(おまけ)サクラの季節

 窓から差す暖かさに目を覚ます。

 少し寝すぎてしまった。テレビの季節予報は、もう新しい季節の訪れを告げていた。

 冷蔵庫は空だった。仕方がないので、ダンゴムシ姿のまま外に出た。

 昼過ぎの商店街は混んでいた。子供連れも多い。途中、正義のヒーロー姿の母親と、その足元を元気に跳ねまわる子犬の親子とすれ違う。子供の方にとんでもなく怯えられ、母親が「大丈夫よー」とそれを穏やかになだめつつ、すみません、と頭を下げてきたので、いえいえ、とこちらも頭を下げて通り過ぎる。なんとなく、その母親にじっと見つめられた気がして、どこかで会っただろうかと記憶を探る。あと一押し、といったところで、結局出てこなかった。

 パン屋でいつものパンを買う。週一で通っているため、店主とは顔なじみである。

「今日は珍しい恰好だね」

「あー、寝るとき楽なんですよね。月輪さんこそ、今日はヒトじゃないんですね」

「ちょっと寝坊しちゃってね」

「分かります」

 天気がいいのでそのまま公園まで歩くと、知り合いが一人、ぽつんとブランコに座っていたので声を掛ける。

「おう」

 知り合いは怪訝な顔をこちらに向けた。いつまでも警戒心の強い奴だ。

「なんだシゲさんか」

「何してるんだ?」

「母さんと弟を待ってるの。荷物持ち頼まれて」

「あ。そっか、おれさっき会ったわ、弟に超怯えられたけど。お前何かしたの」

「してない。ていうか何でシゲさんその恰好してるの」

「寝るとき便利でさあ。冬眠しても体痛くならないんだよな」

「ちょっと。そういう使い方しないで」

「おれはこだわりがあるわけじゃないから」

 急激にむくれた友人を見下ろして笑う。そのときふっと、そういえば以前、聞きそびれたことがあったと思い出す。

「そういやこないだの電話、あれなんだったんだ?」

 ぎくりと友人があからさまな反応を示す。目線を縦横無尽に移ろわせ決してこちらに合わせようとしない。

「今日テレビ見て知ったんだけど、季節予報、なんか大外れしたみたいだな。お騒がせしましたって言ってたけど、それ何か関係ある?」

「知らん!」

「おい、モリ!」

 ヒト姿の友人はブランコから飛び降りてダッシュで逃げてしまった。いつもの恰好であれば追いつけるのだが、この姿では不可能だ。

「まったく」

 やれやれと首を振り、電話を掛ける。

「はい、浦島です」

「浦島、お前なんかモリのこと知ってる?」

「ああ。シゲユキくん。このあいだはどうもありがとうございました」

「ほんとにな。なんでおれがお前のために憎まれ役買って出なきゃいけないんだよ」

「私のためじゃなくて、モリのためでしょう?」

「…」

「そのおかげで、モリとは無事仲直りできました」

 ふふ、と浦島が嬉しそうな声を漏らす。

「それで?モリがどうかしたの?」

「…いや、やっぱ自分で聞くわ」

 電話を切る。

 貸しを返してもらおうと思ったら実は弱みを握られていたみたいな事態に陥っていた。全然腑に落ちない。

 ブランコに座り、脚に下げていた紙袋からパンを取り出す。

「あーうめえ」

 巡った季節の中で、おれは相変わらずいつものパンを齧っている。

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擬ギ日記 コオロギ @softinsect

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