第2話 穴の怪


「あれ?アミメさん?どちらへ行かれるんですか?

そんな大荷物を持って・・・」


そう声を掛けたのは、ロッジの支配人アリツカゲラだった。

一瞬驚いた顔を見せたが、直ぐにいつものあどけない笑顔に戻す。


「ちょっとゴミが溜まったので処分しに行くんですよ」


「処分・・・?」


「あはは...、じゃあ...」


頭を下げ、足早に通り過ぎた。

その直後に...


「あっ、先せ...」


シーッと人差し指をアリツの前に当てた。

そのまま、ゆっくりと足音を立てないよう慎重に

アミメキリンの後を追った。


その姿を、心配する様にアリツは見つめた。


「ふぁ~...、おはよおございます...」


眠たそうな大きな欠伸をして、挨拶した。


「あっ、丁度良かった...。アードさん、タイリク先生の

後を追っかけて貰えますか?」


「えっ、はあ?」


「アミメキリンさんの後を付けて行ったんですよ。

何か心配なので・・・、お願いできますか?

これも立派な仕事ですよ」


「あっ...、はぁ...」


渋々、了承し肯いた。彼女の頼みは断れない。

アードは先生の後を気付かれない様に追いかけたのだった。





森の中、歩くこと数十分、息を切らしながらとある場所にたどり着いた。

持っていた荷物を全て穴の中に落とした。


「ふぅ...」


軽く手で額を拭った。


「おい、アミメキリン」


一息ついたと思ったが、唐突の声でビクッと後ろを振り向いた。


「せっ!?先生!?」


「何なんだこの穴は」


言い詰められる。


「い、いや、そ、その、これは・・・」


無意識に後ずさりする。


「これは怪異じゃないか!!どうして黙ってたんだ!」


「いや、だって...、単なる穴じゃないですか」


手を動かしながら、そう弁明した。


「本当にそうか?」




「あっ、先生・・・」


アードウルフも二人が話し合っている所を見た。


(話しかけたくねぇな・・・)






「あっ」


唐突に声を上げた。

自分が後ずさりしていた事を完全に忘れていた。


「うあっ!?」


「キ、キリン!!」


咄嗟に、先生の腕を掴んだ。


「ちょっ!!」



二人はそのまま、穴へ落ちてしまった。



「あっ!?」


その様子をアードウルフも見ていた。

そしてその驚いた様子を見ていた人物がもう一人。


「あれはロッジのバイトじゃないですか。何してるんですかね?」



「は、博士さん!」


アードは地上に降りて来た博士を見つけ、

声を掛けた。


「どうしたのです」


「二人があ、穴に・・・」


「穴?」


「と、とりあえず来てくださいっ!!」


「なっ、何するのです!?」


博士の腕を掴み、半ば強引に、アードもその穴へ飛び込んだ。


「ちょっと!!」


「いいいっ!!!」






一方、先に落ちた方は・・・


「なあ、キリン。この穴、一体どこまで続いてるんだ」


「知りませんよ・・・。本当にただの穴だと思ってたんですから」


一向に先が見えない。ずっと落ち続けている。



「うわあああああっ!!」


上の方から声が聞こえた。



「あ、アードさん!」


「博士じゃないか」




「ああ、良かった。生きてたんですね!キリンさん」


「何故私まで巻き込まれなきゃいけないんですか・・・」


「アードウルフ、なんだ、私の心配はしてないのか?」


「博士さんは飛べるじゃないですか・・・。助けてくださいよ」


「一先ず全員落ち着くのです!!状況を整理するのです!」


博士はそう強く言い放った。


「状況はこうだ。穴に落ちて落ち続けてる。単純だろ」


冷静な口調で先生は言った。


「何時になったら底に着くんですか」


「底なし穴だったりして・・・」


アードの疑問にキリンはそう答える。


「仮に底なし穴だと仮定しよう。

永遠に落ち続けるか、またはどこかに出るかだ。

まあ、時間でも潰そうじゃないか。怖い話でもするか」


先生はそう言い終えると、ゴホンと咳払いをした。


「これはある童歌の話だ・・・」



ある地域にはね、童歌っていう歌があるんだ。


これはある日少女が学校から、家へ帰っていた時のこと...。

街灯が点滅する、薄暗い夜道だった。

足早にその道を進んでいた時のこと、後方から、

ある怪しい歌声が聞こえて来た。


それは、こんな風に歌いながら...。


"・・・し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう

せきだ ちゃらちゃら うおのたな"ってね。


その歌声と共に、キィィイイイ・・・

キィィイイイ・・・

という、奇妙な音が聞こえる・・・

彼女は足を早めた。


"・・・ろくじょう ひっちょうとおりすぎ

はっちょうこえれば とうじみち"


歌声は、どんどんと自分に近づいて来る。

思わず足を止め、恐る恐る後ろを振り向いた・・・。

そして、その時に・・・。


"・・・くじょうおおじでとどめさす"


銀色の細長い刃に、月の光に反射したんだ。

そのまま、彼女の首元に・・・。



「翌朝、その道を通った人によれば、

道に赤色の池が出来上がっていたらしいよ・・・」



三人は唖然とした顔で先生を見つめた。


「良い顔頂き」


そして、決め台詞を吐いた。


「先生はレベルが高すぎますよ!」


「賢くないのです・・・。狡賢いのです・・・」


「クオリティすげえ・・・」



「褒められてるのか貶されてるのかわからないよ...」


溜め息交じりにそう言った。



「次は、先生のお傍にいる私の番ですね!

レベルは低いかもしれませんが...」



ある田舎町に都会から引っ越してきた、若い少年がいたんです。

そこは、緑の山々に囲まれ、鳥のさえずりが聞こえる。

川は清らかという、まさに絵に描いたような大自然を有した場所でした。


しかし、この町に来てから少年は違和感を感じていたんです。


それは、"常に誰かに見られてる"ような感覚。


勿論、気のせいだと。そんなの考えすぎだと、彼も最初は考えていました。

だけどそうじゃないって、気付くんです。


夜寝ている時、どうしても誰かに見られてる気がして、

無性に仕方が無かった。


襖を開け、外を見回したんです。


しかし庭にも、空にも、何もない。

不気味な怪物が居る訳でもなければ、不審者がいる訳でもない。


少年は、縁側から庭に降り立ち、大声で叫んだんです。


「一体誰だ!誰なんだ!どこにいるんだ!」


そうしたら、どうなったと思います...?


大きな木々の唸りの様な音が響き渡ったんです。

その音がするのは、家の北側にある山の方。


少年はそれを見て、茫然となりました・・・。


何故ならば、"山に二つの目が現れ、少年を見つめていたから"・・・。



そして、山はこう言い放ったんです。



「お前を見てる...、ってね!」


ドヤ顔を浮かべて見せた。


「キリン、前より腕を上げたね」


「ありがとうございます先生...!」


アードと博士は顔を見合わせた。


「賢い博士さんならこういう話得意ですよね?」


先手必勝と言わんばかりに、博士にプレッシャーを掛ける。


「な、なんですかアードウルフ。小馬鹿にするのも大概にしてください。

で、出来るに決まってるじゃないですか」


「じゃあ聞かせてくださいよ。博士さんのお話し」


「わ、わかりました・・・」


博士は先程の二人みたいに、上手く話せる自信が無かった。

深呼吸をし、口を開いた。


「まず、電車という物をご存じですか?」


「それぐらい知ってる」


「にしむらさんの本で読みました!」


タイリクとアミメキリンはそう答えた。

内心、博士は自分が解説する番が奪われたので少し悔しかった。


(あたしは知らないんだけど・・・)

アードが苦い顔をした。



それは暑い夏の朝のことでした。

車内は通勤通学の乗客で満員だったのです。


新人の車掌はその様子を見て、冷房を強めに設定していたのです。

自分でも確認して、車内はキンキンに冷えていたのです。


満員の乗客を乗せたまま、列車はこの路線の中でも

最も長いトンネルに差し掛かったのです。


そのトンネルはかつて、列車の火災事故があった所で、乗務員たちの

間でも噂の場所だったのです。

新人は話は聞いていましたが、彼は霊的な物に感心がありませんでした。


トンネルに入って2分程立とうとした時でした。

一人の乗客が、トントンと窓を叩いたのです。

車掌は気になりドアを開けました。


「どうされましたか?」と尋ねると、

「暑い」と、答えたのです。


おかしい。そう思った車掌は、温度を確認しました。

しかし、車内は涼しい適温、暑いハズが無いのです。


困った車掌の元に、もう一人、暑いと言って来た乗客が来ました。

そして、連鎖反応の様に、「暑い」「暑い」と言った声が、

満員の車内から聞こえ始めたのです。


車掌は怖くなり、ドアを閉めました。


すると、窓をバンバン、と乗客が叩き始めるのです。


「暑い、暑い」と言いながら・・・


ドンドンと窓ガラスが曇っていき、車掌は言葉を失って、

立ち尽くしました・・・。


いつの間にか、列車はその長いトンネルを抜けました。


すると、嘘のように窓の曇りが晴れ、不気味についていた手跡も

消え去り、乗客たちも、何時も通りの日常の通勤風景に戻っていたのです。



「その後、同じ列車の運転士に車掌が尋ねた所、偶々その日は、

事故があった日で、その日だけはあのトンネルでそう言う現象が

起こるそうです...」



「暑いってのは、その事故の犠牲者の声だった・・・。

専門的な知識を使って、怖い話を組み立てられるのか、賢いな博士」


先生は博士を称賛した。


「図書館で勉強しておいて良かったのです・・・。

出来はともかく、やってのけましたよ」


そう言って、ドヤ顔をアードに見せた。


「さ、次はアードさんの番ですね」


キリンが言った。


「えぇ・・・」

(アリツさんにしてもらった話でもいいか・・・)



リンゴ飴っていう物があるんです。赤いリンゴに、甘い飴を垂らした。


ある町で開かれたお祭りに、小さな女の子がお母さんと一緒にやって来ました。

参道にはいろんな屋台が並び、いろんな匂いが飛び交っていました。

その参道の途中に、リンゴ飴のお店があったんです。


女の子は無邪気にその屋台を指さして、食べたいって言ったんですよ。


何故かその店は周りと違っていました。

周りに人はおらず、その店がぽつんと佇んでいたんです。


「リンゴ飴、一つください」


店の亭主は、その女の子にリンゴ飴を渡しました。

母親が、お金を払おうと、「いくらですか」と尋ねました。


亭主は、「お代は要りません」と言ったんです。


母親はお代を取らない事を不思議に思いました。

もう一度、「払います」と言ったんですけど、亭主は「要らない」と

繰り返したので、そのまま、店を後にしました。


女の子は美味しそうに、そのリンゴ飴を食べました。


その後、神社にお参りしたり、他のお店を見て回ったりお祭りを楽しんでました。

ひと時も女の子から目を離すことは無かった。

それなのに、母親は突然気づいたんです。女の子が居ない事に。


慌てた母親は、女の子を探しましたが、どこにも見当たりません。

母親はふと、リンゴ飴の屋台を思い出しました。


何故かは分かりませんが、母親は、そこへ向かったんです。


母親が来たとき、亭主はリンゴ飴を作っている最中でした。


「私の娘を知りませんか?」


そう尋ねましたが、亭主は黙ったまま、何も答えませんでした。

そして、母親は、こう尋ねたんです。


「お代を払いに来ました」って。


すると、亭主は、先ほど作っていたリンゴ飴を台に突き刺して...


「お代は頂きました」



「・・・っていうお話でいいですか?」


先生は驚いたような顔をしていた。


「たまげたな。アードがそんな話を知ってるなんて驚いたよ」


「先生を驚嘆させるなんて...、すごいですね」


「甘く見てたのです・・・」



(アリツさんにお礼言っとかないと・・・)


「・・・ところで、この穴の出口まだですか?」


ふと、我に返った様に尋ねた。


全員は沈黙した。風の音が余計に目立って聞こえた。


その時


「あっ、私の捨てた荷物」


先生の横に荷物が浮かんでいた。


「何だこれは?本?」


それを取ろうと手を伸ばした。


「あっ、ちょ...」


ぺラぺラと捲る。


「おい...、何だいこれは...。

何で私の寝顔とかホンさんの寝がっ...」


無理矢理口を手で押さえる。

その顔は少々赤くなっていた。


「いや、その、なんでも、何でもないんです!」


「そう言えば、キリンさんの部屋を掃除した時

黒い箱みたいなのが有りましたけど・・・」


アードは天を見上げながら言った。


(寝顔・・・?盗撮・・・?あっ・・・)


博士が何となくそれが何の本なのか察した。


「全然!!そんなの、気のせいですって!!」


「ん?なんで私の服が捲れたしゃs...」


またキリンに口を塞がれた。


「ホントに!ホントに!!私の記憶にはありません!!

そんなもの!!!」


必死に弁明していると・・・。


「あ、何か光が見えてきたのです!」


博士の声で下を見た。

そして・・・



4人は元の地上に戻って来た。


「やった!!出れた!!帰れる!!」


アードは嬉しそうにロッジの方へ全力ダッシュで戻っていった。


「やれやれ・・・。面倒事に巻き込まれたのです・・・

何を伝えにロッジに行こうとしたのか忘れたので、帰るのです」


博士も飛び立って戻ってしまった。


「キリン、説明してくれ。一体それは何の...」


「み、見ないでくださいよっ!!」


キリンは先生からその本を奪った。

そのまま、穴に近付き、その本を捨てた。


「もしかして・・・、私の事がっていうか、

狼のフレンズフェチで、そう言うので毎晩・・・」


「きゃああああっ!!!」


「あっ、おい!!」


先生が制止た時には既に遅く、キリンは穴の中に自ら飛び込んでいった。


「・・・、ま、出口あるもんな。大丈夫か。

あの本の事は忘れよう」


先生は、穴に近付き、


「先に帰ってるよー!あの本の事は見なかったことにするよ!!」


と大声で叫んだ。



帰ってから、今日の出来事を書き込んだ。


――――――――――――――――――

《穴の怪》


森の中にある、奇妙な穴。

永遠と落ち続けると思いきや、出口は一応あった。

しかし、その穴より不可思議だったのがキリンの事だ。

まあ、このことは黙っておこう。忘れよう。

それが、本人の為でもあり、私と彼女の今後の為だ。


―――――――――――――――――――


穴の怪、調査終了。




一方、キリンの方は・・・


「ハァ...」

(穴があったら入りたいって、このことね・・・)


一人落ち続けながら、溜め息を付くのであった...。


―――――――――――――

《元ネタ》

怪奇ゾーングラビティフォールズ 第14話より。


(その他作中に出てくる小噺は、アイデアの元創作しました。)

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