうか?」

 「……ちょっと自信ないな。多分今までとは違って組織的に襲ってくるんだろうし。」

 「はぁ……仕方ないか。」


 『ローランド、この2人を異次元収納に避難させる。構わないな?』

 『こうなっては仕方ないな。2人と契約をして話が漏れないようにしておけ。』

 『了解。』


 「2人には契約をしてもらう。」


 契約と聞いて体を固くする2人。この世界では神の御名において交わされた契約は魔力を通じて現実に作用する。そのため、契約と聞くとどうしても警戒してしまうのだ。


 「今から2人を俺の秘密の場所に匿う。契約とは、その秘密を洩らさないようにすることだ。いいな?」

 「ああ、わかった。」

 「僕も構いません。」

 「よし、それでは今から話す俺の秘密を誰にも漏らさない事を天の御使いに誓え。」

 「「誓います。」」


 契約の証である紋章が2人の額に現れて、しばらく光った後に消えた。天の御使いに誓いを立てたため、御使いの紋章だ。神の名を借りねばならないため、現在のローランドの力では契約を結ぶことは出来ない。この世界では契約の際に天の御使いの名前を出すのは常識となっている。


 「それじゃ俺の秘密、異次元収納にご招待だ。」


 そう言って2人の手をつないだまま異次元収納内に入る。2人は口をあんぐり開けて固まっている。


 「えっ、あ、ん?」

 「びっくりしたか?」

 「な、何!?これなんなの!?」

 「これは俺が遺跡で見つけた異次元収納という力だ。この空間と元の世界を行き来できる。」

 「ってことは?」

 「俺以外の誰にも見つかる事は無い。」

 「はぁー。なんか現実感がないなぁ。」

 「ひとまず端にある樽の水で体洗え。この中の物はたいてい使っていい。ただ、あっちの銀色の袋や缶がある辺りには触るな?高級品だ。」

 「りょーかい!」


 その後は、夕方まで新しいベッドや服を買って、2人の世話をして過ごした。2人も元の小屋に比べたら居心地が良いようでのんびりとしていた。


 夕食時になると2人を表に出し、宿屋で食事をさせる。


 「おや、ヴィートどうしたんだいその子たちは?」

 「ああ、知り合いの子でね、預かってるんだ。料金は払うから食事を頼むよ。」

 「へぇ、なかなか可愛い顔した子じゃないか。座ってまってておくれ。」


 いつもの夕食だが、2人には御馳走なようで、すさまじい食いっぷりだ。周囲が心配するほど食べている。


 「あー女将さん、流石にさっきの料金じゃ悪いや。これ、追加分ね。」


 そう言って金貨を差し出す。


 「いくらなんでもこれは多いよ!銀貨は無いのかい?」

 「無い、という事にしておいてくれ。日頃から世話になってるから。」

 「まったく、気を遣うんなら、もうちょっと受け取りやすい気の遣い方を覚えな。まだまだ伊達男には遠いね。」

 「ははは……女将さんにはかなわないな。」


 2人が食べ終わり、ヴィートの部屋に戻る。


 「さて、お前たちの進路はいくつか思いついてるんだが、どうしたいか聞こうと思う。まず1つ目は貴族のお屋敷で使用人になる事。信頼できる貴族家に伝手があるんだ。2つ目は俺の通っている道場に頼んで、お前たちが生活できるまで置いてもらう事。まぁ、最近稼いでるし、養育費を渡せばなんとかしてくれると思う。3つ目は知り合いの錬金術師の弟子にしてもらう事。僻地に住んでるからな。買い出し要員なんかがいたら多分喜んで引き取ってくれるはずだ。どこがいい?」

 「うーん……どれも違う世界過ぎて、よくわからないな。」

 「まぁそうだろうな。」

 「ヴィートさん、僕錬金術に興味があります。」

 「うん、それがいいや。兄さんに養育費出してもらうのも悪いし、貴族の家の使用人になんてなったら肩こっちまう。」

 「(意外と重大な決定はバックがするのか?このコンビ。)それじゃ、その錬金術師の所に行って明日聞いてみよう。それじゃ、お休み。」


 2人を異次元収納内に残して、客室へと戻る。


 『とりあえずひと段落だが……ローランド、成果は?』

 『ふふふ、ばっちりだ。取り込んだ異能は〈始まりの火〉、かなり大きなエネルギーを内包していたぞ。』

 『おぉ!それで何が出来そうだ?』

 『ふむ。思った以上に力が戻ったからな、実体を得てみよう。よし、見ているがいい。』


 ヴィートの身体から炎がほとばしり、空中に楕円を描く。卵の様だ。炎の卵は激しく振動し、だんだんと小さくなっていく。そのまま掌大の実体となって結実した。重力に従って落ちようとしたところを辛うじてキャッチする。卵はほんのり温かい。全体に白と赤がマーブル模様になっており、見ていると不思議な気分になる。まったくの未知の物体だからだろうか。


 (卵、って事は卵生の生き物か?ドラゴン?不死鳥?はたまた神だからそういうのは関係なく狼とか?)


 孵化後の姿を想像していると、びしぃ、と卵全体にヒビが入る。卵を突き破ったのはくちばし。そわそわしながら出てくる様子をじっと見ていた。徐々にその姿があらわになる!


「ローランド……なのか?」

「もちろんそうだとも。どうだ?」

「どうって……ずいぶん可愛い姿だな。」


 どう見ても真っ白い九官鳥だ。


 「うん?ずいぶん小さくなってしまったようだな……。まぁ構わん。この姿でも炎を出せるし、空も飛べる。お前のサポートももっとしてやれるだろう。」

 「ああ、期待してる……でも俺ってずっとお前を肩にのせて活動するの?」

 「頭の上でもいいぞ。」

 「えぇ……。2つ名が“鳥の巣”とかになっちゃうでしょ、それ。」

 「我慢しろ。籠を買って、ずっと下げておくのもおかしかろう。」

 「いや、確かにそうなんだけど……。」


 どうせならもっとカッコイイ姿になってくれればよかったのに、と少し残念に思いながら修行して、就寝した。その日の瞑想はなかなか集中できず、ローランドからお叱りを受けてしまうのだった。


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