【IF】世界の特異点な参謀閣下のお話。


 拝啓、神様。いや、この世界なら女神様か。とにかく、運命を司る神様がいるというのなら、ワタシは貴方を恨み、呪い、そして、感謝する。ワタシがこの世界に居る、そのことだけは、感謝する。


 けれどこの状況は、何一つありがたくない。


 走るのは苦手なのに、必死こいて走り続けてるの本当に勘弁して欲しい。側に居たはずのライナーさんとは、途中ではぐれた。流石に、崖を滑り落ちたのは、不可抗力だ。ワタシの腕を掴もうとして敵に背を向けたライナーさんが斬られたように見えたけど、どうか無事でいてくれますように。

 背後から追いかけてくる奴らは、本当に容赦が無い。生け捕りじゃ無くて抹殺が目的なのか、魔法も暗器もどんどこ投げてくる。勘弁して欲しい。厨二病魔道士ラウラお手製の魔道具の防御結界も、連続してあまりにも負荷をかけすぎたのか、さっきからあんまりまともに発動してない。いや、ワタシの反応速度が落ちてるだけかもしれない。

 救いは、必殺最終兵器な回復系魔道具が、ちゃんと仕事してくれてることだと思う。流石に、国宝級とも言える化け物魔道具は良い仕事をする。自動発動オートモードでリザレクションが発動するので、怪我をしてもすぐに回復するから、走り続けられる。とはいえ、体力は回復しないし、流した血は回復しない。痛みはある。だから本当に、マシ程度だ。

 あぁ、本当に、やってられない。こいつらが、この世界の創造神であるユーリヤ女神の配下だとか、女神の使徒である十神竜の配下だとかなら、まだ話を聞いてやる余地があるのに。それですらない、何かよく解らない新興宗教の狂信者とか、ただの邪魔者だ!


「いい加減に諦めて貰いたいものですな。貴方の存在は世界を歪めるのです」

「うっさいわい」


 いつの間にか先回りされてて、ワタシの前にお揃いのローブ姿の男達が現れる。顔をフードで隠してるので、正体不明。つか、そのローブ姿でライナーさんと立ち回り繰り広げた奴がいるんだから、意味解らん。あの人、アーダルベルトの近衛兵の中でも上位に位置する実力者なんですけど。

 というか、どう考えてもこれってピンチですか。ピンチですね。防御系がまともに作動しない状態なので、回復系だけが頼みの綱ですよ。即死じゃ無ければ回復するだろうけど、痛いの嫌だな。それに、回復するからってダメージが無いわけじゃないから、動きが鈍るのも事実だし。

 ちくしょうめ。何でワタシがこんな奴らに命狙われなけりゃならんのだ。理不尽!


「ご自分が何をなさっているのか、お解りか?貴方は世界の在り方を歪め、在るべき歴史を歪めておられるのですぞ」

「んなこととっくに解ってるわい」

「ご理解されているのなら、早々にこの世界から退場していただきたい。……特異点たる貴方の存在は、そこにあるだけで世界の理をねじ曲げるのですから」

「知るか!」


 腹の底からワタシは叫んだ。そんなこと言われたところで、戻り方なんて解らない。戻れるのなら、この世界に来たあの日に、さっさと戻ってる。戻れないからここにいて、居場所をくれた相棒のために生きてるだけのワタシに、無茶ぶりしないで欲しい。

 じりじりと近付いてくる男達を、睨み付けるしか出来ない。運動神経は人並み以下なので、マトモに戦えるとか思いもしない。逃げ切ることさえ出来なかった今のワタシに、何が出来る。でも、大人しく従うのも癪に障る。




 ……自分が特異点だと気付いたのは、いつだっただろう。




 ワタシの存在はそもそもが規格外イレギュラーだった。この世界がゲームに酷似しているからとして、遠い未来まで知っている存在というのは、多分普通に異常だ。それでも、それだけだと思っていた。思っていたんだ。

 特異点というのは、時々現れる、世界にとっての異物らしい。単純な召喚者や召喚物のレベルではなく、その存在がそこにあるだけで、色々とあれこれねじ曲げているらしい。それは目に見えるほどはっきりとしたものではないけれど、物理法則すらときにねじ曲げて、世界の在り方を変質させるらしい。

 ワタシがそんなご大層なものだという自覚は無かった。だって、ワタシの周りでそんな変なことは起こらなかった。ただ、ワタシが伝えた情報から、未来を少しずつ変えているだけだった。……けれど、情報を伝えたからとして、「未来を変えることが出来る」段階で、それが異常だとワタシは理解するべきだった。




 世界は最初から行く末が運命によって決められているから、どの選択を選んでも同じ結末にたどり着くのだという。




 一つを防いでも、別の要因で同じ結果になるのだという。その事実を知ったときに、ワタシは恐怖した。では、ワタシの存在は?となったのだ。ワタシが伝えた情報で、未来は変化した。今のところ、変えた未来が元の道筋に戻る気配はどこにも見えない。そもそも、その理屈でいうならば、トルファイ村は滅んでいなければおかしい。

 ユリウスさんにラウラ、ヴェルナーの知識担当の三人と顔をつきあわせて出した結論が、ワタシが特異点である可能性だった。でも、それまで確認されている特異点ほどに、ワタシは異常事態を引き起こしたりはしていない。……ただ、望んだ未来を引き寄せているという一点を除いて。

 だから、ワタシの存在は世界にとっての異物で、多分、排除しようとする奴らの方が正しいのだと思う。正しい形をねじ曲げて、ワタシはワタシの願望で世界を作り替えようとしている。それが罪深いと言われたら、確かにそうだと思う。

 だけど、それでも、ワタシは。




「あいつを死なせる未来が運命だという世界なら、無理矢理ねじ曲げてでもワタシは望んだ世界をつかみ取るんだよ!」




 他に、何の理由が必要だ。

 何のために呼ばれたかも解らないワタシが、それでもこの世界で生きていけているのは、あの優しい相棒の存在があるからだ。我が悪友ともよ。アンタを喪うことが正しいと宣う世界なんて、ワタシは絶対に認めたくない。ねじ曲げることが出来るなら、足掻くことが許されるなら、ワタシはワタシの全てを賭けてそれをつかみ取るんだ。

 だから、こんなところで、死ねない。元の世界に送り返されるのも、ごめんだ。そもそも、ワタシを元の世界に戻せる存在なんていない。誰が呼んだかも解らないワタシを、無理矢理送り返すことなんて不可能だ。だって、元の世界とのパスが繋がっていないのだから。


「強情ですな。……では、仕方ありません。この場で消えていただきましょう」

「全力でお断りする!」


 男が手を上げて、武器と魔法がこちらに向けられる。身につけている魔道具の防御結界をありったけ発動させた。次の瞬間、雨あられのように降り注ぐ攻撃が、魔道具の結界に弾かれて、音を立てる。

 けれど、連続して続けられる攻撃は、防御結界の再発動の隙間を縫って投げつけられた攻撃は、全てを防ぎきることが出来ない。


「っ、ぁ、ぐ……っ!」


 痛い、痛い、痛い。勘弁しろ。マジで痛い。咄嗟に頭と心臓を庇ったのは本能だ。首も庇わないとダメだと気付いたのは、ナイフがのど元を掠めたからだ。一瞬のひりつくような痛みから、あちこち持って行かれる痛みがびしばし響く。

 それでも、指にはめた魔道具がリザレクションを発動してくれて、負った傷はすぐに回復する。それでも痛みがあったのは事実だし、一瞬意識が飛びそうになるのも事実だ。ちくしょう。他人事だと思って、容赦なく攻撃してくれやがって。ワタシの人権なんだと思ってんだよ。


「貴方は人ではありません。特異点です」

「人だよ!失礼な!」

「特異点は人にあらざる異物です。故に、排除せねばなりません」


 これだから狂信者ってのは嫌いだ!会話が通じない。

 確かにワタシは特異点だけれど、自我を持った1人の人間だ。異世界の人間でも、人間に変わりは無い。それを無視した発言は、普通に腹が立つ。

 何が世界のためだ。何があるべき形に戻すためだ。お前らは結局、お前らの都合で、ワタシが邪魔だから排除しようとしているだけじゃないか。崇高な使命だのなんだの、美辞麗句並べてやってくるんじゃねぇよ。これは単純に、ワタシの願望とお前らの願望のぶつかり合いに過ぎないじゃねぇか!

 次々投げつけられる攻撃を何とか凌ぎながら、ワタシは腹の底から叫んだ。人間扱いされないのも、勝手な理屈で殺されそうになるのも、理不尽だ。ワタシはそんな理不尽に従いたくない。

 ……第一、ワタシがここで死んだら、誰があいつの死亡フラグをへし折るんだよ。ワタシが特異点で、ワタシがいるから未来を塗り替えることが出来るなら、ワタシが消えたら、あいつは死ぬしかないんだ。幼い頃から帝国のために尽くして、若くして皇帝になってからは国民くにたみのために私心を全て捨て去って。そんな愚かで憐れで愛しいワタシの覇王様が、個人としての幸福を掴むことすら許されないままに、若くして死ぬ未来なんて、ワタシは絶対に認めない。

 ゲームならば、シナリオライターの采配で全てが決まるだろう。けれどここはゲームじゃ無い。酷似していても、現実だ。だからワタシは、ワタシの存在が世界を歪めるのならば、盛大に運命に抗うと決めたのだ。誰のためでもない。ワタシが、あいつの死ぬ未来なんて、見たくないだけだ。

 願って、何が悪い。

 皇太子として生まれたから?皇帝になったから?そんな理由で、あいつ一人が自分の幸せを全部犠牲にして、大切なものを軒並み失って、自分が傷ついてることにも気付かないままに生きていく必要なんて、どこにもない。ワタシはそんな理不尽で残酷な世界を、何より許さない。


「世界にとっての正しさなんて、クソ食らえだ!ワタシにとって重要なのは、あいつがちゃんと幸せに生きていける世界だ!誰かを犠牲にして成り立つ世界や運命や正しさなんて、さっさとぶっ壊れれば良いんだ!」

「本当に貴方は度しがたい。……だからこその特異点とも言えますか。それ故に貴方は排除されるべきだと、理解するべきですな」

「だから、そんな理屈なんて知らないって言ってるだろうが……!」


 防御結界が途切れた瞬間を狙って、別の魔道具を発動させる。ワタシは人間にしては無駄に魔力が高いとラウラに太鼓判を押されている。回路が違うのか普通の方法で魔法を使うことは出来ないけれど、魔道具は発動できる。

 それは別に、防御だけじゃ、ない。


発動ヴェベーゲン、ブラストフレア!」

「何……!?」


 炎系の爆発呪文を込めた魔道具は、保険としてラウラに手渡されていたものだ。威力は、注ぎ込む魔力によって変化する。防御結界に使う分だけを残して、魔力を叩き込む。回復の方は、勝手に発動するように内蔵した魔石で動くらしいから、遠慮はいらない。

 目の前のローブの男達を巻き込んで、爆発が発生する。殺人とかどうのこうのと考えてる余裕は、無い。ぶっちゃけ、るかられるかの状態で、向こうを気遣うなんて馬鹿馬鹿しい。

 一気に魔力が抜けきって、立ってられなくてその場に座りこむ。……流石に、この規模の爆発で無傷はやめてくれよ。ワタシの魔力、そこそこぶち込んだから、その辺の地面抉るレベルで強力になったと思うんだからな……!


「……ィ゛、ぁ……ッ!」


 魔道具を切り替えて防御結界を発動させようとした瞬間に、それはきた。めちゃくちゃ痛い。死ぬほど痛い。いつぞやの、腹を刺されたときよりもずっと痛い。ちらっとお腹を見たら、刃が突き出てた。背後から刺されたらしい。

 ずるりと抜かれる刃に、意識が奪われそうになる。それでも必死に防御結界を発動させて、うずくまる。リザレクションが発動して傷はすぐに回復したけれど、痛みで一瞬飛んだ意識が戻って、マトモに動けるようになるまではもうちょっとかかりそうだ。

 くそ、何人いるんだよ。ワタシ一人に人手使いすぎだろうが。流した血は回復しないから、何度も何度も傷を負った身体は、今の一撃で貧血を訴えてくる。解ってるけど、もうちょい耐えろ、ワタシ。ここで気絶したら、防御結界が切れたらそこで終わりだ。死にたくない。死ねないんだ、ワタシは……っ。

 動けるようになるのが先か、防御結界が切れるのが先か。眼前では、ズタボロになりながらも男達が立っている。ちっ、数に物を言わせて、結界で防ぎやがったか……。くそう。万事休す。マジでやべぇ。

 防御結界が切れたら、かけ直さないと。でないと、死ぬ。だけど、血を流しすぎた身体は、ワタシの言うことを聞いてくれない。勘弁してくれ。焦れるワタシの視界で、防御結界の薄い膜が、じわりと、消えていく。視界の向こうで、男達の唇が勝利を確信したように笑んだ。

 魔法と、武器が、見える。畜生。ここで終わりかよ。こんなところで終わるのかよ。ワタシが死んで、それで全部が正しく戻るだなんて言われても、認めたくないのに。……所詮人間のワタシには、自力でこの窮地を抜け出すことすら、許されないのか?


「どうぞ、安らかに」

「……ふ、ざけ……」


 何が、安らかにだ。恨んでやる。盛大に恨んで、呪って、祟ってやる。日本人舐めるなよ。恨み辛みから人が世界を震撼させる怨霊になる国だからな。ワタシもその日本人なんだから、絶対に、化けて出てやる。全員呪って、後悔させてやる。

 すぅっと防御結界が消えた。まだ身体は動かない。動かせない。魔法が、武器が、迫ってくる。痛いのは嫌だと思った。怖い。即死じゃ無ければ回復するけど、急所を狙われたら、弱っちぃ人間のワタシは、きっと即死だ。最後の矜持とばかりに相手を睨んだままだけれど、多分そんなもの、あいつらには何も意味が無いんだろう。


「……ごめん、アディ」


 泣き言も謝罪もしたくなかったけど、でも、やっぱり無意識に謝っていた。ごめんな、親友。お前の未来を幸福にしてやりたかったのに。お前が一人の人として、幸せに生きていける世界を掴んでやりたかったのに。結局ワタシは、何も出来ないままだった。

 視界が、涙で滲む。死にたくない。死にたくない。あいつを残して、死にたくないのに……!




 けれど、迫り来る魔法も武器も、ワタシの視界を覆った真紅に阻まれて、何一つ届かなかった。




 呆然と目を見開く。涙で滲んで、貧血で掠れた視界に見えるのは、大きな赤い壁だった。赤い服に、赤いマント。全部真っ赤だ。夕陽に染まる世界のように真っ赤な壁は、崩れ落ちているワタシの身体を庇うように、大きな掌で抱き寄せてくれていた。


「……あ、でぃ……?」

「……遅くなった」

「……は、ははは……。すげぇ、ナイスタイミング……」


 笑うしか無かった。

 男達が放った魔法も、武器も、アーダルベルトが振るった腕で全部弾かれている。相変わらず化け物スペックだな。ラスボスも真っ青な防御の鬼。ワタシが防御結界で必死に凌いでいた攻撃も、こいつには傷一つ付けられないらしい。知ってたけどね。

 男達も呆気に取られているのか、動けないでいる。そりゃそうだ。何でここに、このタイミングで、アーダルベルトが現れると思うんだ。お城に居るはずの覇王様。いったいどんなカラクリを使って、この場所にやってきたんだい?ライナーさんが連絡を入れたとしても、到着が早すぎるよ。


「ラウラに頼んだ」

「……なるほど。たまには仕事するじゃん、あの外見幼女ロリババアも」


 凄腕魔道士のラウラによる転移魔法らしい。便利で良いよね。強すぎる。おかげで助かったから、後でちゃんとお礼を言おうか。……実際、今まで生き延びれたのも、ラウラの魔道具のおかげだもんな。

 全身から力が抜ける。気を張ってたのが、完全に緩んだ。いやだって、もう大丈夫だろうし。覇王様がいるのに、ワタシが殺されるわけがない。その程度には信頼しているよ、相棒。


「当然だ」

「……傷は魔道具で回復してるんだけど、貧血気味でさ……。眠い」

「寝てろ」

「おう」


 ひょいと片腕で抱えられて、素直にワタシは瞼を閉じた。男達が何か騒いでいるけれど、そんなことは知ったことじゃない。ワタシは死にたくないし、最強の守護者が到着したので、もうあいつらを気にする理由なんてないのだ。持つべきものは頼りになる友である。

 アーダルベルトは、まるで何事も無かったかのように、ワタシを抱えたままで歩きだす。ゆっくりしたスピードなので、揺られるのが心地好い。緊張から解放された身体は、貧血も重なって急速に眠気を誘ってくる。でも、ここなら絶対安全だと解っているので、ワタシは素直に眠ろうと思った。




「……お前達、塵一つ残さず滅しておけ」




 ……とても物騒な覇王様の台詞が聞こえたけど、知らないフリ。いや、別にあいつらがどうなってもワタシ知らないし。因果応報だ。殺そうとしたなら、自分たちが殺される可能性も考えて欲しい。

 っていうか、物騒な台詞の割に、口調がいつも通りなのどうなんだ、お前。声も口調もいつもと同じなのに、何か妙に温度が低く感じられるわ。アレか。怒りが度を超すと逆に冷静に、平静になるとかいう、そういうのなのか、相棒?

 瞼を持ち上げて顔を見ようとしたら、寝てろと言うように大きな掌に目をふさがれた。そうされると、うとうとしていた身体は素直に起きることを放棄する。あ、こいつ今、自分の顔見られるの嫌で隠しやがった。後で絶対追求してやる。

 そんな暢気なワタシの耳に、粛々とした返事が聞こえた。聞こえて、目が点になった。


「「承知しました」」

「任せろ」

「当然じゃな」

「解っている」


 何か物騒なのが勢揃いしてるぞ、これ!フットワークが軽くて即座に動けるメンバーの中でも、敵に回したらダメな面々じゃねぇか!

 ユニゾンで返事したのはライナーさんとエーレンフリートだし(ライナーさんが元気そうでマジで良かった)、言葉短く答えたのはアルノーだった(おっさんが隊長モードじゃなくて傭兵モードになってやがる)。嬉々として、いっそ楽しそうに答えているのはラウラだ。とどめのように、慈愛すら含んで聞こえた声は、ヴェルナーだった。全員怖い!

 ……っていうか、総動員してきたの、お前……?口を開くのも面倒だから質問できないけど。気配から何となく察してくれたのか、返事はいつもの口調で戻ってきた。


「それだけ皆、お前を大切に思っているだけだ」

「……ん」


 嬉しいね。素直に嬉しいよ、それは。

 ワタシは世界にとっての異物。決して存在を許されないだろう特異点。けれど、ガエリア帝国で知り合った人々は、ワタシをちゃんと個人として受け容れて、大切にしてくれる。大事な仲間がいっぱいいるのは、本当に、嬉しい。

 背後で聞こえる阿鼻叫喚を無視して、ワタシはアーダルベルトに運ばれながら意識を落とす。眠い。本当に眠い。貧血は眠くなるんだね。しばらくは安静にしてないと怒られそう。

 つらつらとそんなどうでも良いことを考えていたら、ぽつんと言葉が滑り込んできた。多分、聞かせるつもりの無かった言葉だ。




「……お前が無事で、良かった」




 うん、ワタシもそう思う。返事をするのも面倒なので、身体を抱いているアーダルベルトの腕にそっと触れておいた。ぴくりと一瞬反応したっぽいけど、それを確認するのはワタシにはもう出来ない。本当に眠いから。流石にもう、無理かな。

 生きてるよ。ここにいるよ。大丈夫だよ。起きたらちゃんと、もう大丈夫だって伝えてあげるから。今はここにワタシがいることだけで、安心してくれ。起きたらいつもみたいに話をしよう。一緒におやつを食べよう。バカをやろう。アンタが寂しくないように。




 たとえ世界に許されなくても、アンタが許してくれるなら、ワタシはちゃんと、側にいるから。




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