獣人と発情期のお話。
「……発情期?」
耳慣れない単語にぽかんとしながら反芻したら、そうだ、とアーダルベルトが真顔で頷いた。いやいや、何その設定?ワタシ、『ブレイブ・ファンタジア』のヘビーユーザーだった自覚あるけど、そんなの聞いたことねぇよ?
「え?マジで?そんな獣みたいな習性、残ってんの?」
「残っているな。種族関係無く個人で周期は異なるし、別にその時期で無ければ子が出来ないというわけでもないんだが」
「……うっわー。何その
「ミュー?」
「いや、こっちの話」
思わず顔がにやけそうになったので、オタク腐女子の必須スキルである表情筋の操作で無表情を装ってみた。にやけてはいけない。例え目の前に与えられたのが、極上すぎる餌であったとしても、ここでヒャッハーしちゃうと、ワタシの人様に知られると大変面倒くさい趣味が暴露されることになるので。
……え?いや、ワタシ、こいつらに腐女子とかバレてませんもん。オタクもバレてませんもん。だってこの世界にオタクの概念も腐女子の概念も無いし。ワタシがイケメン眺めて妄想に耽っていたって、表に出さなければ誰にもバレませんからね!そこはちゃんと弁えて、大人しく黙ってますよ。当たり前じゃないですか。
事の発端は、本日アーダルベルトの傍に居ない、忠犬一号の狼さんことエーレンフリートのお話だ。
どんなことがあっても、それこそ自分が発熱してようがアーダルベルトの側で護衛やりそうなエーレンフリートが、今朝から見当たらない。代わりのように、虎獣人のお兄さんが護衛に付いている。なお、今は壁の花よろしく沈黙を守っておられます。会話に割り込む近衛兵って、よく考えたらライナーさんとエーレンフリートだけだった。まぁ、普通に考えて近衛兵は口挟まないよね。付き合い長いと違うってことだろうか。
これがどれだけ異常事態かわかりますでしょうか?ワタシの記憶に有る限り、ヤツがアーダルベルトの側を離れたのは、ワタシが連れ回した時ぐらいです。同じように、ライナーさんがワタシの側を離れてもいない。
それなのに、いない。誰が無理矢理引きはがそうとしても、力ずくで全部ぶっ飛ばして戻ってきそうなエーレンフリートが、いない。異常事態としか思えませんでしたが、何か?
んで話を聞いてみたら、実に端的に「発情期で自宅謹慎中だ」とのお答えをくれた覇王様。獣人に発情期があるなんて、ワタシは知らなかったよ。知らなかったよ?ねぇ、知らなかったんだけど、そんな追加設定!知ってたら、もっと早くに情報を集めて、によによしてたんだけど!?
「つまり、発情期になると外に出られないってこと?」
「いや?個人差があるからな。普段より多少そういう気分になりやすいだけ、という者もいる。俺やライナーはその口だ。ただ、エレンはな……」
「根が生真面目ですので、発情期だからと色街に向かう性格でもありません。なので、ひたすらベッドの中で堪えてますよ、あいつは……」
「……うわー、何か想像できたー。想像できたー。めっちゃエーレンフリートっぽいー」
そうだよねぇ。アーダルベルトとかライナーさんの性格だったら、それも必要なことと割り切って、水商売系のお姉さんに相手して貰うことも可能だろうけど。エーレンフリートは無理だろ。あいつ、頭の中、アーダルベルトに仕えることしか入ってないもん。そんなあいつに、発情期ってのを理由に、好きでもない女抱いてこいとか言っても、絶対行かないな。それなら部屋に立てこもるな。うん、予想出来た。
獣人の発情期ってのは、まぁ、多分、獣だった頃の名残なんだろうという感じ。ちょっとそういう気分になりやすくなる、らしい。あと、女性は妊娠しやすくなるんだとか。だから、女性の場合は、発情期になると仕事を休む人が多いとか。……まぁね?発情期って、接する異性に多少なりとも影響するんだと。そんな事故みたいな状況で妊娠とかしたくないよね。どっちも可哀想だ。
んで、影響が出やすいエーレンフリートは大人しく自宅待機。仮に発情期になっても影響があんまり無い覇王様とライナーさんは、普通に仕事をしてる、と。個人差あるってのも大変なんだなぁ…。いっそ、全員同じレベルだったら、仕事休むヒトも苦にならないだろうに……。
っと思ったら、発情期を理由に仕事を休むのは当然の権利とかで、誰も気にしてなかった!ホワイト企業か!
流石、福利厚生がしっかりしてるガエリア王城です。女官長と宰相閣下のお二人が、きっちり目を光らせてくださってるみたいです。……まぁ、その宰相のユリウスさん、皇帝陛下と同じレベルで
「つーか、アディは全然平気なんだ?」
「平気だな。自分が発情期で、隣に発情期の女性がいても、まったく気にならんな」
「お前どんだけ鉄壁なんだよ。ある意味部下泣かせだろ、それ」
「何がだ」
「トップがそこまで鉄壁だと、制御できない自分が悪いとか思いそうな狼が一匹いるじゃん?」
やれやれと肩を竦めながら呟いたら、パチパチと拍手の音が聞こえた。振り返れば、ライナーさんがにっこり笑っていた。流石です、とでも言いたげな微笑みだった。おう、やっぱりそうでございましたか。自主的に自宅待機してるとはいえ、あの生真面目なエーレンフリートだもんね?自分の未熟がどうのとか言ってるんじゃないの?と思ったわけですよ。当たってたらしい。
多分、エーレンフリートは普通なんじゃないかな?ただ、性格がアレなせいで、上手に発散できないタイプってだけだろ。アーダルベルトが色々とおかしいんだと思う。だって、アーダルベルトが自分の状況を説明してるときの、ライナーさんの微妙そうな顔……。ライナーさんは制御できるけど、そこまで鉄壁じゃ無いって事でしょ?
やっぱり覇王様は規格外だった。
「ライナーさん、こいつやっぱり規格外なんですよね?」
「……そうですね。発情期でありながら、通常とまったく変わらない状態でいられるのは、陛下ぐらいかと」
「ライナーさんも、ちょっとは変化あります?」
「表に出さないようにはしていますが、勿論常よりは揺らぎやすいと自覚しています」
「じゃあやっぱりお前が変なんじゃん」
「変と言うな」
いや、変で良くね?
一般的な獣人の感覚からどんだけ離れてんだよ。流石すぎるわ、覇王様。っていうか、アレだなぁ。そういうところまで、滅私奉公っぽいのどうにかならんのか、お前。私的の部分が根こそぎがっつり削られすぎなんだよ、バカ。本当に本気で、個人としての自分を捨てにかかってるようで心配になるわ。発情期ぐらい人並みに成人男子らしい反応見せろよ、この野郎。
当たり前、みたいな顔してそこにいるアーダルベルトの額を、人差し指でぐりぐりする。別に怒られなかった。エーレンフリートがいないから、いつもみたいに殺気が飛んでくることも無かった。なので、ワタシは子供っぽいと思いつつも、覇王様の額をぐりぐりするのです。ツッコミ入れるみたいな気分で。
「ミュー、何がしたいんだ」
「いやぁ?お前本当に、どうしようもないぐらいにバカだなぁって思って」
「バカと言うな」
「バカだろ。雁字搦めで鉄壁しやがって。ちったぁ普通の成人男子っぽく、色恋やら生理現象やらに普通の反応示しやがれ」
「……色恋に関しては、貴様にだけは言われたくないぞ」
「うっせー!」
確かにワタシもトキメキとか恋愛とかにはご縁が無いけど、そこは黙らっしゃい!ワタシは別に良いんだよ!ただの気まぐれな何かによって召喚された
とりあえず、エーレンフリートが可哀想だなと思いました。
「それじゃ、しばらくエーレンフリートいないってことは、アディの護衛は他の近衛兵さんで持ち回りになるの?」
「まぁ、そうなるな」
虎獣人のお兄さんが、すっと頭を下げてきた。宜しくお願いしますということだろうか。その顔が若干引きつってるように見えるのは気のせいだと思っておこう。ごめんね!ワタシ達、いつもこんな感じでギャーギャーやってるので!
「なるべく早く復帰すると呻いておりましたけれどね」
「呻いてたんだ」
「呻いてましたね。……夜にでも様子を見て参ります」
「お大事にって伝えてね」
「はい」
にこやかに微笑むライナーさんに、伝言をお願いしておく。普段何だかんだで敵意ばっかり向けられてる気がするけど、それでもエーレンフリートがいないと寂しいしね。何だかんだであの狼の行動はわかりやすくて可愛いと思う。
あと、ライナーさんとセットでワタシの観賞用なので、早く復帰してくれと思う!え?お前煩悩に忠実すぎるだろ?忠実で何が悪いのですか。近衛兵ズは本当に素晴らしく仲良しで、ワタシの萌えをいつも満たしてくれてるんですからね!
後日、発情期で定期的に休む獣人さん達と違ってそんなもの存在しないエルフなユリウスさんが、マジでブラック企業レベルのスケジュールだと知ったので、おやつ突撃は定期的に頑張ろうと思いました。マル。
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