第3話 右眼の怪

この日、ロッジに珍客がやって来た。


「こんにちは。タイリク先生」


「おー、トキか。久しぶりだね」


こうざんに良くいるトキだ。

カフェはロッジから距離があるので、行きたくても中々行けないのだ。


「ところで、こんな遠くまで何の用だい?」


そう尋ねると彼女は声を潜めて、


「アルパカの右眼を調べてほしいの」


と告げた。


「右眼...?」


先生はジャパリカフェの亭主であるアルパカスリの顔を思い浮かべる。

確かに彼女の右眼は髪で隠れていて見えない。

今まであまり気にしてなかったが、言われてみればとても気になる。


「実際に見たことは?」


「無いわよ…。絶対に右眼を見せないの。風に吹かれようが、雨に濡れようが」


「気になるな...。キリンを連れて明日カフェに行ってみるよ」


「よろしく頼むわ」


トキと約束を交わした。




翌日、私はアミメキリンと共に高山の

カフェへと向かった。



「先生、まずはどうするんですか?」


「本人に色々話を聞こう」


道中でそう取り決めをした。




カフェに到着し、先生はドアを開けた。


「ふぁあああ!いらっしゃあああい!」


変わりない声だ。

店内にはトキもいた。

アイコンタクトでよろしくと先生に伝えた。


「久しぶりだね。アルパカ」


「お久しぶりです!」


まず2人は挨拶をしながら椅子に座った。


「中々来てくれないお客さんが来てくれて嬉しいよぉ〜」


注文も問わず、卓上に紅茶を置いた。

ここには紅茶しかないから、当たり前だが。


一口紅茶を飲む。


茶葉の味わいが口に広がる。悪くない。

カップを置き、本人に尋ねることにした。


「なあ、アルパカ。ひとつ聞きたい事があるんだけどいいかい?」


「んー?」


「その右眼ってどうなってるんだい?」


キリンは思わず先生を見た。

単刀直入に尋ねたのだった。

そのやりとりを聞いていたトキは、大胆な先生のやり方に、目を見開いた。


「...どうなってるって言われてもねぇー」


お茶を濁す様な言い方をした。

その言葉以降、続きはなかった。


先生は隣に座るキリンを軽く肘で突き、

こう囁いた。


「あの反応は絶対何か隠してるな」


「アルパカさんにも隠したいことがあるんじゃないですか?」


キリンは意外にもアルパカを擁護する立場に立った。


「君は気にならないのかい?」


「いや、だって...。あんなオーラを放つアルパカさんなんて私初めて見ましたよ。

なんか、私達が興味本位で首を突っ込んじゃいけないのでは?」


冷静な意見を述べた。

彼女がそう言うことを主張するのは、非常に珍しい事だ。


私は腕を組んで考えた。


ここで、手を引くべきなのか。

それとも、追求するのか。




(私は...)


「君の言いたい事もわかる。だけど、私は、依頼を受けたんだ。一作家としての役目と、怪奇譚の作者としての役目...

それを果たすのが使命だ」


「つまり...、調べるんですね?」


私は肯いた。


「わかりました。先生の右腕として調査に協力します。怒られる時は一緒に怒られましょう」


「ありがとう」


そう礼を述べ、紅茶を飲んだ。


まず、我々がすべきことは、アルパカの一日の行動パターンの把握だ。

それを行っている最中に右眼を見せるかもしれない。


「なあ、アルパカ」


「なぁに?」


「密着取材がしたい。マンガのいいアイデアが得られるかもしれない。色々手伝うからさ。いいかな?」


「みっちゃく?あたしはぁ、構わないけどぉ...」


「ありがとう。恩に着るよ」


先生はアルパカに例を述べた。


「なんか...、ごめんなさい...」


トキは小さい声でキリンに言った。


「何でトキさんが謝るんですか!

私達は趣味でやってるだけですから!」


謙遜するトキに対して、キリンは明るく振舞った。



カフェの手伝いと言っても、内容的にキツい物じゃなかった。

店内を掃除したり、庭の草を毟ったりするだけだった。

彼女とある程度の距離を保ちつつ、

その右眼を監視した。

しかし、奇怪な事に彼女は右眼を見せることは無かった。


「いやぁ〜、色々手伝ってくれてありがとにぇ〜。今日は遅いからぁ、泊まって行きなよぉ〜」


アルパカはそう言った。

これはチャンスだ。

彼女の言葉に甘える事にした。


「なあキリン、“やる事”はわかってるよな」


「あ、は、はい!」


私達は、彼女が寝るまで横になって待機した。

そして、寝静まったであろうタイミングで起き上がり、彼女に近付いたのだった。


彼女はあまりにも無防備に寝ていた。

慎重に、音を立てぬよう近づく。

後ろにはキリンもいる。

私は深呼吸し、彼女の右眼を隠す髪にそっと手を掛けた。



刹那、物凄い力が私の手を止めた。


「...!」


彼女は右手で横に立つ私の手首を掴んだ。

剣呑な雰囲気を感じ取り、咄嗟に身を引いた。


彼女は黙ったまま身体を起こした。

急いで私はキリンを連れて外に出ようとした。


扉を揺さぶるが開かない。

いつの間に鍵をかけたのか。


後から床を踏みしめる足音が聞こえる。


「先生っ...!」


「クソっ...」



ドスッ...

鈍い音が響いた。





私はゆっくりと意識を取り戻した。

ここはカフェなのだろうか。


石造りの窓のない空間。

明かりは弱々しく点滅する電球のみ。


唐突にハッとした。


「キリン...!?」


横を見ると私の横にキリンはいない。

どうなっているか状況が全くわからない。


「タイリクオオカミちゃん」


ドキッとした。

いつの間にか私の目の前に、アルパカがいた。


「こ、これはどう言うことなんだ!」


彼女に事情の説明を求めた。

しかし、彼女は不気味に笑ってるだけだ。


「あたしの右眼が見たいんだよにぇ。

いいよぉ〜、見せてあげるよお!」


そして彼女は自ら、その隠されていた右の髪を掻き分けた。


この時、私は生まれて初めて、恐怖という物を感じた。

身体中に寒気が駆け巡った。

言葉が、口から何も出なかった。


彼女の右眼は茶色く、彼女の顔と合致いていない。赤い涙のようなものを滲ませている。私はすぐわかった。


あれは彼女の目じゃない。


キリンの目だ。







「青い目、綺麗だねぇ...」








私は目が覚めた。


「ハァ...ハァ...」


辺りを見回すと、カフェの店内だった。


(ゆ、夢か...)


あんなに怖い夢を見たのは初めてだ。

アルパカが、右手を私に近付けてきた。

アレは完全に、私の目を狙っていた。


しかし、それは夢だった。

安堵の息が自然と漏れた。




「起きちゃったかぁ...」


その声で、私の心臓の鼓動が早くなった。


奥の方から、アルパカの姿が見えた。


その手には、ドライバーの様な細長い物を持っている。


「タイリクちゃんの目って、青と黄色で綺麗だよにぇ〜」


「よ...、よせ...」


「あたしねぇ...。目が欲しいんだぁ...」










だから、ちょうだい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る