第3話 ユウグレの季節 

 着替えずにうっかりいつもの恰好で実家を訪ねてしまい、弟に怯えられる。

 呼び鈴を鳴らすために立ち上がったのがまずかった。弟は気配でわたしが来たことを悟ったのだろう、母の開けた扉の隙間から「お姉ちゃん!」と飛び出してきたので、わたしは抱き留めようとスタンバイした。そのときにあ、やばい、と気づいたけれどもう手遅れだった。裏面のわさわさをゼロ距離で視界いっぱいに収めた弟の笑顔は凍りつき、一瞬にして恐怖に染まった。甲高い悲鳴を上げながら家の最奥へと逃げ込む弟を棒立ちで見送る。

「あら、今日はヒトじゃないのね」

「休みだったんだよ…」

 落ち込むわたしを尻目に「モモー、この人お姉ちゃんよー」と母の朗らかな声が弟の後を追う。

 今後のこともあるので、なんとか慣れてもらおうとソファーに無理やり二人で座ってみたものの、弟は固まり、さらには小刻みに震え出す。

 見かねた母がわたしに丸まるように言い、わたしが言われた通り丸くなると「ほうらモモ、おっきなボールよー」とわたしを弟めがけて転がし始めた。初めは嫌がって避けていた弟は、しかし母が何度も「ほうら、ただのボールよー怖くないよー」とわたしを放るうちに、だんだんとわたしがただのボールに見えてきたらしい。最終的にはわたしをごろんごろん転がして遊んでいた。

 そのうち疲れたのか弟が寝始めたところを「今のうちよ」と母に言われ、わたしは追い出されるように実家を後にした。

 冷たい風が目に沁みる。

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