第12話

 翌日にはすぐに元の生活に戻った。高い身体能力のおかげか二日酔いもない。朝早く起きて牛狩りに行こうとしたところを宿の女将に呼び止められた。


 「ヴィート!あんたに手紙が届いてるよ。」


 「手紙?なんだろ……ああ、オーレリアからか。」


 中を確かめる。内容は昼ごろにはそちらに伺うため宿に居てほしい、という事だった。昼まではまだまだ時間がある。予定通り牛狩りに行くことにした。


 ヴィートの所持金は現在金貨46枚と少しだ。大会が近くなると狩りを中止し武技を磨いていたため少しペースが落ちている。とはいえ一般的なソロ冒険者に比べると圧倒的に稼いではいるのだが。


 そこから大会でぼろぼろになった鎧を新調しなくてはならない。元々へバリッジ領都で探す予定のため、急場がしのげればいいのだがそれでも安くはない。優勝賞金を取れなかったため採算は完全にマイナスだ。


 〈自領域拡張〉を開発してから15日が経ったがいまだにワイルドバッファローに出会えていない。偶然なのか時間帯が悪いのか、大きな魔物の反応に急いで駆け付けると100%ブラックウルフだった。


 ギルドへと顔を出すも、早々にギルドを立ち去る。昨日の試合を見ていた冒険者も多かったようでいちいち絡まれるのだ。けっして悪い絡みじゃないのだが、あまり持ち上げられるのも気後れしてしまう。そういう訳でさっさと退散したのだ。依頼掲示板には“魔牛の楽園”で行方不明者がでており、警戒を呼び掛ける掲示があったのだがヴィートがそれに気が付くことはなかった。


 大会も終わった事だし、本腰を入れてワイルドバッファローを探してみることにするヴィート。“魔牛の楽園”へと向かった。


 全身に身体強化をかけて突っ走る。“魔牛の楽園”までは15分程度だ。他のパーティの歩行速度なら3時間はかかるが。大抵は馬車を借りて数人パーティで行き、マッドバッファローを狩って帰っていくため1日がかりだ。


 “魔牛の楽園”中心あたりで〈自領域拡張〉を使った。これももはやルーチンワークだ。しかし、いつもと違う事が1つ。強烈に大きな魔物の反応があるのだ。


 (コイツか!ワイルドバッファローは!)


 そう思い駈け出すヴィート。しばらくするとその姿が見えてくる。相手に気取られぬよう草むらに姿を隠した。たくましく雄々しい金の角。筋骨隆々なその体。丸太の様な腕は人の背丈ほどもある大斧を握って……どうみてもワイルドバッファローではない。


 (……どう見ても違うな。でもあの金の角!それに大斧も高く売れそうだ。)


 その正体は全長3メートルはあろうかというミノタウロスだ。金色に輝く角。褐色の上半身。下半身と顔は黒牛になっている。両刃の大斧はべっとりと血糊がついておりを殺しているのは間違いない。


 『ローランド。アイツが何か知ってるか?この数か月ここで狩りしてるけどあんな奴見たことない。』


 『うーむ、けた違いの力を持ってるのはわかるがそれ以外はとんと見当がつかん。大体魔物なんていうのは私が閉じ込められてから発生したのだからな。狩って帰ってギルド職員に見せたらどうだ。』


 『あっそ。戦いのヒントなんかはないのね……。ま、しょうがない。偉そうな牛さんをひとつもんでやりますか。』


 そう言って腕まくりをして草むらから飛び出した。


 大会ではずるいからと封印していた必殺技〈ソニックショット〉。剣を本気で振りぬくと衝撃波が発生して剣がもたない。ならば生身で衝撃波を発生させることで攻撃に転用できないか。その発想により作られたのが〈ソニックショット〉である。最高速に達する先端の服がもたず、破けるため腕まくりをしないといけない。そのうえ〈ショット〉、と名付けられているものの威力の減衰が激しく実際の有効距離は中、近距離である。しかし不可視の攻撃で武器が無くても放てる、という利点があった。


 空気を切り裂く音が周囲に響き、衝撃波がミノタウロスを襲った。突然の攻撃に反応できないミノタウロスはなされるがまま衝撃波に切り裂かれ、体の数か所から血が滴っている。普通の魔物なら数分のうちに失血死するだろう。


 ミノタウロスの筋肉が異様に膨れ上がる。ただでさえデカい体が、いきむとさらに大きく見えた。出血は筋肉の収縮で抑えたのか止まっている。


 (マジか!)


 ヴィートの中距離の間合いは当然ミノタウロスの間合いでもある。ミノタウロスは大斧を横なぎに振った。身長差があるため下なぎの様な形だ。バック転で躱したヴィート。遠距離は不利だとわかっているのかずんずんとミノタウロスが距離を詰めてくる。


 頭は高い位置にあり、金の角に守られている。金の角を傷つけるなんてもっての他だ。〈ソニックショット〉でも分厚い筋肉に守られて有効打にならない。ならばどうするのか。ミノタウロスは前傾姿勢であり、正面の守りが堅い。ヴィートの脳裏にはフルプレートアーマーの男、ウードとの戦いがよぎっていた。


 「昨日に続いて今日も強敵と戦えるなんてツいてるね。」


 身体強化を使った超高速移動。ミノタウロスの反応速度を大幅に超え後ろに回り込んだ。そしてミノタウロスの足を蹴り折る。試合とは違って全力である。おられた足を軸に無理やり斧をふるうミノタウロス。痛みのせいか体表は汗でじっとりと湿っている。


 精彩を欠き、大振りになっているミノタウロスの斧を難なく避けて腕を締め上げた。ミノタウロスが暴れ、とられていない方の腕を振り回す。大斧は取り落してしまっている。腕からボゴリッと嫌なおとがした。そのまま腕を締め折ったのだ。


 「ムオオオォォォオオオ!!!」


 痛みのあまりに声を上げるミノタウロス。戦闘力をほぼ奪い取ったとみてヴィートはナイフを取り出しミノタウロスの首にあてた。太い血管から血が噴き出す。しばらくは暴れていたミノタウロスだが次第におとなしくなり……動かなくなった。


 そのままミノタウロスを木に吊り下げて血抜きするヴィート。一応血も何かに使えるかと樽に受けている。


 『しっかしこれでもう金貨55枚は余裕かな?そんじょそこらのバッファローより断然デカいぞ。この角。』


 『オーレリアのアルバイトはどうするのだ?』


 『んー。内容次第かな。どうせ鎧も買わないといけないし金はあって困らないから。』


 『なるほど。もしかすると異能の情報ももらえるかもしれん。』


 『……そうだな!』


 『なんだ今の間は。お前異能のこと覚えておったか?まさか忘れていたのではあるまいな!?』


 『い、いや……ははは道場が楽しくってつい……。』


 『はぁー。まあ強いに越したことはないから良いのだがな。』


 そうして血抜きが終わったミノタウロスと樽を異次元収納へ放りこんで王都へと戻った。


 異次元収納の事は周囲に伏せているため近くで取り出し大斧と一緒に担ぐ。目指すは冒険者ギルドの解体所だ。周囲からの目線が痛い。普段も目立っているが今日は大物だ。いつも以上に目立っている。


 「おおい。親方―。今日は大物だぞー!」


 大声で解体所の親方を呼ぶ。ヴィートは毎回相当量を持ちこむため親方に最初に声をかけることになっている。親方は元冒険者だったそうだ。大きな体にたくましいひげがいかにも、といった風体だ。


 「ヴィートか。ってなんじゃそいつ!」


 「ああ、魔牛の楽園にいたミノタウロスだ。強かったぞ。」


 「おい、受付の嬢ちゃん呼んで来い!早くしろ!」


 解体所の作業員に声をかける親方。


 「……なんで?」


 「馬鹿もん!最近魔牛の楽園では行方不明者が相次いどる。コイツが原因じゃないのか?」


 「それは知らんけど。」


 「とにかく嬢ちゃんから説明を受けろ。聞き取り調査もあるだろう。」


 「ふーん。」


 「すみません!お待たせしました!」


 ギルドの受付嬢がやってくる。眼鏡をかけたショートカットの女性だ。


 「これが例の?……ただのミノタウロスじゃありませんね。やはり支配種でしたか。」


 「あのー。」


 「あ、失礼あなたがヴィートさんですね。お噂はかねがね。私はレア。ギルド職員です。今回の魔牛の楽園での失踪の件を担当しています。」


 「その、失踪ってのは?」


 「1週間前くらいから魔牛の楽園に向かって帰ってこないパーティが増えていたんです。あなたがブラックウルフを狩ってくれていますから、残りはマッドバッファローかグレイウルフ位な物です。両者とも逃げる暇もないほどの魔物ではありません。そのため支配種の誕生ではないかとギルドは調査している最中でした。」


 「支配種って何?」


 「支配種は数十年に一度現れる強力な魔物です。魔王ほどではありませんがその強さは普段の魔物とは比べ物にならないと言われています。魔牛の楽園での支配種誕生はおおよそ80年前、楽園の主アステリオスと呼ばれた個体が記録に残っていました。金色に輝く角を持つミノタウロスだったそうです。」


 「こいつのことか。」


 「ええ。支配種は毎回同じ魔物が現れるようです。何故かはわかっていませんが……。それからアステリオスと戦闘になったのはどの辺りでしたか?」


 そう言って地図を取り出すレア。脳内のマップと照らし合わせながら地図を指差した。


 「ありがとうございます。肝心の支配種が討伐されたなら後は調査隊を送って状況を確認したら終わりでしょう。他に冒険者の遺体はありませんでしたか?」


 「いや、見つからなかった……というかいつものように狩りに行ったらコイツが居たもんだからあんまり周りの探索とかしてないんだ。悪い。」


 「いえ、こちらこそ気を遣わせてしまって。後日、支配種討伐の褒賞がでるでしょうから近いうちにギルドに顔を出してください。楽しみにしておいてくださいね。それじゃあ失礼します。」


 「話は済んだようだな。これは相談なんだが……こいつをどうするつもりなんだ?」


 「どうするって……普通に買い取りしてもらいたいけど。」


 「ヴィート、ここまでの品ってのはそうそう市場に出回るもんじゃねえ。さっきの嬢ちゃんの話では数十年に一度の代物だって言うじゃねえか。ここはオークションにかけてみたらどうだ?」


 「オークション?」


 「ああ。金持ちの貴族やら商人やらが競り合うのさ。珍しいもの好きなあいつらならすぐ食いつくぞ。俺たちへの手間賃はその2割で構わねえ。手続きも全部こっちでやろう。どうだ?」


 「まぁ高く売れるなら頼むよ。」


 「よし来た!任せときな!よーしお前たちボーナスが出るかもしれんぞ!気合入れな!」


 そう言って檄をとばす親方を横目にヴィートは宿へと急いだ。もう日が中ごろまで差し掛かっている。


 宿に戻ったヴィートはオーレリアを見つけて謝罪する。


 「すまん。遅れた。」


 「ああ、構わないぞ。そんなには待っていない。……お前!手はどうしたんだ!?」


 「あ、ああー……通りがかりの凄腕治癒士が治してくれたよ。」


 「ふーん?ずいぶん親切な者がいたものだな?」


 「ははは……。」


 「ま、冒険者に秘密を聞くのはご法度だからな。この話は聞かなかった事にしよう。」


 「悪い。飯でも奢るよ。それくらいは稼いでるんだ。」


 「ふむ?じゃあお言葉に甘えようかな。」


 そういっていつもの煮込みの店にオーレリアを案内した。


 「いらっしゃい。ってヴィートか。いつもので……って隣の人は?」


 「俺だって2人で来るときもあるさ。いつもの2人前ね。ワインは?」


 「いただこう。」


 「じゃワインも2つ。大銅貨4枚だったな。」


 「(昨日のオーレリアさん?どんな関係よ?)かしこまりました!」


 席に着いた2人。さっそくアルバイトの内容について話し出した。


 「それで、アルバイトって何すればいいの?」


 「うーん。それはお前の腕が治るまでの小遣い稼ぎとして提案したものだからな。手が治った今なら普通に狩りで金を稼いだ方が儲かると思うが。」


 「あ、金の問題は今朝解決したから大丈夫。しばらく暇なんだ。」


 「そうか?それじゃあお願いしたい。うちには歳の離れた弟がいるのだが体が弱くってな。あまり外で遊べないせいか冒険に憧れているのだ。そこでヴィートには弟の話し相手になってもらいたい。」


 「えぇ?俺まだ15だし全然冒険してないんだけど。小さい頃から狩りばっかりしかしてないぞ!」


 「しかし私の信用が置ける冒険者はお前しかいないのだ。何もうまく話をする必要はない。わずかでもいいから弟の退屈を紛らわせてやってほしい。報酬は1日銀貨2枚。どうだ?やってくれるか?」


 「まぁそれでいいなら……。」


 「ありがとう。これから時間があるなら面通しをしておきたいがいいか?」


 「ああ。わかった。」


 「弟はニコラスといって今年で8歳になる。気が弱く優しい子だ。」


 「はい、煮込みとパン、それからワイン2人前お待ち。昨日は凄かったわね。見直したよヴィート。」


 「見直した、って前はどんなふうに思ってたんだよ。」


 「悪く思ってたわけじゃないのよ?でもヴィートが戦ってるの初めて見たから。」


 「まあ普通の人は他人が戦ってる所なんて見ないだろうからな。」


 「あなた昨日ヴィートと戦ってた、オーレリアさんね。2人はどんな関係なの?」


 「どんな関係って言われてもねえ。」


 オーレリアの顔をじろじろ見る店員のマリ。


 「美人が珍しいからってそんなに見るなよ。」


 「マリちゃーんお代わり―!」


 「ほら向こうで呼んでるぞ。」


 しぶしぶ呼ばれた方にマリは向かった。かなりこちらを気にしているようだったが……。その後いつもと変わらない煮込みに舌鼓を打ち、店を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る