第10話

 トーナメント第2戦が終了し、しばらく小休憩が与えられ、控室へと戻る。控室は大分人数が少なくなってきている。残った人間は4人。オーレリア、ヴィート、マシアス、そして見たことない男。他道場の者らしい。マシアスが勝ち上がってくることを信じ、その男はスルーすることにする。


 「よぅ、マシアス。無事勝ち上がってきたようだな。」


 「ヴィート。君もね。」


 「しかし、準決勝でマシアスとやるのもなー。いつも道場でやってるしなー。」


 「君って奴は……こういうちゃんとした舞台で決着をつけるのがいいんじゃないか。燃えるだろう?」


 「マシアスって爽やかな振りしてるけど結構熱血だよな。まぁ確かに燃えるよ。ライバルだしな。」


 「ふふふ。だろう?」


 「ヴィート。君はもう私に勝った気でいるのか?心外だな。」


 オーレリアが話に加わってくる。


 「い、いやそういう訳じゃ……。悪かったよ。」


 「君は?」


 「次のヴィートの対戦相手で騎士剣道場生のオーレリアという。よろしく。」


 「ああよろしく。戦闘剣道場のマシアスだ。」


 「マシアスとは同門で、ライバルなんだ。今の所残念な事にコイツが勝ち越してる。」


 「なんだって!?君に勝ち越してるのか!?」


 オーレリアは今までの戦いからヴィートの実力をかなり上に見ている。


 「ヴィートは確かに強いけど、勝てない訳じゃない。人である以上かならず癖があるからね。そこに合わせればいいだけさ。」


 「……。(ヴィートは狂剣と呼ばれてるらしいが……このマシアスという男も大概だな。)」


 「準々決勝を開始します!皆さん入場して下さい!」


 4人ともそれぞれの武舞台に上がる。


 「第7試合、騎士剣道場オーレリア対戦闘剣道場ヴィート!位置について。」


 位置についたヴィートが静かに口を開く。


 「オーレリア。」


 「何だ?」


 「俺は全力を出さない。俺に全力を出させたいなら食らいついてみせろ。」


 「大きく出たな。調子に乗った子には……少しお仕置きが必要だ。」


 「始め!」


 オーレリアは今までと同じくバックラーを相手に向け片手剣を隙なく構えている。ヴィートは先ほどの第六試合での構えが気に入り、剣の切先が斜め下に向いた下段構えだが両手では握っていない。何かあれば使えるように片手は添えるだけだ。


 闘気を滾らせてヴィートが接近する。下からの切り上げだ。オーレリアは攻撃の起点にするためバックラーで受ける。と次の瞬間、空いていた片手でバックラーを掴まれた!抵抗しようにもびくともしない。互いに手をつないだような状態である。


 当然そんな状態で戦った経験は双方ともない。が、力において劣っているオーレリアにはかなり辛い体勢と言えるだろう。片手剣がヴィートの頭を狙うたびにぐっとバックラーを引き寄せられ狙いがブレる。


 「放っ……せぇ!」


 オーレリアがしっかりと体勢を整えバッシュを放つ。流石に全身の重みが乗ったバックラーを片手で抑えることは出来ず距離を開けた。


 「ずいぶんと手癖が悪いんだな。」


 「自分のスタイルを確立している、と言ってくれ。」


 「……なあヴィート。私は……君の本気と戦いたい。今の状態でも本気ではないのだろう?」


 「……手加減できない。後遺症が残る怪我をさせるかもしれない。」


 「それでもいい。頼む!このままだと私は胸を張って君と戦ったと言えない!私は、たとえ負けても全力で戦ったと胸を張りたい!」


 「……後悔するなよ。」


 そう言って魔法を解禁するヴィート。剣を逆手に構え守るように腕の後ろに回した。身体強化魔法を全身にかける。


 一瞬だった。観客も審判も見えない一瞬のうちにオーレリアは武舞台からその姿を消していた。一瞬でオーレリアに接近したヴィートは両手でオーレリアを突き飛ばしたのだ。


 「げっほ、ん、おろぉぉぉぉお」


 あまりの速さで飛ばされたオーレリアはほうぼうの体で着地し、その負荷に耐えきれず胃の中の物を戻している。


 「そこまで!勝者ヴィート!」


 目の前で起こった事を把握するのに時間を取った審判だったがここにきて正気に戻ったようだ。本来なら場外と判定するべきところだが一瞬のうちに場外に出し、出された方が戻すほどの衝撃だったことを考えると判定を場外に納めることは出来なかった。


 ヴィートがオーレリアの様子を見ようと近づく。


 「見るな!見ないでくれ……こんな姿見せたくない……。」


 戻したところを見るのは確かに不躾だったか、と無言で立ち去ったヴィート。拒絶したオーレリアの声には嗚咽が混じっているように聞こえた。


 (やりすぎた……。絶対に嫌われた……。)


 強烈な自己嫌悪にさいなまれるヴィート。申し訳なさも相まってオーレリアの方を見ることが出来ない。いや、見るなと言われているのだが。結局、係員がオーレリアに付き添って救護室へと連れて行った。なんとも後味の悪い勝利だった。


 準々決勝は休憩が挟まれないようだった。しばらくの間をおいて直ぐに試合が始められる。残りの4試合(準々決勝2戦+3位決定戦+決勝)中央武舞台で1戦ずつ行われる。


 「準決勝第1試合は戦闘剣道場マシアス対戦闘剣道場ヴィート!位置について。」


 「どうしたんだいヴィート。ずいぶん気落ちしてるようだけど。」


 「ほっといてくれ……自己嫌悪だ。」


 「ふーん?後で負けた時に全力が出せなかった、って言い訳されても困るんだけど。」


 「わかったよ。きちんと切り替える。これでいいだろ?」


 「よろしい。せっかくの大舞台、楽しまないとね。」


 「……悪い。世話かけた。」


 「いいよ。僕たちライバルなんだろ?」


 「ああ!」


 「始め!」


 始まりの合図が発されるも両者動かない。じりじりとすり足で距離を詰めていく。マシアスは正眼の構え、ヴィートは片手を空に、もう片方を逆手持ちで剣を構えている。


 「新しい構えだね。」


 「日々成長してるもんで。」


 「成長してるのが自分だけだと思わないことだ……よっ!」


 一気に踏み込んでくるマシアス。今までのマシアスでは考えられない動きだ。剣を躱したヴィート、マシアスの動きに合わせて首元を掴む。第6試合で見せた“背負い投げ”だ。つかみにくい革鎧だったことも相まって完全には決まらない。途中で制御できず手が放れてしまった。とっさのことで驚いたマシアスだったが自分から転がる事で投げの威力を殺す。


 今一度向かい合う両者。今度はヴィートから攻める。構えを上段に構え足から背中にかけて強化魔法をかける。腕や肩は強化しないが背中と下半身を強化することで木剣が折れないギリギリのライン、現状で最速の振り下ろしを放つ。


 すさまじい速さの振り下ろしに対応が一歩遅れるマシアス。すんでの所で躱し革鎧にかする。パリッと音がして革鎧が裂けた。息つく間もなくマシアスの反撃が襲う。狙いは手元。先ほどの一撃に力をこめ過ぎたヴィートは躱せず、こちらも手の甲にかする。


 この攻防で火が付いたのか覚悟を決めた2人は勝負に出る。袈裟斬るヴィート。マシアスは躱しながら反撃を放つ。が、それはヴィートの左手で。ここに至ってヴィートは完全に防御を捨てていた。いくら馬鹿高いヴィートのステータスでも硬い木剣で強かに打ち据えれば痛みもあれば傷も負う。それを承知で受けたのだ。


 ヴィートの顔に笑みが浮かぶ。このタイミングでの奇策はマシアスにとって効果的だった。その隙に鋭い突きを放つ、がそこはマシアス。この程度の奇策は読んでいたとばかりに剣を受けた。


 (流石だなマシアス。だからこそ負けたくない!)


 試合の流れはヴィートに傾いている。左腕を盾代わりにすることで防御に気を回さなくてもいいのだ。その攻撃は鋭く、勢いあるものになる。


 互いに一歩も引かず剣を振り続ける二人。躱し、殴り、蹴り、斬り、突き、投げ、転がる。濃密な戦場の空気が2人を中心に広がっている。


 「そこまで!」


 審判から声がかかる。試合終了の時間だ。それでも二人は止まらない。


 「時間だ!そこまで!」


 係員と審判が総出で無理やりヴィートとマシアスを取り押さえる。極限の集中状態だった2人は試合が終わった事にまったく気が付いていなかったのだ。取り押さえられてようやく我に返る2人。互いにぼろぼろである。マシアスは戦いのなかで革鎧が裂け、見える範囲でもあざが多数できている。ヴィートは体の方は大したこと無いが、盾に使った左手は酷い物だ。腫れあがり色が変わっている。おそらくは骨折しているだろう。荒事に慣れている道場生たちも直視できないほどだ。


 「試合は?どっちが勝った?」


 「今しばらくお待ちください。只今審議中ですので。」


 「よ、マシアス。酷い怪我だな!」


 「君もね。その、左腕は、使えるのかい?」


 「わかんねえ。ま、なんとかなるっしょ。終わったら救護室だな。」


 「相変わらず無茶するね。……それは人の事言えないか。」


 「審議が終了した!この勝負、マシアスの勝利とする!」


 周囲が沸き立つ。甘いマスクのマシアスは人気があるようだった。しかし勝ったというのにマシアスは苦い表情だ。結果に不満らしい。


 「審判が僕を勝たせたのは、君が左手を盾にした際に実戦なら左手が切り落とされて継戦不可能だと判断したから、だってさ。」


 「ま、そうだろうな。」


 「でも君が手を切られたくらいで止まる訳ない。それなら体に剣を受けた僕の方が実戦では死んでるはずだ。」


 「そうかな?」


 「そうだよ!」


 「そうだとしてももう決着はついたさ。とりあえず俺は手を診てもらってくるわ。」


 「……。」


 「マシアス!帰ったらまたやろうぜ。」


 「……ああ!」


 武舞台を降り、通路を通って救護室まで向かう。闘技場の救護室では今回の為に特別に雇われた、治癒魔法の使い手とオーレリアが待っていた。


 「負けちゃった。」


 「何だその手は!酷い怪我じゃないか!」


 「これは……手酷くやりましたね……。」


 「先生。治りますか?」


 「私の力で全部は無理ですが、骨折さえきちんと直せば後遺症も少ないでしょう。それではいきますよ。『光の精霊よ。契約に従い、わが声に答えたまえ。わが祈り聞き届けたまえ。この者の傷を癒したまえ……治癒』」


 ヴィートの全身を光が覆っていき、その光は次第に左手に集まってくる。宿命通があるため、ヴィートには自分の骨が正しい位置に戻りくっついていくのを感じ取っていた。


 「おお!先生ありがとうございます!」


 「いえいえ。あと、さっきから先生って言ってますが私は医者じゃありませんよ。普段の仕事は僧です。後は腫れに効く塗り薬を塗りましょう。二週間は左手を安静にしておくことです。」


 「はーい。」


 そういった後に僧侶は塗り薬を塗り、包帯を巻いてくれた。


 「あそこまでの怪我をするなんて一体どんな試合をしたんだ。」


 「ちょっと熱くなっちゃってね。左手を盾代わりにマシアスに突っ込んだのさ。」


 「滅茶苦茶だな……。是非見たかったな。惜しい事をした。」


 「暇なとき戦闘剣道場に来てみるといい。昼以降はいつもマシアスと練習してるから。オーレリアはその……もう大丈夫かい?怒ってない?」


 「ふふふ。怒ってなどいない。しかし、あれだけ大きなことを言っておきながら手も足も出なかったな。私は。」


 「いや、あれはズルみたいなもんで……。」


 「いや、気を遣わなくていい。私は騎士剣道場では負けなしだったんだ。師範を除けばな。それで調子に乗ってたみたいだ。今日、大会に出てみて思い知ったよ。上には上がいるんだな。」


 「オーレリア……。」


 「ヴィート。私は必ず強くなる。そしてお前の全力に勝って見せる。だから待っていてくれないか?」


 「ああ。待ってる。冒険者だからいつかはこの国を出るけど、オーレリアと闘いに戻ってくる。」


 「約束だぞ。」


 救護室の外からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえる。勢いよくドアが開けられると係員が入ってきた。


 「ヴィート選手!手の具合はどうです?C、Dブロックの敗者と3位決定戦が行われますが、出られそうですか?」


 「いやこの手だからな。無理だ。」


 包帯でぐるぐる巻きになった左手を見せる。


 「残念です。ヴィート選手は人気なんですよ。獣の様な荒々しい戦いが誰でもわかる派手さで大うけです。どうしても熟練者同士の試合は通好みの地味なものになりがちですから。それじゃ報告してきます!」


 そう言って係員は去っていった。


 「ほんじゃ、まあ決勝だけでも見に行きますか。オーレリアは?」


 「私も行こう。それでは治癒士殿、世話になった。」


 「ええ、いってらっしゃい。」


 通路を抜け2人で観客席まで向かう。と、観客席に座っているアルバンを見かけて声をかけた。


 「うす。アルバン。ここいいかい?」


 「おお、座れ座れ。しっかしお前の試合は凄かったな!馬鹿だ馬鹿だとは思ってたがここまでの大馬鹿だとは思わなかったぞ!」


 「うるせー。で、今は?」


 「決勝の前の休憩がとられてる。もうすぐ始まるところだ。」


 「間に合ったみたいだな。」


 「オーレリアは大丈夫だったか?」


 「あ、ああ。大したことはなかったよ。」


 そう答えながら顔を真っ赤にするオーレリア。どうやら戻したところを観客に見られたのを思い出したようだ。


 「あー、その、なんだ。気にするなよ。こいつの馬鹿力で吹き飛ばされたんだ誰だってああなるさ。」


 「いや、気にしてなど!そう騎士を志した時に女である事は捨てたのだ!戻すくらいなんだというのだ!」


 「オーレリア!声が大きいって!」


 ヴィートがオーレリアの口を抑える。幸い周囲も騒がしくそう目立ってはいなかった。顔を真っ赤にしたオーレリアの目元には涙がにじんでいる。


 「アルバンも、もうそのことには触れるなって。な?」


 「ああ、俺もうかつだった。悪い。」


 「ほら、そろそろ始まるぞ。」


 ヴィートが顎で武舞台の方を指す。舞台ではマシアスと槍を持った見たことない男が入場してきた。

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