第11話



 「あいつは?」


 「Cブロック22番エグバードだ。騎士団の若手の中でも腕利きだったフェッシを下してきてる。槍道場の秘密兵器らしい。かなりの使い手だが……正直マシアスやお前みたいな化け物クラスと比べると見劣りするな。とはいえさっきの激戦でマシアスも体力を消耗してるし、もしかすると、もしかするかもしれない。」


 「決勝戦!戦闘剣道場マシアス対槍道場エグバード!両者位置について!」


遠目では2人の表情まではうかがえない。観客席は最後の戦いという事で奇妙な達成感、そして緊張感に満ちていた。


 「始め!」


 合図がかかる。エグバードが一気に距離を詰め、突きを放つ。全身をばねのようにしならせ高速で放つエグバード得意の突きだ。


エグバードの槍は普通の長さでごく一般的な槍である。そのスペックを最大限に活かせるのが突きである。ヨセフの短槍、ハリーの長槍とは違う槍本来の強みがある。


 かなりの速度があり普通の武芸者なら苦戦必至だろうが、相手はマシアスであった。さらにマシアスは先ほどのヴィートとの戦いでスイッチが入ってしまっている。ボルテージは最高潮、テンションマックスなのだ。残念な事にエグバードはしばらく遊ばれたのちにあっさりと転倒、とどめとなった。


 「そこまで!今大会優勝は戦闘剣道場マシアス!」


 観客席が沸き、場内を歓声が満たす。強くて、顔が良く、物腰も柔らかい。マシアスが人気でない訳がないのだ。


 「はぁ。やっぱり番狂わせはそう起こらねーもんだな。」


 「優勝賞金逃しちまったから、明日からまたバッファロー狩りだ。」


 「ヴィート。その前に君は手を治せ。狩りなんてもってのほかだ。」


 「あ、忘れてた。しばらく休めるだけの貯金はあるけどまた剣が遠のくなぁ。」


 「君さえよければうちでアルバイトしないか?給金ははずむよ。」


 「マジで?考えとくよ。南区の“星光の誓い亭”に宿をとってる。そこに連絡してくれ。」


 「え、お前あんないいトコに宿とってんの?流石稼いでんなぁ。」


 「アルバンは?実家王都だっけ?」


 「おう。実家は軍人でな。魔物討伐でそこそこ活躍して一代限りの貴族位をもらってるよ。俺も兵士になろうと思ってる。」


 「へぇー。オーレリアは?」


 「私の家も似たようなものだ。そろそろ授与式が始まる様だぞ。」


 舞台では3人が賞金を授与されている。優勝賞金は金貨30枚だが準優勝で金貨10枚、3位で金貨5枚だ。3位は噂のフェッシという男らしい。責任者らしい高位の軍人が何か言っているがヴィートには右から左である。


 「さー、かえって今日のヒーローを祝ってやりますかね。店って決まってんの?」


 「ああ。師範が馴染みの店を用意してくれるってさ。」


 「オーレリアも来るかい?」


 「残念だが騎士剣道場でも祝勝会があるのだ。悪いが辞退させてもらおう。」


 「そりゃそうだ。オーレリアは主役だもんな。」


 「む、軽々私に勝った君が言うと腹が立つな。今日はヤケ酒だ。」


 「ははは、ほどほどにな。それじゃまた会おう。」


 「ああ。アルバンも元気でな。ヴィートにはまた連絡する。」


 そうして大会は終わり、観客たちはみな帰途についた。そんな中、戦闘剣道場生はアンドレ師範の元に集まっていた。


 「よーし、集まったな。それじゃいくぞ。今日は俺の奢りだ。じゃんじゃん食って飲んで、騒いでくれ。」


 「いよっ!師範!太っ腹!!」


 師範に先導されて店にむかう……はずがどうも見覚えのある道だ。そう今朝通ったような……。


 「わすれものですか?」


 「そんなわけあるか!ほれ見えてきたぞ。」


 見えてきたのはいつものフォルム。戦闘剣道場だ。しかし臭いが違う。肉の焼ける香ばしい臭いが辺りに漂っている。師範に促されて中に入ると野外練習場一杯にコンロとテーブルが並んでおりどんどん肉が焼かれていた。


 「ふふふ。店にこんな人数入らんそうだからな。無理をいって来てもらった。さあお前たち、席につけ!」


 今までにない機敏な動きで席に着く道場生。そこに杯が配られる。中に入っているのはワインのようだ。


 「それじゃ、マシアスの勝利と皆の健闘に乾杯!」


 「「「「乾杯!」」」」


 ワインをあおる。ぬるいが激闘の後だ、疲れにしみいるようなうまさがある。そこに次々と焼かれた肉が運び込まれた。マッドバッファローの物だろう。たれに漬け込まれているのか少し色が変わっている。


 左手がつかえないためそのまま塊に噛り付く。少し臭みがあるものの下味がしっかりついてうまい。肉の余韻が残った口にワインを流し込むとえも言われぬ幸福感だ。


 周囲を見るとワインの樽に群がり勝手におかわりしているようだ。肉だけだと足りないと判断されたのかパンやゆでた芋も配られている。


 ヴィートは初出場で、さらにマシアスと良い所まで競ったという事でワインを次々に注がれている。師範の奢りのせいか皆気前がいい。


 「いやーお前の戦いはすげえや。心が震えるぜ!」


 「ヴィートさん!いやヴィート先輩と呼んでも?」


 「大した奴だよお前は……ほれ、ぐっといけ!」


 度数が低い為そこまで辛くはないが、いままでこんなに賞賛されたことのないヴィートはむず痒さを感じていた。そこにアルバンがネイルを連れてやってくる。


 「いようヴィート!飲んでるか?」


 「アルバン。それにネイルも。ネイルはどこまでいったんだ?」


 「第2回戦で騎士にやられた。お前とも試合したかったんだがな。ま、準決勝を見るに俺が負けてたろうが……。」


 「わかってるじゃん?」


 「いい気になるのも今だけだ。絶対に追いつくからな。覚悟してろ!」


 「あっちでマシアスが飲んでるぞ。一緒に優勝者サマに一献、と行こうや。」


 「お、いいねぇ。」


 3人でマシアスの所まで行く。すると師範とマシアス他数人が固まって飲んでいた。


 「マシアスー。おめでとさん。」


 「ヴィート!手は大丈夫だったかい?」


 「骨折は綺麗にくっつけてもらった。あとは腫れが引くまで安静に、だってさ。」


 「良かった……。心配してたんだ。僕がヴィートの剣士生命を絶ったんじゃないかって。」


 「大丈夫だって。それにもしこれで剣が握れなくなっても俺の責任だ。勝つために無茶したのは俺だからな。」


 「そりゃそうだ。普通の人間は手を盾代わりには使わねえ。」


 「大体冒険者って安全マージンを大きくとるもんじゃないの?」


 「そこ!うるさいよ!」


 茶々を入れるアルバンとネイルに釘を刺す。近くでワインを飲んでいた師範が四人の姿を見つけて話しかけてきた。


 「ま、今日の大会はいい薬になったろう。ヴィートだけじゃなく皆にとってもな。ヴィートは思い付きで行動する所がある。身体能力が高いせいだろう。心のどこかで“どうにかなる”と思ってるな?もう少し事前に準備をしておくことだ。今日だって装備を鉄甲にしておけばよかったんだからな。


 アルバン。お前は何かと器用にこなすがいざという時の度胸がたりん。今日のヴィートとマシアスの試合を思い出せ。一線を踏み越えろ。


 ネイル。お前も器用なタイプだな。お前に足りないのは経験だ。もっと数をこなせばマシアスの様に先が読めるようになってくる。


 マシアス。お前は才能がある。それ故に同等の力を持った奴や格上相手に弱い。普段から強い奴と闘い慣れてないんだ。もっと強くなるならこの道場にいつまでもいるべきじゃないかもしれんな。ま、それはお前次第だ。」


 皆思う所があるのか黙って聞いている。


 「どうしたお前たち。手が止まってるぞ!明日からも練習は続くんだ。どんどん食ってどんどん練習しないと強くならんぞ!」


 そう師範から発破をかけられて食事に戻る。皆が強くなることを夢見て。それから数時間、用意されていたワインの樽が全て底をついてその日はお開きとなった。そしてその帰り道の事。


 『はー、食った食った。』


 『ご苦労様だなヴィート。しかし優勝できなかったのは惜しいな。剣が遠のく。』


 『オーレリアが言ってたアルバイト頼りかなー。手が治れば狩りと平行でやれるんだけど。』


 『少し、魔法での治療を試してみるか?身体強化と同じ要領だ。魔力を使って傷を埋めればいい。』


 『駄目でもともと、やってみっか。』


 そう言って魔力を左手に集めるヴィート。宿命通で炎症を起こし酷い状態であるのがわかる。そこに魔力を凝縮させて注ぎ込んだ。脳裏でイメージするのは昼間の治癒魔法だ。時間がまき戻るかのように腫れが引いていく!


 『勢いでやってみたけど……どうやってごまかそう……。』


 酒に酔ったヴィートは何も考えずに魔法を試していたのだった。とりあえず魔法は〈セルフヒーリング〉と名付けた。宿命通の効果で自分の傷はどういった状態かすぐに分かるが、他者を治療できる気はしない。そのためセルフ、と名付けたのだ。


 『まあ腕のいい流れの治癒士に頼んだ、とでも言えばいいだろう。適当に設定を盛ってな。』


 『えぇ……すぐばれそう……。』


 『ばれてもよい。普通の人間ならばそう言われると“何か秘密なのだ”、と勘づくものだ。』


 『そんなもんかな?ま、いいや。』


 聖職者で無いものが治癒魔法を使う事がこの世界でどれほど非常識な事かヴィートが知るのは随分後になってからの事だった。


 そんな事とはつゆ知らずヴィートは宿へと戻りベッドに倒れ込む。その顔は幸せそうだった。



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