【IF】あったかもしれない戦う死神参謀閣下 その2。

 炎の背後から影が現れた。

 そんな、まったくもって意味を成さないような表現で伝えられた報告に、彼らは顔をしかめ、首を捻った。這々の体で逃げ帰ってきたと思しき配下に、怒鳴ることも忘れない。報告ならばもうちょっとわかりやすくしろ、と言いたかったのだろう。

 だが、泣きそうになりながら報告をした部下は、間違っていないのだ。彼にはそうとしか見えなかった。雄々しい炎の背後から、細身で小柄な影が現れて、そして、一瞬で全てを葬り去ったのだ。何故彼だけが生き延びたのか、生き残ったのか、意味がわからないほどに圧倒的であったのだ。


「まぁ、普通に考えて、アジトまで案内させるために生かしたってことだけど」


 場にそぐわない若者の声が聞こえて、男達は驚いたように振り返った。そこには、どこぞの侍従と思しき服装をした《少年》が立っていた。希少価値の高すぎる、黒髪黒目の持ち主。両方を兼ね備えるモノなどそうそういないと言われる黒、それも圧倒的なまでの純度を誇る黒を身に纏う存在は、年端もいかない子供に見えた。侍従の服装と、黒髪黒目に白い肌と、暢気に笑っている表情と、細い体躯に似合わぬ両刃の大剣ツーハンデッドソードとがあまりにも異質であった。

 ひぃ、と配下の男が声にならない悲鳴を上げた。彼の絶望の根源はこの存在だった。戦いの場に不似合いな姿で、不似合いな表情で、不似合いなほどの幼さで、その実恐るべきほどの戦闘力を兼ね備えた、異質きわまる怪物バケモノである。

 にこにこと、《少年》は笑っていた。だが、その身体から発される威圧に、誰もが息を飲み、硬直していた。ただの人間が放てる気配では無いのだ。それはもはや、達人級と呼ぶべきか。いや、違う。誰かが徐に呟いた。死神、と。笑顔の奥底に見える静かな怒り、圧倒的なまでの激昂が、その姿をより恐ろしく見せていた。


「あぁ、心配しなくて良いよ。痛みを感じることも無いように、一撃で殺して終わらせてあげるから。いやー、ワタシってば、本当にヤサシイなー」


 そう言って笑うと、《少年》は手にした大剣を一振りした。一振り、である。その瞬間に場を満たした一閃は、恐るべき威力でもって、その場に居合わせた男達を殲滅した。言葉通り、一撃で殺した終わらせたのである。

 ごろごろと転がる男達の死体を見ても、《少年》は眉一つ動かさなかった。面倒そうに欠伸をかみ殺し、そうして、首の後ろで結わえた黒髪を退屈そうに指で弄った。室内を満たす死臭には辟易するのか、ちっと舌打ちすると元来た道を戻っていく。


「何だ、もう終わらせたのか。奴らの言い分は聞いてやらなかったのか?」

「はぁ?そんなことする理由がどこにあるんだよ。あいつらは最初から死刑確定してたんだから、全部殺しておしまいダロ」

「ふむ。まぁな。我が国の法に照らし合わせても死刑だからな。ところで、やはり武器は両刃の大剣ソレにするのか?」

「うん?あぁ、割と使い勝手良いしね。切るも殴るも出来るし、幅が広いから盾にもなるし」


 苦笑しながら現れたのは、炎のような赤毛の偉丈夫だった。獣人ベスティの獅子である。小柄な《少年》の傍らに立つと、大人と子供というよりも、巨人と小人のような印象を与える。だが、彼らは互いに実に気安く言葉を交わしていた。対等の立場であると、何より明確にしているのが、その表情だ。


「しかし、よもやこの短期間でそこまで戦えるようになるとはな」

「ははは。手にした力を振るう理由があるなら、全力でやるだけだよ」

「だが、元々お前は、戦うことなど知らぬ娘であったのだろう?」

「そうだねぇ。ワタシの故郷は平和で、本当に平和で、そこで普通に一生を終えるならば、人を殺すことも、殺されることも、無かっただろうと思うよ」


 苦笑を浮かべて、《少年》否、少年のように小柄な少女は男を見上げた。普通ならば恐れるだろう赤毛の獅子を前にしても、楽しげに笑っている。無骨な両刃の大剣ツーハンデッドソードを細い指で握りながら、ほんの少しだけ遠くを見るような瞳をする。それは、戻れぬ故郷を思っての発言だったのだろう。

 彼女の名前は、ミュー。ただしそれは、この世界の者達に呼べるようにと口にした、愛称のようなものだ。本名は榎島未結えのしまみゆ。つい先日、この世界で目を覚ますまでは、彼女は現代日本のごく普通の女子大生だった。……多少なりとも、人様に伝えるには向いていない趣味を持っていたぐらいの、普通の、二十歳の娘だった。

 だが、何の因果かこの世界に飛ばされて、ひょんなことからガエリア皇帝アーダルベルト・ガエリオスに拾われた。元来の気質が似通っていたのか、彼らは即座に意気投合し、卓越した才能を持つと判断された彼女は、王城で武術の手解きを受けた。普段使うことはあまりないが、魔法に関してもその才能を開花させている。

 そうして、今、夜盗を排除した。

 ただ一人で、その手にした両刃の大剣ツーハンデッドソードによって、幾多の男達の命を奪った。奪うことによって、彼女は戦う覚悟を決めたのだろう。魔物を切り捨てることには最初からためらいは無かった。不思議と、己の技量を正確に理解出来ていた彼女は、恐怖を知らなかった。それはある意味で危うかったが、同時に彼女は、強者を判断することにも長けていたので、そこらの魔物では彼女の足下にも及ばぬのだろうと皆が理解した。それが、事実である。

 異世界からの召喚者。その特異な性質ゆえに、彼女はこの世界の人間ではあり得ぬほどの能力を得た。獣人並の身体能力と、エルフ並みの魔法の才能を手にしていた。幼い外見と、屈託無く笑う性質と裏腹に、その身に宿した能力はあまりにも高すぎた。



 何より最大の異質さは、彼女がこの世界の《未来》を《予言》せしめたことだろう。



 5年後に国が滅ぶ。皇帝アーダルベルトの死によって、ガエリア帝国が滅ぶ。誰もが信じられぬはずの未来を、彼女は予言した。彼女の知る知識において、それが正しい未来であるのだと。

 ……そして、その上で、抗う未知を示唆した。未来をねじ曲げることは罪かも知れないと。あり得ない未来へと進ませることにより、新たな歪みが生じるかも知れないと。それを理解してなお、彼女は告げた。



――ワタシは、アディを死なせたくない。



 何とも単純な理由だった。親友ともとなった男を救いたい。その為に未来をねじ曲げるのも厭わない。それが理に触れるならば、神罰が下るならば、それでも構わない。迷い無く言い切った彼女だからこそ、その手に剣を持つことをためらわなかった。覇王と共に戦うことを、何よりも必要だと理解していたからだ。


「それでもまぁ、やりたいことをやれるだけの力があるなら、やるだけだし?」

「それで、こうまでためらいなくやれるのもどうかと思うがな」

「うん?……そういう人間は嫌いかな?」

「まさか。……その覚悟、嬉しく思う」


 挑発するような彼女の言葉に、男は笑った。それはどこまでも嬉しそうな笑顔だった。男の大きな掌が、彼女の小さな頭を撫でた。そこにあるのは友愛に他ならない。彼ら二人の間にあるのは、純粋に友情だった。年頃の男と女で、誰より互いを理解し合って、それでも彼らが互いに抱くのは友情でしか無かった。否、友情だからこそ、彼らは対等に並び立っているのだろう。

 覇王と謳われるガエリア皇帝。その傍らに、当たり前のように佇む彼女の存在は、いつしか死神とよばれることとなる。予言を口にし、覇王の背を預けられるほどの戦闘能力を有した、少年のような少女。あまりにも異質きわまりなく、ガエリア帝国の為だけに、彼の国と彼の皇帝の最善の為だけに全てを尽くすその姿は、周辺諸国に恐れられることになった。

 だが、彼女はためらわない。迷わない。望んだ未来を手にする為に、覇王と共に戦場をかけることを、死神は望んだのだ。男と女ではない。魂を分かち合った親友として、傍らに在るのだと。



 後世の歴史家は語る。彼女の存在こそ、孤高に生きる筈であった覇王の、唯一無二の慰めであったのだと。


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