ガエリア帝国のバレンタイン。
「……バレンタイン、あったんだ」
ぽつりと呟いてしまったのは、この異世界にそんな地球産と同じイベントがあるとは思わなかったからである。ワタシ悪くない。だってクリスマスもお盆も無かったもん。お正月も無かったもん。アレは新年の以下略だったし。だからバレンタインだってホワイトデーだって無いと思ってたよ。普通そうじゃね?
だけど、バレンタインデーは存在したらしい。名称そのまんまだった。由来はちょっと違った。女神様に祝福された恋人達の日だとかで、この日に告白して成立したカップルは末永く幸せになれるとかいう、女の子が大好きそうなイベントだった。贈り物は何でもおkらしい。……そうだね。バレンタイン=チョコレートはお菓子会社の陰謀だって、偉いヒトが言ってたよ。
で、ワタシの護衛が女性陣に捕まって帰ってこない件について。
目の前で、めっちゃ申し訳なさそうにワタシに視線を向けているライナーさん。いやいや、大丈夫です。何となく予測できましたし、女性陣の妨害したらワタシが睨まれそうで怖いので、壁際で大人しく待ってます。ライナーさんファイト。
そりゃ、モテますわねよねぇ?だって、皇帝陛下の信頼厚い古参の近衛兵で、子爵家の次男坊さんで、イケメンで、物腰柔らかで、文武両道で、独身。三十代半ばって、
次から次へと渡される贈り物を、笑顔で受け取ってはお礼を言っているライナーさん。…女性陣は完全に本気だろうけど、本気でロックオンしてるんだろうけど、ライナーさんは義理でしか対応してないんじゃないか、と思いました。理由?笑顔がいつもと同じノーマルモードのニコニコだからです。本気で相手するなら、もうちょい感情出る笑顔になるんじゃない?
そして、その騒動がとりあえず終わって、二人で歩いていたら、遭遇しました別のヒト。お前もバレンタインに参加してたのか!?とか思ったワタシは悪くない。悪くないったら、悪くない。
「皆様、本当にありがとうございます」
柔らかに微笑む姿は優しげな神父様。ロップイヤーの腹黒眼鏡は、今日も絶好調に幾重にも猫を被り、素晴らしい擬態を披露していた。んでもって、目をハートにして贈り物を手渡す女性陣に、素敵な笑顔。……何だろう。物資確保、みたいな感情が見え隠れする。
「……ライナーさん、あの腹黒眼鏡、モテるんですか?」
「ヴェルナー殿の擬態は完璧です」
「そっか。擬態完璧だから、外面最強で、女性陣にモテモテですか。……そういうの詐欺って言いませんか」
「ミュー様、禁句です」
「うい」
思わず正直にツッコミ入れたら、ライナーさんに口をそっと塞がれた。腹黒眼鏡には聞こえていたのでしょう。耳がぴくっと動いてた。流石ウサギ。他より耳は良いようです。でも、盛り上がってる女性陣は気づいてないらしい。
っていうか、こんな風に大騒ぎしてたら、モテない男性陣が僻むのでは?どっかで恨まれて刺されるんじゃね?いやまぁ、ヴェルナーなら自力で治療できるから問題ないだろうけど。ライナーさんは刺される前に返り討ちにしそうだけど。
「そもそも、そのように逆恨みをするような性格である時点で、女性には疎まれますよね?」
「ソウデスネー」
正論なんだけど、それ言われると困るというか、ひでぇというか。相変わらず、優しげな笑顔でさくっと毒を吐いちゃう時のあるライナーさんである。そういうところも好きです。大丈夫。だってライナーさんはワタシには優しい。…時々扱いが雑になるけど。
とりあえず、女性達からの贈り物は「元手タダの貢ぎ物及び物資」としてしか認識していないだろう、ロップイヤー。お前、世が世なら、ホストいけんじゃね?そして人々からむしり取るのだ。……あ、今も教会でお布施貰ってるから、ある意味で老若男女問わずに巻き上げてる?え?教会ではちゃんと治療魔法の対価としてしか貰ってないからぼった食って無い?なるほど。
別の意味でバレンタインを満喫してる腹黒眼鏡を放置して、てけてけと歩く。次に見つけたのは、珍しくお城にいたオヤジ。
「アルノー、何してんのー?」
「うん?侍女の嬢ちゃん達からの差し入れ」
「おや、お菓子大量。どしたの?」
「本命相手に作るのに、練習は必要だろう?軽く失敗したのやらを貰った」
「へー」
ガサリと袋に大量のお菓子を入れたままで笑うオヤジ。五十路のオヤジ。ワイルドオヤジ。歩兵遊撃隊の長。そんな武闘派レッツゴーなアルノーですが、無類の甘味好き。パフェとか大好きだしな。あんパン、ジャムパン、クリームパンは全部好きとか言ってた。なので、多分持ちつ持たれつなんだろう。
オヤジが自分で甘味を買いに行くのは、結構ハードルが高いそうな。そして、独身のオヤジには、手料理を振る舞ってくれる女性なんていないらしい。なので、毎年毎年、こうやって、侍女さんとかが、本命には渡せないけど大量に余ったお菓子を、アルノーに差し入れてくれるんだとか。
てか、何でそんな風習出来たん?アルノーが甘い物大好きって、どこから情報が?
「どこぞのババアが侍女達に入れ知恵したのが始まりだ」
「……オッケー、理解した。あの
一つ食うか?とオヤジに言われたので、遠慮無く美味しそうな焼き菓子を頂くことにした。後でお部屋で食べる。ありがとう。おやつの臨時収入だ。やっほい。
そのまま歩いて、アーダルベルトの執務室へ向かいながら、ふと思った。思ったので、聞いてみた。
「エーレンフリートは?」
「あいつは誰からも受け取りませんよ。そもそも、今日がバレンタインだと気づいていません」
「……ぶれないね」
「そういう男だと解っているので、誰も渡せないようです。……人気はそれなりにあるようなんですが」
「まぁ、人気はあるだろうね。データだけ見たら、悪くないし」
「……そうですね」
ライナーさんの笑顔がちょっと遠い目をしてたのは、多分、仕方の無いことだろう。だって、エーレンフリート、スペックと肩書きはそれなりに素晴らしいけど、根っこの部分が
とはいえ、ライナーさんの答えは予想通りだった。まぁ、仮に勇気ある女子がエーレンフリートに突撃しても、受け取ってくれるかどうか解らない。仮に、受け取ったとしても、仕事優先ときっぱり言い切るだろう。アイツの目にはアーダルベルトしか映ってない。あと、敵。……いや、視野狭すぎないか?
「エレンですからね」
「……そうですね」
めっちゃ納得できました。うん。納得するしか無かったわ。
そんなこんなでアーダルベルトの執務室に顔を出したら、めっちゃ通常運転で仕事してる覇王様がいました。あるぇー?ワタシの予想では、覇王様への贈り物が山盛り届いている感じだったのに、どこにも見当たらないよ?別室?別室にあるの?
「お前が何を期待しているのかは知らんが、俺へのバレンタインの贈り物は全面禁止だ」
「は?」
「あんな面倒なもの受け取ってられるか。一種の賄賂だろうが。送ってきたヤツは処分対象だ」
「お前鬼だね?!」
年に一度の女子のためのイベントを、貴族のご令嬢にモテモテだろう独身の皇帝陛下が全面否定しました。しかも処分とか言ったぞ、こいつ。どんだけ?どんだけなの!?
王城で働いている女性陣からとか、と聞いてみたら、顔を上げもせずに、書類にサインをしながら無いと一刀両断。例外は認めないのか。お前は鬼か。
すまない、覇王様に憧れる女性の皆さん。この男はイベントに興味が無いどころか、政務の邪魔にしかならないと思っているようです。他人がやるのは良いみたいだけど、自分はいらんと一刀両断か。
「いちいち中身を確認するのも手間だろうが」
「そりゃそうだけど」
「一人受け取ると、ずるずると人数が増える」
「……それもそうだろうけど」
「結果的に政務が滞る。俺がソレを受け入れる利点は?」
「……ねーわな。うん、悪かった」
仕方ない。この
まぁ、ワタシも、バレンタインというイベントに率先して参加する人種ではありませんでしたが。家族と友人女子にしか渡さなかったよ!バレンタイン期間は美味しいチョコレートが大量なので、皆で色々買って、シェアして食べるとか楽しかったです。家族にはとりあえず美味しそうなチョコをプレゼントしておいた。ホワイトデーにお菓子が戻ってくるので。
同級生には手作り頑張る系女子もいたけどね。ワタシはそういうのに興味はなかったので。練習したチョコレートは美味しく分け前頂きましたけどね。ちょっと焦げたチョコクッキーも、それはそれで美味しかったよ。
そういや、中学の時の同級生に、めっちゃ料理上手な男の子いたんだよなぁ。高校が別になったからその後どうしてるかは知らないけど。家で皆で作った残りってお裾分けのガトーショコラがマジで美味しかったので、ワタシが男子で彼が女子なら、是非とも嫁に来いと言いたかった。もとい、半分本気で言ったら、竹馬の友に頭ぶん殴られて、「餌付けされてんじゃない」と言われました。ちぇ。
「……あぁ、そうだ。ほれ」
「あん?ナニコレ?」
「お前にも半分やる」
「あ、チョコクッキー。美味しそう」
手渡されたのは、小袋に入った手作り感満載のチョコクッキー。ワタシ、割とチョコクッキー好きですよ。生地にチョコレート練り込んであるの、美味しいよね。ココア味も好き。メープルも。というか、クッキー割りと好きです。やったね、おやつだー。
「んで、これどうしたん?」
「女官長からだ」
「ツェリさん?」
「友愛と敬愛を込めてお渡しする者が一人ぐらいいても宜しいでしょう、だと」
「うぅ、流石オカン……」
ありがたく頂きます。なんていうか、ツェツィーリアさんは本当にお母さんだなぁと思います。あの人独身なんだけどな。なんかこう、気遣いの出来る所とか、雰囲気とかが、お母さんっぽい。安心するというか。
ツェリさんのお手製クッキーは素朴な味がして、とても美味しかったです!ビバ、バレンタイン!
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